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兄を守るために縁を切って、何も告げずに最期を迎えた

兄を守るために縁を切って、何も告げずに最期を迎えた

By:  牛脂ぐつぐつCompleted
Language: Japanese
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年越し配信の最中、兄・藤堂恭司(とうどう きょうじ)から電話がかかってきた。 私が先に口を開いた。 「これからもずっと、元気で幸せに過ごしてね」 恭司は鼻で笑った。 「でも、詩乃が幸せだろうが、元気だろうが、俺にはどうでもいい。 一生苦しめばいいと思ってる」 恭司が一番お金に困っていた頃、私は縁を切った。 今では、恭司は成功を手にしている。真っ先にしたのは、私への仕返しだった。 私はいつもと変わらない声で、同じ言葉を繰り返した。 「これからもずっと、元気で幸せに過ごしてね」 恭司は苛立った声で言った。 「もういい。詩乃にかける言葉なんてない。 それでも何か言うとしたら、これから先もずっと、不幸なままでいてほしい」 配信の進行役は一瞬言いよどんだが、それでも伝えた。 「藤堂さん、今のは妹さんの声を録音したものです。 妹さんは、藤堂さんがおっしゃったとおり、いなくなる直前までひどく苦しんでいました」

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マム
マム
兄弟愛の、凄く泣ける話ですが、心温まる話しでした。
2026-09-22 22:00:30
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FU_mido
FU_mido
優しいお話をありがとうございました。
2026-09-22 00:41:28
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ひとみ
ひとみ
目から汗が止まらん…
2026-09-17 13:49:40
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あーきよいち
あーきよいち
兄妹思い合っていたからこそ先読みして兄の矜持と将来を、そして智哉には最期まで生き抜く力強い姿を見せることを優先させた妹ちゃん……遺されて生きていく人に後悔や痛みしか与えないだろうな。それで意志はしっかり根付いていく。 優しい人が一番残酷で深刻なんだよね。 優しくて人のことをわかっているからこそ、大事な人のために自分に逃げ道を残さないんだから。
2026-09-16 10:51:48
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Toko
Toko
闇ってる小説が多い中、この小説に救われた。 こんなのもあるんですね!
2026-09-16 00:02:40
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9 Chapters
第1話
「いなくなるって?」恭司は一瞬固まり、すぐに冷ややかに笑った。「死んだってことなら、いいんだが」配信の進行役は少し黙ったあと、恭司の後ろを指さした。大きなスクリーンに、私の顔が映し出された。画面の中の私は、カメラのレンズを手のひらで叩いた。雨に濡れた髪とシャツが肌に張りつき、見るからにひどい格好だった。声には苛立ちがにじんでいる。「もう撮らないで。撮っていいなんて言ってないから」続いて、少し低く響く男の声が、真剣な口調で聞こえてきた。「本当に騙そうとしてるわけじゃありません。いろいろな人の暮らしを取材して、動画にしてるんです。僕なら、力になれるかもしれません」ごみ箱の前から振り返り、カメラに顔を近づけた。「そう。じゃあ、私のがんも治せる?」片瀬智哉(かたせ ともや)は一瞬、言葉を失った。口元をゆがめ、笑い声を漏らした。「私なんかに構っても無駄だよ。ほかの人を探して」「でも……僕にできることがあるかもしれません!」立ち去ろうとする私を、智哉が引き止めた。私は智哉を上から下まで眺めた。ぷっと吹き出し、シャツ、ベルト、ズボン、靴の順に指をさした。「400円、1200円、800円、1000円。それから、そのカメラも中古で買ったんでしょ?私の治療に、いくらかかるか知ってる?」カメラに向かって片手を広げた。「1000万円」智哉が息を呑んだ。笑って背を向けると、雨の中を歩きながら、ごみ箱を一つずつのぞき込んだ。「クロ?クロ、どこにいるの?」智哉はあとを追ってきた。「何を探してるんですか?」「犬」「飼ってる犬ですか?」「違う。さっき発作で倒れたとき、顔をなめて起こしてくれたの」智哉は何も言わなかった。私は顔を上げた。「もう行って。ほかに助けられる人はいくらでもいるから、私なんかのために時間を無駄にしないで」手でカメラのレンズを覆った。画面が真っ暗になった。……【来世ーー2023年10月11日、午前9時32分ーー藤堂家の令嬢は誰の同情も必要としない】「藤堂詩乃(とうどう しの)さんですよね。藤堂恭司さんの妹で、間違いありませんか?」カフェの厨房で床を掃いていた私は、眉をひそめた。「どうしてまた来たの?」カメラの後ろから、智哉の声がした。
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第2話
「病院へ行きましょう。僕が連れていきます!」智哉が私を抱き上げようとした瞬間、片手で押し返した。雑巾をつかんで床の血を拭い、手の甲で口元の血をぬぐった。「必要ない」そのまま流し台へ向かい、顔についた血をきれいに洗い流した。智哉の声がわずかに震えた。「どうか、僕に手伝わせてください」残った血の跡まできれいにすると、振り返って智哉をまっすぐ見た。「藤堂家の令嬢は、誰の助けも必要としないの」そう言い残し、カメラの前から立ち去った。……【来世ーー2023年11月15日、午後3時21分ーー犬は自分がもうすぐ死ぬことを知らない。ただ、自分にも居場所ができたと喜んでいる】「どういうことですか?」動物病院で、私は目を見開き、獣医を見つめた。獣医はため息をつき、首を横に振った。「おそらく、前の飼い主は、この子がもう助からないと分かって捨てたんでしょう。この子は毎日ろくに食べられず、ほかの野良犬にもいじめられていて、もう……」私は笑った。「分かってます。もう長くないってことですよね?」獣医はためらったあと、うなずいた。私の主治医も、同じような反応だった。智哉は眉を寄せた。「助かる方法は、本当にないんですか?」「……せめて、おいしいものを食べさせて、大切にしてあげてください」部屋の中は静まり返った。クロの頭をなでた。「だから、私たちは出会ったんだね」クロは勢いよく尻尾を振りながら、何度も私に体をすり寄せてくる。舌を出し、輝く黒い目で私を見上げている。智哉は苦笑した。「この子、詩乃さんを飼い主だと思ってるんですよ」私は一瞬、目を瞬いた。「それって、そんなにうれしいことなの?」智哉はうなずき、クロの頭をなでた。「犬は、自分がもうすぐ死ぬことなんて知りません。ただ、自分にも居場所ができたと喜んでるんです」しばらく黙ったあと、クロの頭を軽くたたいた。「じゃあ、今日からクロね」クロが「ワン!」と鳴いた。クロを抱いて動物病院を出ると、カメラのほうを振り返った。「クロを見つけて、私のところへ連れてきてくれたのは智哉だから。そのお礼に、シリーズの撮影に協力してあげる」……【来世ーー2023年12月31日、午後9時ーーじゃあ、長生きしてねーー前編】
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第3話
「でも、本当は、私、ちっともかわいそうじゃなかったの。兄もいたし、友達もいたから……」古いアパートに、強い隙間風が吹き込む。毛布を体に巻きつけながら、私は音もなく涙を流した。赤くなった手を、温かな手が包み込んだ。智哉はまっすぐ私を見つめている。「少しだけ貯金があります。明日、病院へ行って治療を受けましょう」鼻をすすり、思わず笑った。「智哉のアカウント、まだフォロワーが100人もいないでしょ。毎日私とカップ麺を食べてるのに、いくら貯金があるっていうの?」智哉は色あせたジーンズの上で拳を握りしめ、白く細い指に力を込めた。「少しでも……足しにはなります」「いらないよ。でも、聞いて。4万円貯まったから、抗がん剤治療を1回受けられるよ」智哉は一瞬固まり、すぐに笑みを浮かべた。「足りるんですか?僕からも少し出します」私はかたくなに首を横に振った。「いらない。藤堂家の令嬢は、誰の助けも必要としないの」そう言って、少し誇らしげに顎を上げた。「安心して。今の収入で薬代くらい払えるから。ほら、これも全部、自分の給料で買ったんだよ」色とりどりの薬をひとつかみ取り、顔を上げて一気に飲み込んだ。眉を寄せたまま、しばらく黙った。やがて胸元に手を当て、ようやく大きく息を吐いた。顔を上げると、智哉が私を見ていた。目元がわずかに赤い。思わず吹き出した。「すごいでしょ?」智哉は目を伏せた。口元に浮かぶ笑みは、どこか苦しそうだった。「すごいです」……【来世ーー2023年12月31日、午後11時45分ーーじゃあ、長生きしてねーー中編】画面の中では、食事を終えた二人がソファにもたれ、新年を迎える瞬間を待っている。智哉は私を見た。「それだけでいいんですか?」疲れた声で答えた。「胃が痛いの。これ以上食べたら吐いちゃう」智哉は少し黙ったあと、とうとう口を開いた。「藤堂さんが……成功しました。新しく立ち上げた事業が、20億円を売り上げたそうです」目を閉じたまま答えた。「知ってる」「藤堂さんのところへ戻ってください。戻れば、きちんと治療を受けられます」首を横に振った。「どうしてですか?このまま死ぬつもりですか?」「兄と縁を切ったとき、まだ生きられると思ってたとでも?」智哉は言
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第4話
「家を出た日、兄に散々ひどいことを言った。最後には私の腕をつかみ、泣きながら行かないでくれとすがった。もうすぐ何もかもうまくいく。必ずまた、昔みたいに暮らせるようにするって。今の兄しか知らない智哉には、あの頃どれほどぼろぼろだったか、きっと想像もつかないよね。はは……」智哉が低い声で尋ねた。「それで、最後はどうやって家を出られたんですか?」あのときのことを思い返した。「兄なんて役立たずだって言った。今までうまくいっていたのも、全部両親のおかげだったくせにって。そんな情けない姿をさらして、両親に恥をかかせてる。少しでも私を妹だと思うなら、もう行かせて。私にも自分の幸せを探させてって。そうしたら、兄の手から少しずつ力が抜けていった」新年を告げる鐘の音が響いた。窓の外でイルミネーションが街を煌びやかに飾った。手を上げ、頬の涙をぬぐった。……【来世ーー2024年1月1日、午前0時ーーじゃあ、長生きしてねーー後編】智哉は窓の外へ目を向けた。「あけましておめでとうございます」「ありがとう」「僕には何も言ってくれないんですか?」顔を上げた。「もうすぐ死ぬ人に、縁起のいいことを言わせるの?」智哉の手が、痩せた私の手の甲にそっと重なった。「どうしても、詩乃さんに言ってほしいんです」窓の外では、柔らかな灯りが夜の街を彩っている。その光を浴びていると、ほんの少しだけ希望を感じた。小さく笑った。「じゃあ、長生きしてね」智哉はかすかに震える指で私の手を強く握り、窓の外を見つめている。その表情は見えない。映像が一度揺れ、私たちはそれぞれ休んだ。けれど、暗闇の中に、やがて私の姿が浮かび上がった。カメラに顔を近づけ、眉をひそめた。「あれ、録画を止めるの忘れてた」手を伸ばして録画を止めようとしたが、ふと動きを止めた。少し考えたあと、椅子を引き寄せてカメラの前に座った。カメラの角度を左右に調整し、不思議そうにカメラを見つめた。「この映像、本当に誰かが見るのかな?」窓の外で柔らかな金色の光が輝き、私の顔を照らした。深く息を吸い、カメラへ静かに笑いかけた。「もし誰かが見てくれたなら……みんな、これからも元気で幸せに過ごして、どうか長生きしてね」カメラに向かって手を振り、録
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第5話
「分かってる、分かってる……許さなくていいよ。これからもずっと、私を許さなくていい。そのまま歩いていって。あたたかい家にたどり着くまで……」クロは目を閉じた。激しい胃の痛みに、目の前がくらんだ。外へ駆け出し、花壇の脇で激しく吐いた。智哉が見つけたとき、私は花壇のそばのベンチに座り、ぼんやりしていた。「詩乃さん!」智哉はすぐに駆け寄った。「具合はどうですか?」振り返ると、涙が頬を伝っていた。「本当のこと、聞きたい?」「もちろんです」「怖い。誰かに助けてほしい……」智哉は私を抱きしめ、頬の涙をそっとぬぐった。「大丈夫です。今すぐ病院へ行きましょう。先生の話を聞いて、そのまま抗がん剤治療も受けましょう。お金ならあります」「ありがとう」笑って首を横に振った。「でも、何人もの先生に言われたの。抗がん剤はもう効かないって。治療を受けるって話は、智哉についた嘘。末期って、どういう意味か分かる?」智哉は私をさらに強く抱きしめ、かすかに震える声で言った。「そんなこと言わないでください。まずは治療を受けましょう」「できることなら、私も安楽死させてほしい……」「そんな話、もうやめてください!」突然、智哉に抱きついた。カメラはとっくに脇へ放り出されていた。そのあとしばらく、私は小さくすすり泣き、やがて声を上げて泣いた。……【来世ーー2024年3月15日、午前11時13分ーーじゃあ、また来世で会おうね】「詩乃さん!」映像が激しく揺れ、智哉の焦った声が響いた。ドアが開くと、ソファの上でひざ掛けにくるまっていた私は、ゆっくり顔を出した。智哉は駆け寄り、私のスマホを奪い取った。私はただ笑った。「もう見たよ」智哉はすぐにスマホの画面を確認した。ネット上には、私への非難があふれていた。私のアカウントにも、罵倒するメッセージが99件以上届いていた。きっかけは、恭司が富豪ランキングの首位に立った日、私がサブアカウントからコメント欄に一言書き込んだことだった。【おめでとう】それが、すぐに私のアカウントだと特定された。【こんなときに出てきて何のつもり?お兄さんが成功した途端、また妹面する気?】【藤堂社長も、こんな妹より犬を飼ったほうがよかったんじゃない?犬だって、
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第6話
テレビ画面の中で、恭司の動きが一瞬止まったかと思うと、すぐに口元をつり上げた。「そうか。それはおめでたいな」「藤堂さん、よくそんなことが言えますね!」「お前が誰かなんてどうでもいい。名乗らなくていい。今は……」恭司は腕時計に目を落とした。「妹を学校まで迎えに行く時間だ。そのあとは家で一緒に飯を食う。お前に付き合っている暇はない」そう言って、電話を切った。私は小さく笑った。「いいな。昔は私にも、よくご飯を作ってくれたっけ」ベッドが手術室へ運ばれていく。智哉は私の手を強く握り、私はどうにか笑みを浮かべた。「何を怖がってるの?」「もし戻ってこなかったら、僕は……どうすればいいんですか?」少し間を置き、静かに答えた。「じゃあ、また来世で会おう」つないでいた手が引き離され、手術室の扉が完全に閉じた。……【来世ーー2024年3月16日、午前2時7分ーー私はもうすぐ生まれ変わるの】映像の中で、私は病室のベッドに横たわっている。周囲の声はくぐもり、よく聞き取れない。「終末期なら、無理に治療を続けないほうがいいこともあります。そのほうが、やりたいことをもっとできるかもしれません」「分かっています。お気持ちも理解しています。助けられるなら、もちろん助けたいですが……」「申し訳ありません。本当に、申し訳ありません……」智哉が病室へ入ってきた。笑いかけると、智哉は体をこわばらせた。「詩乃さん……」「もう長くないんでしょ?」起き上がろうとすると、智哉が駆け寄って体を支えた。「心配しないでください。東都市の病院へ連れていきます」首を横に振った。「もういいよ。こうして目を覚ませただけで、十分だから。言ったでしょ?もう何をしても無駄だって」「もう言わないでください……」智哉は私の手を強く握り、泣きそうな声で言った。「もう、智哉ったら。私がまだ何も言ってないのに、先にしんみりしてどうするの」思わず笑った。「ねえ、シリーズもそろそろ終わりでしょ。ひとつ、やりたいことがあるの。さっき先生が、やりたいことをもっとできるかもしれないって言ってたよね?」智哉は目を赤くしたまま尋ねた。「何がしたいんですか?」目を閉じ、少し考えた。「私が生きていた証を、この世
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第7話
【本当それ!藤堂社長と新しい妹さんには、これからもずっと家族でいてほしい!】……親指で画面をスクロールし、似たようなコメントを次々と読み進めた。時々、いいねも押した。次の瞬間、智哉が歯を食いしばり、私の手からスマホを奪い取った。「こんなコメント、読んでいて楽しいんですか?あんな人、兄なんかじゃありません!」「そんなこと言わないで」笑いながら答えた。「世界で一番のお兄ちゃんだよ」「こんなときまで、かばうんですか?」智哉は奥歯を噛みしめた。「あの人は、詩乃さんが死ぬと聞いて、おめでたいとまで言ったんですよ!」しばらく黙ったあと、スマホを取り出し、2000万円の入金履歴を見せた。「匿名の振り込み。ここ数日、何度かこうして入ってくるの」静かに言った。「でも、お兄ちゃんからだって分かる」智哉は全身をこわばらせ、スマホを握る手の甲には青筋が浮かんだ。「お兄ちゃんは、口ではあんなことを言っても、結局は私を放っておけない人なの。私を恨んでないはずがない。きっと、今でも許せないと思ってる。でも……自分の妹を、そんなに簡単に切り捨てられる人じゃないから」笑ってため息をつき、智哉を見た。「ねえ、智哉。この動画シリーズが本当に話題になったら、この映像も必ず公開してね。お兄ちゃんは私を見捨てたわけじゃない。もう、助けようがないだけ。私が死んだら、このお金は困っている人たちに寄付してね」智哉の手が震えている。思わず吹き出した。「もう、智哉ったら。どうしてそんなにすぐ泣くの。これからも、つらい思いをしてる人たちをたくさん撮るんでしょ?ほら、早く涙を引っ込めて!」カメラの後ろから、智哉のため息が聞こえた。智哉はカメラを固定し、キッチンへ入っていった。しばらくすると、テーブルいっぱいに料理が並んだ。どれも私の好物だ。胃を押さえ、智哉に寄りかかるようにして座った。「帰りを待ってくれる人が家にいて、一緒にご飯を食べるって、どんな感じなのかな?」智哉が答える前に、笑ってスープを一口飲んだ。「気にしないで。適当に言っただけ」……【来世ーー2024年4月12日、午後3時9分ーー死にたくない】画面の比率が変わった。スマホで撮った映像だ。画面の背景は真っ暗だ。私は明か
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第8話
智哉は私の手をさらに強く握り、唇が再び動くと、すぐに口元へ耳を寄せた。「忘れないで……私のこと……」心電図モニターがけたたましい警告音を鳴らした。波形が一本の直線に変わった。映像はそこで途切れた。恭司の呼吸が乱れ始める。智哉がキャップを脱いだ。徹夜で動画を編集し、目の下にはうっすらと隈が浮かんでいる。恭司の声は、自分でも分かるほど震えている。「詩乃はどこだ?」「霊安室です」恭司は配信中なのもかまわず、背を向けて歩き出した。部下は病院まで同行し、階段を一段ずつ上っていく恭司のあとを追った。すると目の前で、恭司が階段に膝を強く打ちつけた。膝に目をやることもなく、すぐに立ち上がって先へ進んだ。霊安室に横たわる私を目にして、ようやく足を止めた。「詩乃?」一歩ずつ近づき、手を伸ばした。けれど、どこに触れればいいのか分からない。迷った末に、震える指先が私の頬に触れた。「どうして、こんな冷たいところに寝てるんだ?起きろ。家に帰って、一緒に飯を食おう。さっきのは冗談だ。俺が詩乃を見捨てるわけないだろ?」声はますます震えていく。「髪がまた乱れてるぞ。起きろ。俺がとかしてやるから……」だが、ベッドの上の私は目を開けない。どれだけ待っても、もう「お兄ちゃん」と呼ぶことはない。恭司は突然泣き崩れ、拳をベッドに押しつけた。涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。「起きて、俺を見てくれよ……」背後から、驚きに上ずった澄んだ声が聞こえた。「お兄ちゃん?」恭司が振り返った。藤堂七海(とうどう ななみ)が霊安室の入り口に立ち、呆然とこちらを見ている。今日は七海の実習初日だ。こんな光景を目にするとは、思ってもいなかった。霊安室のベッドには実の妹が横たわり、入り口には、妹のように大切にしてきた七海が立ち尽くしている。恭司を挟み、二人は初めて顔を合わせた。「お兄ちゃん……」七海の声が小さくなった。「藤堂さん」智哉が入ってきて、スマホを恭司へ差し出した。「詩乃さんが亡くなる前に、藤堂さんに残した動画があります」恭司は震える手で動画を再生した。画面には、息を引き取る直前の私が映っている。「そうだ……もし、お兄ちゃんが本当にこの動画を見てくれたなら……七海ちゃんを、ちゃんと大学まで出し
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第9話
……ほかにも、大勢の人から何度も電話がかかってくる番号があった。電話をかけても、出る人はいない。代わりに、同じ録音が繰り返し流れる。【これからもずっと、元気で幸せに過ごしてね】なかでも、その番号に一番多く電話をかけていたのは恭司だ。薄暗い書斎で、恭司は何度も詩乃の声を聞いている。涙が音もなく頬を伝う。どれほど時間がたったのか、ようやく書斎の入り口に七海が立っていることに気づいた。「海外へ行くのか?」七海の話を聞き、恭司は眉をひそめた。「白凪総合病院の採用試験に受かったんじゃなかったのか?どうして今さら辞退する。ずっと目指してきた病院だろ?」「うん、お兄ちゃん。でも、消化器内科に進みたいの。特に、胃の治療を専門にしたくて」その言葉に、恭司は一瞬固まった。やがて、低い声で尋ねた。「それじゃ、今まで皮膚科を目指して勉強してきたのは、全部無駄になるんだぞ」「それでも、やりたいの」書斎がしばらく静まり返った。恭司はうなずいた。「分かった」七海を乗せた飛行機が飛び立ち、恭司は抜け殻のように半年を過ごした。一方、数十万人のフォロワーがいた七海のアカウントは、一夜にして非公開になった。2025年1月1日、午前0時、【復活の魔法薬がほしい】というアカウントに、1本の動画が投稿された。画面の中の私は、痩せた頬に明るい笑みを浮かべ、まるで2015年に戻ったように見える。「みんな、あけましておめでとう!びっくりした?あはは!生き返ったわけじゃないよ。これ、前に撮っておいた動画だよ!この動画を見てくれてるみんな、これからも元気で幸せに過ごしてね。家族みんなで、笑顔いっぱいの一年を過ごしてね!」動画を投稿したのは智哉だった。同じ頃、七海のアカウントにも動画が投稿された。画面に映っていたのは七海ではなく、別の女の子だった。入院着を着たその子は、ベッドに座ってカメラを調整し、レンズに向かって手を振った。「こんにちは、七海ちゃん。会ったことはないけど、あなたのことは知ってるよ。お兄ちゃんが一番お金に困っていたとき、ご飯をごちそうしてくれてありがとう。やっぱり、お兄ちゃんは受けた恩を忘れない人だね。七海ちゃんは、うちの家族の恩人で、私にとっても大切な妹みたいな存在だよ!智哉が私を
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