Todos los capítulos de 九十九の贈り物は初恋の呪い~声を失った償い妻は世界の歌姫となり、元夫の復縁を拒む: Capítulo 11 - Capítulo 20

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第11話 どうしてここに?

 どうして雅臣と金城麗華が、この場所に――。 その瞬間、不意に金城麗華がこちらへ顔を向ける。 そして、私を見つけると、勝ち誇ったように雅臣の腕へさらに身体を寄せた。艶やかな赤いルージュが光るその唇が、ゆっくりと弧を描き、私の心臓は大きく脈打った。「……彩羽?」 そんな金城麗華の仕草に気付いたのだろう。雅臣が振り返り、私の姿に気付いた途端、その目が大きく見開かれた。 驚いたように私を見つめたあと、その視線は私のドレス姿へと移った。雅臣の目が、頭の先から足の先までを見るように動く。そして、普段とは違う装いに、一瞬だけ言葉を失ったように見えた。「彩羽。どうしてここにいるんだ?」 雅臣が声をぐっと潜めるように低くし、問い掛けてくる。その響きには驚きと困惑が混ざっていた。 奏介くんは、誰かに呼ばれて先に会場の中に入ってしまった。簡単に雅臣に説明して、私も早く中に。 そう思い、手話を使おうと手を軽く上げたときだ。 私の『言葉』を遮るように、麗華が柔らかな笑みを浮かべながら一歩私に詰めた。「彩羽さん、ごめんなさいね」 細められる瞳。私は、その言葉の意図がすぐには分からず、自分の眉が少しだけ寄せた。「今日、雅臣は、大切なお客様とお会いする予定なの」 麗華は困ったように微笑む。「お相手の方だって、同席する女性がまともにお話できたかったら……お困りになるでしょう?」  申し訳なさそうな表情と声のトーン。「だから、私が少しだけ付き合っているだけなの」それなのに、私に向けられるその瞳だけは愉しそうで……。「少しだけお借りしているだけだから、そんな風に怖い顔なさらないで?」 麗華は私の両手を包み込むように取った。「だって今日、雅臣は大切なお仕事で来ているのよ? こういう場所で揉めてしまったら、雅臣も困ってしまうわ」 そう紡ぐ麗華の声のボリュームが少しだけ上がった。まるで、周りにわざと全てを聞かせるように。麗華の高い声はよく通る。そのせいで、周囲の視線が私たちに向けられ始めている。「そそんな大切なお仕事の日に、わざわざ追いかけていらっしゃるなんて……。奥様である彩羽さんのお気持ちも分かりますけれど……」 その言葉を聞きながら、私は静かに息を吐いた。「私はただ、声が出ない彩羽さんの代わりに雅臣の力になりたくて来ただけなのに……」 まるで、私が
last updateÚltima actualización : 2026-09-15
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第12話 奏介くんのお姉さん

 私は奏介くんに優しく背中に手を添えられながら、奏介くんと絃ちゃんとともに会場の中へと足を踏み入れた。 天井には幾重にも輝くシャンデリアが眩い光を放っている。 壁には国内外の画家による絵画が飾られ、柔らかなクラシックの生演奏が静かに流れていた。 まるでお伽噺の舞踏会にでも来た気分だ。あまりに美しい光景に、口からは感嘆の溜息が零れる。「絃、今日はお前が彩羽先輩についてやっててくれ。俺は少し挨拶で色々回らなくちゃいけなくて、ずっとはいられないから」「うん、もちろん。任せて!」 そう言うと、奏介くんは私に「それじゃあ、またあとで」と微笑み離れていく。 絃ちゃんに案内されながら、会場を見渡せば、テレビや雑誌で見たことのある芸術家や企業家の姿があった。 本当にすごい場だと、社交界にそこまで詳しくない私でも分かる。緊張で自然と背筋が伸びた。「彩羽さんの席は、こちらです」 絃ちゃんが私を案内した席は、会場の最前列。そして、中央に近い場所だった。私は思わず足を止めた。私なんかがこんな素敵な場所に座っていいのだろうか。周りに座っている方たちも皆、招待客の中でも特に重要そうな方たちばかりだ。 戸惑いおろおろとしてしまう私に、絃ちゃんが私の心の中を理解してくれたようで、くすりと笑った。「当然ですよ!」 そう言って私の腕を軽く引く。「彩羽さんは白鳥家の大切なお客様なんですから!」(大切……) 私は心の中でその言葉を繰り返す。 さっき、奏介くんも雅臣たちに同じことを言ってくれていた。 胸の奥が、くすぐられるような感覚。(社交辞令だったとしても、嬉しいわ……) 私はそっと噛み締めるように微笑み、絃ちゃんに促されながら静かに席についた。落ち着かない心地だけれど、それもまた悪くないかもしれないと思いながら。◇「来てくださってありがとう。」 優しい声に振り返る。
last updateÚltima actualización : 2026-09-17
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第13話 私にできること

 晩餐会が始まると、会場はさらに華やかな空気に包まれた。 グラスが触れ合う澄んだ音。穏やかな笑い声。 芸術や音楽について語り合う人々の姿が、あちらこちらに見える。 私は凛さんの隣に立ちながら、その様子を静かに見つめていた。 ほどなくして、一人の紳士が凛さんの前へ歩み寄る。「白鳥先生、お久しぶりです」 凛さんは柔らかく微笑み、両手をゆっくり動かした。凛さんは相手の口元から何を言っているかは読みとることができると教えてくれた。 だから今からの私の仕事は、凛さんの『言葉』を相手に届けること。【お久しぶりです。お元気そうで安心しました】 私はその手話を見つめ、小さく息を吸う。「『お久しぶりです。お元気そうで安心しました』と仰っています」 掠れた声ではあったけれど、相手にはちゃんと届いたようだ。男性は、「ああ」とその表情を明るくさせ、「ありがとうございます。お蔭様で」 と、嬉しそうに笑った。 それからしばらく、作品の話や海外での個展について会話が続く。 凛さんは穏やかに手話を動かし、私はその意味を丁寧に伝えていく。 すると男性は感心したように目を丸くした。「あなた、手話が分かるんですね」 私は慌てて首を横に振る。 そんな大したものではない。「私は、声が上手く……出せないので……」ただ、自分が話せなくなってから必死で覚えただけだと、できるだけ重くならないように、明るい表情を心掛けて伝える。男性は「なるほど」と感心したように頷いてくれた。そこに、私が今まで受けたような同情の色はなく少しだけ驚く。【彩羽さんは、とても素敵な通訳さんなんです】 凛さんが笑いながら手話を動かす。 男性が「今は何と?」と尋ねてくれたので、私は照れながら、その言葉をそのまま彼女の声の代わりに伝えた。 男性は大きく頷く。「いやぁ、本当ですね。こ
last updateÚltima actualización : 2026-09-19
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第14話 雅臣の取引相手

 ホテルのスタッフが私の前へ飲み物を置く。「桜小路さま。お飲み物をお持ちいたしました」 一瞬、テーブルの空気が止まった。 周囲の招待客が、不思議そうに私と雅臣を見比べる。「『桜小路』というお名前なんですね」 一人の男性が穏やかに笑った。「偶然とは珍しい。もしかして、お二人はご親戚ですか?」 その問いに、雅臣の視線が私へ向く。 鋭く。 真っ直ぐに。 ――言うな。 その目だけで、十分伝わった。 空気を読め。 余計なことは話すな。 圧をかけるように、雅臣の視線がそう言っている。 けれど――私はもう、雅臣の妻でいるつもりはない。 筆談用のノートを取り出そうとして、ひとりひとりに読んでいただくのも申し訳ないと思い、私は静かに微笑んだ。 そして、小さく息を吸い込み、ゆっくりと口を開く。「……いいえ」 掠れた声が、静かな会場に溶けていく。「私たちは……夫婦でしたが、もう、離婚しております」 誰もが息を呑む気配がした。 私は続ける。「今は……旧姓に、戻っているのですが……少し連絡が行き違いになってしまったようですね。今日は、白鳥さまにご招待されて来たので、まさか彼がいるとは思いませんでした」 くすりと、軽いトーンにするためにわざと笑い混ぜる。 その言葉は確かにこの場へ落ちた。 私の言葉に、雅臣の表情が一瞬で曇るのが見えて、私は少し目を細めた。「彩羽……」 信じられないものを見るような目で私を見ている。 私はその視線を受け止めることなく、小さく頭を下げた。「皆さま、ご説明が遅くなり、申し訳ありません」 すると周囲の招待客も事情を察したのか、それ以上その話
last updateÚltima actualización : 2026-09-21
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第15話 優しさを向ける人

 私たちのテーブルには重い沈黙が流れていた。 麗華の言葉に、誰もすぐには口を開けない。 今日、凛さんを通して色々な方とお話をして分かった。誰も障害についてありのままに受け入れてくれる優しい人たちだ。 だからこそ、彼らはこの場の空気だって壊したくないと思う。そして、擁護することで当事者である私や凛さんを傷つけてしまうかもしれない、ということも考えているだろうから、安易に言葉にできないのだ。 私は静かに息を吸った。 怒りは、不思議と湧いてこなかった。 胸の奥にあるのは、ただ静かな悲しみだけだった。私のことは良い。けれど、凛さんのことまで貶めるようなことを言われて、胸が苦しくなる。 でも、今この場で凛さんを守るために最初に声を上げられるのは……私しかいない。「……金城さん」 掠れた声が、静かに響いた。麗華は余裕の笑みを浮かべたまま、私を見る。「人を見下すための理由に、障害を使うのはやめてください」 会場の空気がぴんと張り詰める。「耳が聞こえないことも……声が出ないことも……誰かを劣っていると決める理由には……ならないと、私は思います」 ゆっくり。一言ずつ。 声は掠れている。それでも、誰も聞き返そうとはしなかった。 皆が私の言葉を待ってくれていると分かる。「だから……その言葉は、とても悲しいです」 麗華の笑みが、ほんの僅かに固まった。「……まあ、彩羽さん」 麗華は肩を竦める。「そんなつもりではなかったのだけれど」 そう言いながらも、その表情には反省の色はない。「私はただ事実をお話しただけでしょう? それに彩羽さんはまた私を悪者に――」「その事実とやらを、誰がお話ししているのですか?」 穏やかな声が、このテーブルに静かに落とされた。 その声を辿り、顔を向けると、そこには奏介くんがいた。そして、その隣にはお母さまと……それから奏介くんによく似た男性。絃ちゃんが「お父さま」と呟いたのが隣から聞こえた。 奏介くんの瞳からは、いつもの優しさが消えている。その隣では、お母さまも静かな表情で麗華を見つめている。 麗華は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせたあと、すぐに笑顔を取り戻した。「あら、ごめんなさい。聞こえてしまいました?」「ええ」 奏介くんは真っ直ぐ答える。「僕もこのテーブルにいましたので。お気付きではありませんでしたか
last updateÚltima actualización : 2026-09-24
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第16話 招かれざる人

 雅臣と金城麗華が去り、張り詰めていた空気もいつの間にか和らぎ、最後には奏介くんの家族もゲストたちも笑顔で溢れる晩餐会となった。ほっと一息吐きながらホテルを出ると、秋の夜風が頬を優しく撫でてくれる。 ライトアップされた街路樹が静かに揺れている。会場の出口で凛さんに【ありがとう】と何度も手話でお礼を言われた。私はその言葉を噛み締めるように、胸にそっと手を当てる。自分にもできることがあったのだと、改めて嬉しくなった。「彩羽先輩」 背中に当たった声に振り返れば、奏介くんが笑顔でこちらへと向かってくる。「疲れましたか?」 私は少し考えてから、首を横に振った。【少しだけ。でも、とても楽しかった】 ノートへ書いて見せると、奏介くんはくすりと笑う。「車で送ります」『でも』と躊躇うと、奏介くんは「もう暗いですから」と私の背中にそっと手を添えて、スマートに駐車場までエスコートしてくれる。 その優しさを断るのも失礼かと、私はそのまま受け入れることにした。『ありがとう』と唇を動かすと、奏介くんは柔らかく目を細め微笑んでくれた。「彩羽先輩。今日は、本当にありがとうございました」 私は首を傾げる。「姉も母も、とても喜んでいました」 柔らかな声で奏介くんが続ける。「彩羽先輩がいてくれたから、今日はいつも以上に楽しい時間になったって」 奏介くんはそう言いながら、一台の黒塗りのセダンの前で立ち止まりキーを解除した。 そして、助手席のドアを開いてくれる。掌で「どうぞ」と乗るように促されて、私はそっと乗り込む。【私のほうこそ、ありがとう。素敵な出会いがたくさんできた】 助手席の座ったあとノートにそう書くと、ドアを閉めようとしていた奏介くんはその文字を見つめ、ゆっくり頷いた。「……先輩。今日、先輩の笑顔をたくさん見られて、嬉しかったです」 真っ直ぐに私を見つめる瞳。「俺、彩羽先輩が笑ってくれていると安心するん
last updateÚltima actualización : 2026-09-25
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第17話 呪いの鎖

 いつから待っていたのだろう。金城麗華と帰ったはずでは……。それに、どうして、この場所が分かったのだろう。私はこのマンションの場所を雅臣にも雅臣の会社の人にも教えていないのに……。 雅臣は少し疲れたような顔をしているのに、その瞳を鋭くギラつかせていた。――怒っている。 ゆっくり私へ歩み寄ってくる雅臣に、私は思わず一歩後ろへと足を退いた。「ようやく見つけた。どうして逃げるんだ」 その言葉に、私は首を横へ振る。 心臓がバクバクとうるさい。私は手に持っている鍵をぎゅっと強く握りしめた。 雅臣が小さく溜め息を吐く。「どうしてあんなことをした。麗華が、どれだけ恥をかいたと思ってる」 雅臣から吐き出される低い声。そして私を睨むように見つめる瞳。私は乾く喉に、唾を飲み込んだ。(ああ……この人が怒っている理由は……)私が家を勝手に出て連絡を取らなくなったことでもなく、『金城麗華が傷つけられた』からなのだ。 金城麗華が私や凛さんに向けて放った言葉で、私たちがどう思ったかなんて、何も気にしていない。「取引まで台無しになった。君は、どうしてもっと自分の立場を理解しないんだ。わがままを言うのも大概にしてくれ」 私はゆっくり首を傾げた。――自分の立場。 その言葉が、胸の奥で静かに反響する。 私はこの五年間、自分の立場だけを考えて生きてきたのに。雅臣は一体、私の何を見ていたのだろうか。 私は何も言わなかった。いや……何を言ってもこの人には響かないと思ったから。 雅臣はその沈黙を、反省しているのだと勘違いしたのだろう。 ふっとその表情を緩めた。「……まぁ、もういい。叱るためだけに会いにきたわけじゃない」 そう呟くと、雅臣はスーツの内ポケットへ手を入れる。
last updateÚltima actualización : 2026-09-26
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第18話 先輩を守るためなら

 マンションの外廊下の灯りの下。 黒いジャケットを羽織った奏介くんが、真っ直ぐこちらを見つめていた。 その瞳の奥には、今まで見たことのない強い光が宿っている。 雅臣はゆっくりと振り返る。「……君か」 低く呟くその声に、奏介くんは何も答えず、私のほうへと歩み寄ってきた。 そして、雅臣に掴まれた私の手首に視線を落とす。 強く握られたせいで、肌には赤い跡が浮かび始めていた。 奏介くんの眉が、ほんのわずかに寄る。「その手を、離してください」 穏やかな声だった。けれど、有無を言わせない強さがあった。 雅臣は私の手首を掴んだまま、冷たい視線を奏介くんへ向ける。「これは夫婦の問題だ。部外者の君が口を挟む話じゃない」 溜息混じりの雅臣の言葉に、奏介くんはすぐには返さなかった。 一度だけ静かに息を吐き、それから私を見つめる。「彩羽先輩」 優しい声で名前を呼ばれた。まるで、私だけが聞こえるような柔らかさのあるトーン。「先輩は、帰りたいんですか」 私は奏介くんを見つめ返した。 奏介くんがどこまで私たち夫婦の事情を珠理奈から聞いているのかは分からない。けれど、奏介くんが私の意思を尊重してくれようとしていることは理解できた。 素直に、自分が帰りたい場所を言って良い。そう、背中を押されているような気がする。 私は小さく息を吐き、ゆっくりと、けれどハッキリ伝わるように首を横に振った。「……雅臣とは、帰りたくない」 もうほとんど声にもなっていないような声で。 けれど、奏介くんは小さく頷いてくれて、そして雅臣へと向き直った。「お聞きになりましたか、桜小路さん」 落ち着いた口調。「彩羽先輩は帰りたくないと仰っています」 雅臣は奏介くんの強い視線を受けて、眉間へと深い皺を刻んだ。「だから言っているだろう」 苛立ちを押し殺してい
last updateÚltima actualización : 2026-09-27
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第19話 あの世界へ戻りたい

 張り詰めていた糸が、ぷつりと切れたような気がした。 奏介くんの「大丈夫ですか」という一言が、胸の奥に静かに染み込んでいく。 私は何度も小さく頷いた。 大丈夫。 そう伝えたいのに、涙が溢れてしまってうまくいかない。 奏介くんは何も急かさなかった。 ただ、私が落ち着くまで静かに待っていてくれる。 しばらく涙を流したあと、私は手の甲で目元を拭い、深く息を吸い込んでから、安心させるために笑顔を作って奏介くんを見る。【……よかったら、お茶でも飲んでいかない?】 手話でそう伝えると、一瞬だけ目を丸くした奏介くんは、すぐに柔らかく微笑む。「……ご迷惑じゃなければ」 私は首を横に振り、鍵を開けた。◇ 部屋に入ると、まだ片付けきれていない段ボール箱が壁際に積まれている。 生活感の少ない室内。けれど、不思議とこの場所は落ち着いた。部屋の中にあるすべてものが……そして、空気が、ここは私の場所だと言ってくれているような気がする。「お邪魔します」 奏介くんは靴を揃えて部屋へと上がる。 私はキッチンに向かい、お湯を沸かした。 部屋には電気ケトルの湯が沸く音だけが静かに響く。 二人分の紅茶をテーブルへ運ぶと、奏介くんが「ありがとうございます」と頭を下げた。 私は向かい側へ腰を下ろし、奏介くんに向かって手を動かした。【どうして戻ってきてくれたの?】 さっそく紅茶に口をつけていた奏介くんは、ゆっくりとティーカップをソーサーへと戻した。そしてそのまま、カップへ視線を落とす。「実は……彩羽先輩と別れて帰る途中、桜小路さんとすれ違った気がしたんです」 私は目を瞬かせる。「最初は気のせいかなって思ったんですけど……なんだか嫌な予感がして」 一拍置いて、奏
last updateÚltima actualización : 2026-09-28
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第20話 小さな光

 翌朝。スマートフォンの通知音で目を覚ますと、画面には奏介くんからのメッセージが届いていた。『おはようございます。研究センターでの初回面談ですが、来週の月曜日、午前十時で母が予約を取っているようです。』 その下には、住所と当日のスケジュールが添えられている。『迎えに行きますので、ご安心ください』 私は画面を見つめ、小さく微笑んだ。 いよいよ始まる。私が歌の世界へと戻る、本当の意味での第一歩が。◇ 翌週の月曜日。 奏介くんに連れられて研究センターの前までやって来た私は、一度足を止めた。 白を基調とした近代的な建物を見上げる。 病院というより、小さな音楽ホールのような落ち着いた雰囲気だった。 奏介くんに案内されてロビー入ると、グランドピアノが置かれ、壁には学生たちの演奏会の写真や海外の音楽祭のポスターが飾られている。(素敵……) 思わず見惚れていると、隣に立つ奏介くんが優しく笑った。「緊張しますか?」 私は少しだけ考えてから頷く。「大丈夫です。ここには、先輩の味方しかいません」 柔らかい声とそっと私の背中を押してくれるような奏介くんの微笑みに、不思議と肩の力が抜けた。私はゆっくりと深呼吸をしてから、もう一度奏介くんに頷き返した。◇ 案内された診察室には、奏介くんのお母さまと、言語聴覚士の女性が待っていた。「彩羽さん、来てくださってありがとう」 柔らかな笑顔で迎えられ、私は頭を下げる。 向かい合って座り面談が始まると、お母さまは一冊のファイルを開いた。「彩羽さんが入院されていた病院から、カルテを見せてもらったの」 私は静かに頷く。「劇薬による化学熱傷だったのね……」 お母さまはカルテのコピーに視線を落としながら、慎重にページをめくる。「喉の粘膜がかなり傷ついていたみたいね。痛みも相当強かったでしょう」 私は当時を思い出すように目を伏せた。 唾を飲み込むことも苦しかった。 常温の水さえ痛かった。あの頃は、生きているだけで精一杯だった。「でも、今は少しだけ声が出ているのよね?」 お母さまはカルテを閉じ、私を真っ直ぐ見つめた。 私はゆっくり頷き、掠れた声で答える。「……少しだけ、です。ほとんど掠れてしまっていて、声になっているといいのかどうか……」 一言、そう話しただけで喉がひりつく。「それに……たくさん
last updateÚltima actualización : 2026-10-09
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