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第3話

Author: 牛脂ぐつぐつ
「でも、本当は、私、ちっともかわいそうじゃなかったの。兄もいたし、友達もいたから……」

古いアパートに、強い隙間風が吹き込む。毛布を体に巻きつけながら、私は音もなく涙を流した。

赤くなった手を、温かな手が包み込んだ。智哉はまっすぐ私を見つめている。

「少しだけ貯金があります。明日、病院へ行って治療を受けましょう」

鼻をすすり、思わず笑った。

「智哉のアカウント、まだフォロワーが100人もいないでしょ。毎日私とカップ麺を食べてるのに、いくら貯金があるっていうの?」

智哉は色あせたジーンズの上で拳を握りしめ、白く細い指に力を込めた。

「少しでも……足しにはなります」

「いらないよ。でも、聞いて。4万円貯まったから、抗がん剤治療を1回受けられるよ」

智哉は一瞬固まり、すぐに笑みを浮かべた。

「足りるんですか?僕からも少し出します」

私はかたくなに首を横に振った。

「いらない。藤堂家の令嬢は、誰の助けも必要としないの」

そう言って、少し誇らしげに顎を上げた。

「安心して。今の収入で薬代くらい払えるから。ほら、これも全部、自分の給料で買ったんだよ」

色とりどりの薬をひとつかみ取り、顔を上げて一気に飲み込んだ。眉を寄せたまま、しばらく黙った。やがて胸元に手を当て、ようやく大きく息を吐いた。

顔を上げると、智哉が私を見ていた。目元がわずかに赤い。

思わず吹き出した。

「すごいでしょ?」

智哉は目を伏せた。口元に浮かぶ笑みは、どこか苦しそうだった。

「すごいです」

……

【来世ーー2023年12月31日、午後11時45分ーーじゃあ、長生きしてねーー中編】

画面の中では、食事を終えた二人がソファにもたれ、新年を迎える瞬間を待っている。

智哉は私を見た。

「それだけでいいんですか?」

疲れた声で答えた。

「胃が痛いの。これ以上食べたら吐いちゃう」

智哉は少し黙ったあと、とうとう口を開いた。

「藤堂さんが……成功しました。新しく立ち上げた事業が、20億円を売り上げたそうです」

目を閉じたまま答えた。

「知ってる」

「藤堂さんのところへ戻ってください。戻れば、きちんと治療を受けられます」

首を横に振った。

「どうしてですか?このまま死ぬつもりですか?」

「兄と縁を切ったとき、まだ生きられると思ってたとでも?」

智哉は言葉に詰まった。

やがて、震える声で尋ねた。

「それなら、どうして縁を切ったんですか?一緒に向き合えばよかったじゃないですか」

私は笑った。

「両親は昔から、藤堂家の人間は誰の助けも必要としないと言ってた。でも、藤堂家は大勢の親戚を助けてきた。

なのに、兄が破産したとき、助けてくれる人は一人もいなかった。

兄は親戚に頭を下げ、私の学費を出してほしいと頼んで回った。その姿を見て、私がどんな気持ちだったか分かる?」

呼吸がかすかに震え、それでも歯を食いしばって言葉を続けた。

「兄は人に頭を下げるような人じゃなかった。あのとき、親戚たちに断られたあと、私を連れて12畳にも満たない部屋を借りた。今住んでいるこの部屋と、同じくらいの広さだった。

兄は、誰の力も借りず、いつか二人で昔のような暮らしを取り戻してみせると言った。

そんな兄を、心から尊敬してた。何もなくなっても、夢だけは諦めなかったから。

でもね……」

私は笑って、智哉を見た。

「兄が私の病気を知ったら、どうすると思う?」

智哉は私を見つめたまま、何も言えなかった。

「親戚たちに土下座するよ」

言葉にするだけで、胸が震えた。

「私の学費を出してほしいと頼んだときだって、もう少しで土下座するところだった。私が止めたからよかったけど。はは……」

目尻の涙をぬぐった。

「家を出る頃には、兄と共同経営者の事業も、少しずつ軌道に乗り始めてた。

私みたいに治療費のかかる妹がいても、共同経営者が出資を続けてくれると思う?」

智哉の声がわずかに震えた。

「詩乃さん……」

片手を上げ、智哉の言葉を遮った。

「がんは私の命を奪う。でも、1000万円は兄の人生まで奪う」

智哉は拳を握りしめた。

私は笑って、ため息をついた。

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