LOGIN年越し配信の最中、兄・藤堂恭司(とうどう きょうじ)から電話がかかってきた。 私が先に口を開いた。 「これからもずっと、元気で幸せに過ごしてね」 恭司は鼻で笑った。 「でも、詩乃が幸せだろうが、元気だろうが、俺にはどうでもいい。 一生苦しめばいいと思ってる」 恭司が一番お金に困っていた頃、私は縁を切った。 今では、恭司は成功を手にしている。真っ先にしたのは、私への仕返しだった。 私はいつもと変わらない声で、同じ言葉を繰り返した。 「これからもずっと、元気で幸せに過ごしてね」 恭司は苛立った声で言った。 「もういい。詩乃にかける言葉なんてない。 それでも何か言うとしたら、これから先もずっと、不幸なままでいてほしい」 配信の進行役は一瞬言いよどんだが、それでも伝えた。 「藤堂さん、今のは妹さんの声を録音したものです。 妹さんは、藤堂さんがおっしゃったとおり、いなくなる直前までひどく苦しんでいました」
View More……ほかにも、大勢の人から何度も電話がかかってくる番号があった。電話をかけても、出る人はいない。代わりに、同じ録音が繰り返し流れる。【これからもずっと、元気で幸せに過ごしてね】なかでも、その番号に一番多く電話をかけていたのは恭司だ。薄暗い書斎で、恭司は何度も詩乃の声を聞いている。涙が音もなく頬を伝う。どれほど時間がたったのか、ようやく書斎の入り口に七海が立っていることに気づいた。「海外へ行くのか?」七海の話を聞き、恭司は眉をひそめた。「白凪総合病院の採用試験に受かったんじゃなかったのか?どうして今さら辞退する。ずっと目指してきた病院だろ?」「うん、お兄ちゃん。でも、消化器内科に進みたいの。特に、胃の治療を専門にしたくて」その言葉に、恭司は一瞬固まった。やがて、低い声で尋ねた。「それじゃ、今まで皮膚科を目指して勉強してきたのは、全部無駄になるんだぞ」「それでも、やりたいの」書斎がしばらく静まり返った。恭司はうなずいた。「分かった」七海を乗せた飛行機が飛び立ち、恭司は抜け殻のように半年を過ごした。一方、数十万人のフォロワーがいた七海のアカウントは、一夜にして非公開になった。2025年1月1日、午前0時、【復活の魔法薬がほしい】というアカウントに、1本の動画が投稿された。画面の中の私は、痩せた頬に明るい笑みを浮かべ、まるで2015年に戻ったように見える。「みんな、あけましておめでとう!びっくりした?あはは!生き返ったわけじゃないよ。これ、前に撮っておいた動画だよ!この動画を見てくれてるみんな、これからも元気で幸せに過ごしてね。家族みんなで、笑顔いっぱいの一年を過ごしてね!」動画を投稿したのは智哉だった。同じ頃、七海のアカウントにも動画が投稿された。画面に映っていたのは七海ではなく、別の女の子だった。入院着を着たその子は、ベッドに座ってカメラを調整し、レンズに向かって手を振った。「こんにちは、七海ちゃん。会ったことはないけど、あなたのことは知ってるよ。お兄ちゃんが一番お金に困っていたとき、ご飯をごちそうしてくれてありがとう。やっぱり、お兄ちゃんは受けた恩を忘れない人だね。七海ちゃんは、うちの家族の恩人で、私にとっても大切な妹みたいな存在だよ!智哉が私を
智哉は私の手をさらに強く握り、唇が再び動くと、すぐに口元へ耳を寄せた。「忘れないで……私のこと……」心電図モニターがけたたましい警告音を鳴らした。波形が一本の直線に変わった。映像はそこで途切れた。恭司の呼吸が乱れ始める。智哉がキャップを脱いだ。徹夜で動画を編集し、目の下にはうっすらと隈が浮かんでいる。恭司の声は、自分でも分かるほど震えている。「詩乃はどこだ?」「霊安室です」恭司は配信中なのもかまわず、背を向けて歩き出した。部下は病院まで同行し、階段を一段ずつ上っていく恭司のあとを追った。すると目の前で、恭司が階段に膝を強く打ちつけた。膝に目をやることもなく、すぐに立ち上がって先へ進んだ。霊安室に横たわる私を目にして、ようやく足を止めた。「詩乃?」一歩ずつ近づき、手を伸ばした。けれど、どこに触れればいいのか分からない。迷った末に、震える指先が私の頬に触れた。「どうして、こんな冷たいところに寝てるんだ?起きろ。家に帰って、一緒に飯を食おう。さっきのは冗談だ。俺が詩乃を見捨てるわけないだろ?」声はますます震えていく。「髪がまた乱れてるぞ。起きろ。俺がとかしてやるから……」だが、ベッドの上の私は目を開けない。どれだけ待っても、もう「お兄ちゃん」と呼ぶことはない。恭司は突然泣き崩れ、拳をベッドに押しつけた。涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。「起きて、俺を見てくれよ……」背後から、驚きに上ずった澄んだ声が聞こえた。「お兄ちゃん?」恭司が振り返った。藤堂七海(とうどう ななみ)が霊安室の入り口に立ち、呆然とこちらを見ている。今日は七海の実習初日だ。こんな光景を目にするとは、思ってもいなかった。霊安室のベッドには実の妹が横たわり、入り口には、妹のように大切にしてきた七海が立ち尽くしている。恭司を挟み、二人は初めて顔を合わせた。「お兄ちゃん……」七海の声が小さくなった。「藤堂さん」智哉が入ってきて、スマホを恭司へ差し出した。「詩乃さんが亡くなる前に、藤堂さんに残した動画があります」恭司は震える手で動画を再生した。画面には、息を引き取る直前の私が映っている。「そうだ……もし、お兄ちゃんが本当にこの動画を見てくれたなら……七海ちゃんを、ちゃんと大学まで出し
【本当それ!藤堂社長と新しい妹さんには、これからもずっと家族でいてほしい!】……親指で画面をスクロールし、似たようなコメントを次々と読み進めた。時々、いいねも押した。次の瞬間、智哉が歯を食いしばり、私の手からスマホを奪い取った。「こんなコメント、読んでいて楽しいんですか?あんな人、兄なんかじゃありません!」「そんなこと言わないで」笑いながら答えた。「世界で一番のお兄ちゃんだよ」「こんなときまで、かばうんですか?」智哉は奥歯を噛みしめた。「あの人は、詩乃さんが死ぬと聞いて、おめでたいとまで言ったんですよ!」しばらく黙ったあと、スマホを取り出し、2000万円の入金履歴を見せた。「匿名の振り込み。ここ数日、何度かこうして入ってくるの」静かに言った。「でも、お兄ちゃんからだって分かる」智哉は全身をこわばらせ、スマホを握る手の甲には青筋が浮かんだ。「お兄ちゃんは、口ではあんなことを言っても、結局は私を放っておけない人なの。私を恨んでないはずがない。きっと、今でも許せないと思ってる。でも……自分の妹を、そんなに簡単に切り捨てられる人じゃないから」笑ってため息をつき、智哉を見た。「ねえ、智哉。この動画シリーズが本当に話題になったら、この映像も必ず公開してね。お兄ちゃんは私を見捨てたわけじゃない。もう、助けようがないだけ。私が死んだら、このお金は困っている人たちに寄付してね」智哉の手が震えている。思わず吹き出した。「もう、智哉ったら。どうしてそんなにすぐ泣くの。これからも、つらい思いをしてる人たちをたくさん撮るんでしょ?ほら、早く涙を引っ込めて!」カメラの後ろから、智哉のため息が聞こえた。智哉はカメラを固定し、キッチンへ入っていった。しばらくすると、テーブルいっぱいに料理が並んだ。どれも私の好物だ。胃を押さえ、智哉に寄りかかるようにして座った。「帰りを待ってくれる人が家にいて、一緒にご飯を食べるって、どんな感じなのかな?」智哉が答える前に、笑ってスープを一口飲んだ。「気にしないで。適当に言っただけ」……【来世ーー2024年4月12日、午後3時9分ーー死にたくない】画面の比率が変わった。スマホで撮った映像だ。画面の背景は真っ暗だ。私は明か
テレビ画面の中で、恭司の動きが一瞬止まったかと思うと、すぐに口元をつり上げた。「そうか。それはおめでたいな」「藤堂さん、よくそんなことが言えますね!」「お前が誰かなんてどうでもいい。名乗らなくていい。今は……」恭司は腕時計に目を落とした。「妹を学校まで迎えに行く時間だ。そのあとは家で一緒に飯を食う。お前に付き合っている暇はない」そう言って、電話を切った。私は小さく笑った。「いいな。昔は私にも、よくご飯を作ってくれたっけ」ベッドが手術室へ運ばれていく。智哉は私の手を強く握り、私はどうにか笑みを浮かべた。「何を怖がってるの?」「もし戻ってこなかったら、僕は……どうすればいいんですか?」少し間を置き、静かに答えた。「じゃあ、また来世で会おう」つないでいた手が引き離され、手術室の扉が完全に閉じた。……【来世ーー2024年3月16日、午前2時7分ーー私はもうすぐ生まれ変わるの】映像の中で、私は病室のベッドに横たわっている。周囲の声はくぐもり、よく聞き取れない。「終末期なら、無理に治療を続けないほうがいいこともあります。そのほうが、やりたいことをもっとできるかもしれません」「分かっています。お気持ちも理解しています。助けられるなら、もちろん助けたいですが……」「申し訳ありません。本当に、申し訳ありません……」智哉が病室へ入ってきた。笑いかけると、智哉は体をこわばらせた。「詩乃さん……」「もう長くないんでしょ?」起き上がろうとすると、智哉が駆け寄って体を支えた。「心配しないでください。東都市の病院へ連れていきます」首を横に振った。「もういいよ。こうして目を覚ませただけで、十分だから。言ったでしょ?もう何をしても無駄だって」「もう言わないでください……」智哉は私の手を強く握り、泣きそうな声で言った。「もう、智哉ったら。私がまだ何も言ってないのに、先にしんみりしてどうするの」思わず笑った。「ねえ、シリーズもそろそろ終わりでしょ。ひとつ、やりたいことがあるの。さっき先生が、やりたいことをもっとできるかもしれないって言ってたよね?」智哉は目を赤くしたまま尋ねた。「何がしたいんですか?」目を閉じ、少し考えた。「私が生きていた証を、この世