「……大嫌い」その言葉を口にした瞬間だった。山の中腹で、炎が灯った。ぽつり。夜の闇に、赤い光がひとつ。ことねぇは石段の途中で足を止めた。「え?」振り返る。篝火村の夜は暗い。山に囲まれた小さな村には、街灯も多くない。まして、あの場所に火を灯す者などいないはずだった。「誰かいるのかな」けれど今は、それどころではない。「ことねぇ!」石段の下から声が飛んできた。白い巫女装束に緋袴。長い黒髪をひとつに結んだ女性が、こちらを見上げている。姉のイズミだった。「もう始まるわよ。早くいらっしゃい」「あ、はーい!」ことねぇは返事をして、慌てて石段を駆け下りた。途中でもう一度、山を見る。炎は消えていた。見間違いだったのかもしれない。今夜は篝火祭。年に一度、村で最も賑わう夜だった。神社へ続く参道には提灯が並び、屋台から甘い匂いが漂っている。子どもたちが走り回り、大人たちは酒を酌み交わす。普段は静かな篝火村が、この日だけは別の場所のようになる。「ことねぇ、遅い」本殿の前で待っていた末妹のことのが言った。艶のある黒髪が肩を覆っている。「ごめん、ごめん」「また何か食べてた?」「食べてないよ!」「口にあんこついてる」「…………」ことねぇは慌てて口元を拭った。イズミが小さく笑う。「お祭りが終わったら、三人で食べましょう」「さすがお姉ちゃん!」「甘やかさないで」ことのは呆れたようにため息をついた。いつも通りの三姉妹だった。少なくとも、このときまでは。三人が本殿へ向かおうとした、そのとき。「おい」後ろから男の声がした。ことねぇの肩が僅かに強張る。振り返ると、一人の青年が立っていた。さっき、ことねぇと言い争った男だった。村の青年会に所属する男で、祭りの準備を手伝っている。「さっきは悪かったって」「……別に」「そんな怒んなよ。冗談じゃん」ことねぇは答えなかった。冗談。男はそう言った。けれど、ことねぇには笑えなかった。巫女なんだから男なんて必要ない。どうせ五十になったらいなくなる女だろ。そんな言葉を笑いながら投げられて、どうして一緒に笑えるというのだろう。「ことねぇ」イズミが心配そうに妹を見る。「大丈夫」ことねぇは笑った。「もう気にしてないから」男も安心したらしい。「だろ?
Dernière mise à jour : 2026-08-30 Read More