All Chapters of 仮面の告白〜甘美な誘惑に堕ちたわたしたちは、甘い蜜から逃げられない〜: Chapter 1 - Chapter 10

14 Chapters

こたつライター

「納品っと……」浮気性で知られるイケメン俳優と清純派で通していた女優の不倫。その女優のSNSはコメント欄を閉じていなかった。おかげで記事が沢山書けて助かる。足で稼げとはよく聞く言葉だ。でも足で頑張らなくても、私みたいに検索能力が高ければ十分記事書けてるじゃん?ほら、もうアップされてる。先方も仕事が早い。みんな、不倫の記事好きだよね。閲覧数がどんどん伸びていく。そこにコメントがつく。それぞれいいねもなるほどもどんどん増えていく。たまに否定コメントもある。『SNSから抜き書きしてるだけの手抜き仕事』って中傷なんてよくある。慣れた。主婦の在宅仕事なんてね、こんなものよ。外に出てバリバリ働きたいけど、小さな子どもがいる私には厳しいものなの。メールがまた届いた。先方には好評だったらしい。ん?次は料理研究家の不倫疑惑?SNS、チェックしてみるか……。きらびやかなSNSの世界。自慢大会と言い切ったタレントがいたな。そう、御意見番の。言い得て妙だな。その自慢大会SNSから、足元をすくわれていくって、笑っちゃうよね。……どうかな?今のところ、料理の作り方のリールしか投稿してないような。どこかに匂わせがあるのだろうか。
last updateLast Updated : 2026-08-31
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夫は私がこたつライターをしていることを知らない。一度、「在宅でライターをやろうと思うんだけど」と相談したことがあった。「子供小さいし家事もあるだろ。君にはできないよ。やめとけ」と一蹴された。ああ、この人って私が相談しちゃいけない人種だったのねと悟った瞬間だ。ライターで経験積んで、扶養から出られるぐらいの収入掴んでやる。それまでは夫には黙ってライターを続けることにした。夫に馬鹿にされるのは悔しい。一刻も早く扶養から出てギャフンと言わせてやる。この燃える情熱のおかげで、私は今、育児ノイローゼとは無縁だ。見よ、このリスクプランニング。ちっちゃい子のいる専業主婦としては最高じゃない?私、できる主婦なの。『里崎《さとざき》ほのか様。インタビュー記事にご興味はありますか?』あるある!楽しそう!こたつライターやってるよりも、そりゃ取材して書く方が楽しいに決まってる。さっきと言ってること違うって?人間ね、適応力が大事なんです。『一歳の娘を同伴させて頂いてもよろしければ、インタビュー記事書かせて頂きたいです』返信、オッケー。インタビュー記事なんてね、私達ライターには取り合い案件でしょう。来たら即レス。これが私達ライターの生きる道。
last updateLast Updated : 2026-08-31
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インタビュー、開始!

高級ホテルのラウンジ。夫と式を挙げたホテルもいいホテルだったけど、ここもその類の場所だ。最後にこういうところ来たのいつだっけ……?結婚記念日の食事だったっけ。窓のから日本庭園が見える。その向こうにはビル。都会の谷間のオアシスを見ながら優雅にお茶をする、そんな場所に美空をベビーカーに乗せたままやってきた、場違いな主婦が私。今日の取材対象は不倫の当事者。……一歳の美空に聞かせる内容でないのは間違いない。幸いにも現在美空はとっても眠そう。このまま寝ててくれればインタビューにも集中できるし、不倫話を聞かせずに済む。ベージュのジャケットに黒いインナー、グレーのパンツのガタイの良い男性と目が合った。会釈され、今日の取材対象だと気付く。「八神さん、でしょうか」近づく私にその男性がうなずく。「はじめまして。株式会社ミライノートのライターをしております、里崎と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。」「よろしくお願いします」名刺を差し出した。彼は受け取るだけ。大学生と聞いている。当然、名刺は持っていないわけだ。「お座りください。すみません、娘も同行させておりますが、よろしいでしょうか?」いいですよ、と薄く微笑んで八神さんはラウンジのソファに着席した。
last updateLast Updated : 2026-08-31
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八神さん、着席しちゃったか。不倫話を聴くには、ここはオープン過ぎる。近くを歩いていたスタッフと目が合った。「里崎で予約してあるのですが。個室を……」「里崎様ですね。確認致しますので少々お待ちください」スタッフがイヤホンで何やら連絡を取っている。少し待った後、奥から別のスタッフがやってきた。「里崎様、ご案内致します。そちらのお客様も……?」「はい、連れです」立ち上がった八神さんと連れ立って個室に入る。うん、ここならどれだけ衝撃的な不倫話が始まっても、どんとこい、だ。個室代は出版社から経費で出してくれる。ありがたい。自腹だったら原稿料とトントンになっていたかもしれない。このホテルのラウンジで個室を予約するには、アフタヌーンティーの注文が必須だ。取材に便乗してアフタヌーンティーが食べられるなんて。優雅な仕事。もしかして楽勝?八神さんのコーヒーと私のアールグレイ、見たことある感じの3段のセットがテーブルに届いた。さあ、ここからだ。「召し上がってください。食べながらお話伺います」「はい……」初《しょ》っ端《ぱな》から話が弾まない。まずい。これから不倫話という、本当だったら墓場まで持っていくであろう激重な話を引き出さないといけないのに。
last updateLast Updated : 2026-08-31
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「八神岳《がく》、大学生です。水無瀬市立大学法学部の3年です」えっ、ちょっ……!この子、大学名までさらっと言ったよ⁈キミ不倫してるんだよね?今私個人名と大学名と学部名まで聞いちゃったよ?「大学名までは良かったんだけど……。あなた、不倫してるなら個人情報、もうちょっと気をつけた方が……」「すいません、つい癖で」「いや謝らなくていいのよ?ただ自分とお相手を守る術は身に付けた方がいいというか」駄目だ。全部突っ込んでたら取材が進まない。ここは個室だから、彼の不倫相手の家族には情報は漏れないだろう。「秘密は守ります。では、お相手との馴れ初めを教えて頂けますか?」「相手は……麻子《あさこ》さん、と僕は呼んでいます」「名字は?」「必要ですか?」まずい。警戒されちゃう。「いえ、言いたくなければ……」「麻子さんは、麻子さんです。名字なんて、旦那さんとお揃いの名字なんて、どうでもいいんです」おっと。早速この八神くん、火が着いちゃった感じ?「麻子さんの名字は、いつか八神にしてみせます。そのために僕は今司法試験の勉強を頑張っているんです」「そうですか」わかった。わかったから。お願いだから馴れ初めに戻って。熱弁モードは馴れ初めを語るときにお願いしたい。
last updateLast Updated : 2026-08-31
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八神 岳(やがみ がく)、回想す

──柔らかく笑う人だ。それが、彼女の第一印象だった。喫茶ロミオ。俺のバイト先。ホールに立ったり、キッチンで作ったり、忙しい職場だ。職場って言葉、ちょっと格好いいよな?今の俺、格好良かった?こんな俺の調子に乗った言葉にも、麻子さんは笑ってくれる。麻子さんは俺の女神だ。いけない、麻子さんとの馴れ初めか。麻子さんは、ロミオの常連だった。毎週水曜と金曜の16時頃、1時間だけお茶をする。スマホをいじっているときもあれば、新聞や雑誌を読んでいることもある。かと思えば、何やら勉強しているときもある。問題集と睨めっこしていたから、何かしらのの試験を受ける予定でいるらしい。大学の講義は午前中であることが多い。だから俺がシフト入っていると、いつもあの長い、腰まである綺麗な茶色い髪と涼やかな目元を拝むことができる。あの人、細身かと思ってたら出るとこ出ていて……ごめんなさい、男の本能で見てました。無理ですよ、見ないとか。あんなに綺麗な人が、この世に存在するなんて。それも、俺の目の前に現れるなんて。奇跡ってあるんだな。なのに、何でだよ。何で、あの人の左手の薬指に、指輪なんてはまってるんだよ。あの人の指にはな、俺が近い将来贈るであろう指輪の方が、絶対に似合うんだよ!
last updateLast Updated : 2026-08-31
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店員は気安くお客に声は掛けられない。でも、麻子さんに俺はどうしても声を掛けたかった。声を掛けたいなんてもんじゃない。はっきりと、俺は、麻子さんが欲しかった。性欲?そんな下品なものではない。運命、だよ。運命。俺、麻子さんの微笑みを見た瞬間に「ああ、この人だ」って悟っちゃったわけ。その辺のどうでもいい女達なんて、足元にも及ばない。比べるなんて、失礼過ぎる。俺は考えた。あの女神を手に入れる方法を。うんと考えた。結局、正攻法しか思い付かなかった。女神を手に入れるのに汚い方法なんて思いつくわけがない。正々堂々、貰いに行く。しかし、だ。俺はただの学生。卒業間近ではなく、まだ3年生。麻子さんをかっさらったって養うなんて出来ない。何せ俺、まだまだ親から仕送りを貰っている身分だからな。それでも欲しい。あの笑顔が、微笑みが、俺のものだって言い切りたい。それにはまず、声を掛けないと……。どうする?天気の話か?天気って、どうでもいいな……。今日も彼女はアイスカフェオレを注文した。いつも同じドリンクだ。ドリンクチケットを使っているから、きっとまだまだここに来てくれるはず。「いつもありがとうございます」え?と彼女は顔を上げた。彼女が席を立ち上がったタイミングで、さりげなくレジ前に立った。彼女からお金を受け取る。指先が触れた。全身に電流が走ったが、ここはクールに決めないといけないミッション発生だ。
last updateLast Updated : 2026-08-31
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いつもアイスオーレ頼んでますよね、とか言ったらキモいだろうな。引かれるだろうな。さあ、どうする俺?どうする?「あ、はい……」鈴を転がしたような声ってこのことだな。日本語っていいな。この人の可愛い、綺麗な声を形容する言葉が存在するなんて。うん、俺、日本人で良かった。特に何も出来ないまま、彼女は帰ってしまった。彼女が現金派で良かった。キャッシュレス派だったら、お金を受け取ると同時にどさくさに紛れて彼女の手のひらに俺の指を触れさせるなんて出来ない。「麻子さん、スマホ忘れちゃったみたい」テーブルの下げから戻った白雪さんがスタッフ用のカウンターに品のあるカバーのついたスマホを置いた。「まだ間に合うかもな。俺、行ってくる」「え、八神くん、私が」「いいから」自分で届けようとする白雪さんを制して店のドアを勢い良く開ける。頭上でカランコロンと耳触りの良い音が響いた。駐車場にまだいるかな?白雪さんは彼女と顔見知りらしい。関係性はよく分からないが、白雪さんのおかげで彼女の名前が麻子さんだと知ることができた。追いかけて、スマホを渡すのに麻子さんと名前を呼んだら気持ち悪いだろうか。でも……勢いって大事だよな?「麻子さん!」
last updateLast Updated : 2026-08-31
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店のすぐ前の駐車場にはいなかった。店の左隣の駐車場だろうか?「麻子さん!」車に乗り込もうとしていたその人はまだ振り向かない。「麻子さん、待って!」静かに振り向いた。ああ、この振り向いた瞬間、動画に撮りたい。麻子さんが俺に振り返ったこの瞬間、永久保存する価値確定。「スマホ!忘れてます」もっと引き延ばせればいいのに。他に気の利いた言葉が出てこなかった。俺が名前を呼んだからか怪訝そうな顔をしていた麻子さんは俺の手にあるスマホを見た途端、かすかに目を見開いた。「どうぞ」スマホを手渡す。両手で受け取るこの人は、前から感じていたが品がある。彼女が両手で受け取ってくれたおかげで、俺は彼女の手に面積多めに触れることに成功した。キモい?許して。本当は触りたくてしょうがないのをぐっと我慢しているのだから。「ありがとう。あの、私の、名前……?」どうして知ってるの?と聞きたそうに首を傾げた。え、可愛い。首傾げるとか。反則。優勝。参りました。ノックアウトです。「白雪さんから教えてもらいました」この理由ならキモくないよな?自然だよな?「ああ、桃歌ちゃんね。だからか」「あの、白雪さんとは……?」「従姉妹なの。歳、離れてるけど」「そんな。麻子さん、十分若いです」俺が惚れてしまう程には。麻子さんには十分過ぎるほどの若々しさと色気があった。その声、俺の耳元で囁いてくれないかな。
last updateLast Updated : 2026-08-31
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「控えめに言って、お前、キモいわ」「ばっさり切り過ぎだろ……」中学からの悪ガキ仲間、翔太《しょうた》は俺をばっさり切るとビールのジョッキをあおった。同じく悪ガキ仲間の大翔《ひろと》の実家のラーメン屋のテーブル席で俺たちは月に一回集まっていた。向かいの席には相変わらず派手な髪色の海斗《かいと》と無口な裏番の蓮《れん》が、この店の名物、デカ盛りチャーハンをほうばっていた。「んで岳、もう連絡先交換したわけ?」「そんな蓮みたいな神技できねえよ」冷やし中華が俺の前に運ばれてきた。大翔の母ちゃんの腕は今日もたくましい。唐揚げデカ盛りと大盛りの冷やし中華を同時に運んでブレないって、どんな筋肉してんだよ。麻子さんの腕とは違うな。ほっそりしたあの腕、あの手首。俺が掴んだら折れてしまわないか。そっと掴んであげないとな。「おーい。岳が妄想モード入ってるぞー」今日も俺へのツッコミ斬り込み隊長は翔太か。「で、これからどうすんの。ロミオに来るのをひたすら待って、眺めるだけでは何ともならないだろ」唐揚げをつまみにレモンサワーを呑んでいた蓮は俺に問うと、また取り分け皿にチャーハンを盛った。「その白雪さんって女子に協力頼めないの?」「相手人妻だからな。ちょっと頼みづらいよ。麻子さんと親戚でもあるし」「なあ翔太、上手く口説く方法知らない?」「バーテンやってる蓮でわかんなかったら俺もわかんねえよ」「だよな」「自分で言うな」
last updateLast Updated : 2026-08-31
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