金曜日の16時きっかりに、麻子さんは来た。いつもと同じ、A7のボックス席が彼女の指定席だ。さあ、どうやってお近づきになろうか。「いらっしゃいませ」「アイスオーレを……あの」遠慮がちに少し語気を強めた彼女は、俺の目をじっと見つめた。というより、俺の方が彼女の黒目を食い入るように見ていたのかもしれない。「はい。アイスオーレおひとつですね」……じゃないだろ、俺!何スルーしてんの俺!チキンにも程がある。「あの、こないだはスマホ、ありがとうございました」「いえ、当然のことをしたまでで」お礼にお茶とか誘ってくんねえかな。俺から言うわけにはいかないじゃんよ。「……えっと。以上でよろしいですか?」「はい」「失礼します」あああああ。俺、何も言えなかった。はい、敗北。今日のベストオブチキンは俺です。こんなに俺がチキンなら、あいつらに女の口説き方講義、してもらうんだった。「お待たせいたしました。アイスオーレです」それでも、麻子さんにアイスオーレを持って行くのは俺だ。これ、絶対譲れない。特に同じバイトの速水にはぜってえ譲れねえ。あいつには白雪さんという彼女がいるんだ。その上麻子さんと会話する権利なんて、絶対に渡すわけにはいかないんだ。
Last Updated : 2026-09-07 Read more