All Chapters of 一族からも契約夫からも冷遇されていた“落ちこぼれ魔女”の私、血を捧げるだけの日々にさよなら――逆襲を始めます: Chapter 11 - Chapter 20

57 Chapters

第11話

年次晩餐会の夜がやってきた。「行くぞ、燐」「はい」この日は、使用人の運転しているリムジンの後方で二人が並んで座っていた。恭司は燕尾服、燐は先日仕立ててもらったばかりの黒のパーティードレス。端から見れば実にお似合いの格好である。……夫婦である二人の間に会話はあまりないのが実情ではあったが。「途中で具合が悪くなったら、すぐに言え。会場のスタッフにも事情は伝えてある」「大丈夫です、迷惑はかけさせません」晩餐会――御堂財閥のこれまでについての総括と報告が為されるこの場は、この国の様々な大企業の重鎮が集う場でもある。いわゆる“上流階級”同士が交流することになる、選ばれた者たちの場。そこで燐を――彼らにとって公然の秘密である“魔女”を妻として披露する。しかもそれが歴史ある“黒鉄家の魔女”ともなれば、その世界を知る者たちにとっては大きなニュースとなること間違いない。「燐」「何?」「……俺の傍にいるんだ」それは、普段の恭司らしくない台詞に思えるものだったが――(思わせぶりなこと言わないでよ……)燐はそれを正面からは受け取らず、逆に従順を装うようにわざとらしく返していた。「……ええ。わかりました」まるで、西洋のおとぎ話に出てくる王城の大広間のような空間だった。広い会場には多くのテーブルと立食用のディナーが並べられていて、会場のあちこちでは着飾った人々が集まりを作ってはグラス片手に会話を楽しんでいる。「やはり御堂財閥ともなれば、このような催しの規模もまるで桁違いだ……」「ところで、社長夫人はご覧になった? とても綺麗な方で嫉妬しちゃうわ。それにあの御曹司が婚約していたなんて……」「噂では、黒鉄家の娘が身売りに出された、とも聞いているが、どうだろうね」「まあ……」業界の様々な噂話が飛び交う中、もっとも人からの注目を集めていたのは、やはりパーティーの主役である御堂財閥CEOの恭司と、今回初めて公に披露される形となった燐であった。「恭司さん、お久しぶりです。そしてこちらが……」「恭司の妻の、燐です。初めまして」「おお、こちらこそ初めまして。なんとも美しい妻を貰ったようで……」燐は恭司の隣で社長夫人としての姿を演じ続けていた。周りにはどうやら好評のようで、特に大きな事件もなく客人たちの挨拶回りは進んでいく。このまま何事もなく――そ
last updateLast Updated : 2026-09-06
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第12話

広いパーティー会場、中央、沢山の人々の関心が向けられる中で、燐は華から突きつけられた言葉に押し黙る。「あら、燐様。どうされました……?」意地悪に微笑む華。燐は――ため息の後に口を開いた。「……どのようなものでも?」「ええ、構いませんわ」「わかりました」皆の注目が燐に突き刺さる。その中で――彼女は華を睨み付けた。「次の月の終わりまでに、九条財閥の株価を、今より一割落としてみせましょう」その言葉に場が一気にざわめく。燐と華、二人の女の対立の一片が露わになる。淡々とした顔の燐の横で、恭司さえも眉を上げて表情を変える中――華は瞼を閉じたまま燐の言葉をしばらく頭で反芻すると、首を小さく横に振ってから目を開き、どこか相手を小馬鹿にするような笑みで言葉を返した。「あなた……随分と夢のない魔法ね」「夢、ですか。そういう魔法をご所望なら、パークのチケットでも買ってみては?」言葉の刃が飛び交う中、燐と華は二人だけの世界でぎろりと睨み合う。「そう言えば、興味深い話がありますの。貴女……“落ちこぼれの魔女”なんですって? 噂の真相を確かめる良い機会になるかしら」「構いませんよ。ですがその代わり――」燐の瞳の中で、冷たい炎が立ち上った。「――私の言う通りになった場合、御堂の敷居は、二度と自由に跨げないものと思ってください」燐がそう言い放つと、華は一瞬口を開くも言葉を詰まらせ……それでも、気勢で押し負けまいと一歩前へ出る。二人の顔が至近距離まで詰まる――「いいわ。その挑戦、受けてあげる。せいぜい無様を晒さないことね……」周りの人々が野次馬となり、この後の流れを口々に囁き合う中。華は最後、燐にだけ聞こえるような小さな声で唇をひそかに動かした。「やってみせろよ、貧血魔女」「……!」燐がハッとした直後、華は何事もなかったような笑みに戻ると恭司に一礼していた。そして恭司に「また今度」と述べてから、近くのウェイターが運ぶシャンパングラスを取って離れていく。(……なんなの、あの女?)(もう、分かったわ)(貴女がそこまで言うのなら……私も)華という嵐が去った後、他の人たちは場の空気を掴みかねていた。その中で燐と恭司は二人きりとなる。燐が一人難しい表情をしていると、恭司が横から――言葉を選びながら囁きかけた。「……すまなかった」「別に。良い
last updateLast Updated : 2026-09-06
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第13話

なかなか眠れなかった。朝、ベッドで目を覚ました燐は、カーテンの隙間から差す朝日に目を細める。相変わらず身体も頭も重く、倦怠感が燐を蝕もうとする。しかし彼女は、それよりももっと大きなものへ立ち向かうために身体を起こした。血は、まだ戻りきっていない。指先は冷たく、感覚は未だハッキリとしていない。急に動けば視界が眩む。それでも――燐は足をベッドの外へ投げ出して、ゆっくりと立ち上がる。「……っ。大丈夫」この日、燐が一日を過ごすのは普段のベッドではなかった。同じ部屋にある、壁に面した机と椅子。決して大きくはないが丁度良い塩梅だ。二年間の殆どをベッドで過ごした燐は今、椅子に腰掛け、机の上にタブレット端末を置く。ここが――燐にとっての『戦場』となる。「さて」タブレットの画面を光らせれば、そこにはSNSのタイムラインが浮かび上がった。画面に四列並んでいたそれは、一列一列がまったく別の話題で勝手に盛り上がっている。金融、不動産、医療、ゴシップ……(寝ていた間の動きは……)燐はそれらを全て流し見すると、列ごとに異なるアカウント一つ一つの投稿を作っては時間差で予約投稿を設定する。SNSの複垢運用。これこそが燐の持つもう一つの顔。御堂家の離れで過ごした二年間、彼女はずっとインターネットで複数の人格を操りながら、蜘蛛の巣のように情報網を張り巡らせていたのだった。二年間、毎日。燐は植物を育てるように投稿を続けていた。フォロワー数も申し分ない。画面の向こう側にいる人たちは誰も、それら全てをたった一人の女性が動かしていることを知らないのだ。「今日の投稿はこのくらいにしましょう。次は……」毎日のルーチンを終えた燐は、タブレットの中で開きっぱなしにしていたタブを開いてウェブサイトを呼び出す。浮かび上がったのは『九条財閥』の文字。
last updateLast Updated : 2026-09-08
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第14話

御堂家の離れにある部屋で、燐はタブレットを操作しながら次の画面を出した。華が代表を務めている『ヒーリングサロン かがりび』の会員登録画面だ。入会金十万円、月会費三万円。下には『元の自分を取り戻しましょう』と支払いを促す文言が書かれている。更に下には、これで人生が変わったと証言する女性たちのレビューが並んでいた。『悪い縁を切ることができました』 『夫にも言い返せるようになりました』 『人生の主役に返り咲けた気がします!』燐は苦い表情で溜め息をついた。画面を横から見ていた暁が尋ねてくる。「……それで、どこから攻める?」「ビジネスの形態については、後からなんとでも言い訳が利くわ。だから最初の一撃では、言い逃れできない部分を突く」燐の目の色が変わった。「経営の話……もっと言えば、お金の話」「でも、華ちゃんも九条家の人間だ。経営に関しても一流の教育を受けているはず。そう分かりやすい穴が残っているかな」「穴なんて無いわ……いえ。今回の場合だと『穴が無い』ことが問題なの」「へえ?」暁が聞き返すと、燐は目を閉じながら記憶を辿って、やがてそこから根拠をひとつひとつ引っ張り出していった。「サロンの立地は知っている? あそこは駅近の一等地。そこの二階建てをまるまるひと棟持っているの。維持するだけでも、毎月相当な金額が掛かるでしょうね」「……なるほど。確かにその一帯なら随分と金が掛かっていそうだ」暁は自分のスマートフォンを見ながら納得する。燐は更に続けた。「次に気に掛かるのは広告の量。あのサロンは最近、様々な雑誌に大きな広告を出しているの。一冊ならともかく、二冊、三冊……駅や電車でも見た、という話もある」「ずいぶんと儲かっているのかな」「それは本人がそう証言しているわ。先月の雑誌のインタビューで、華は『三年連続黒字』だと言っていた。だけど……」燐は、一呼吸置いて、脚を交差させる。「そこがポイントよ。あのサロンはそん
last updateLast Updated : 2026-09-09
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第15話

自分の意志で門を出る、というのも随分と久しぶりのことだった。あの二年間、御堂家の中にずっと閉じ込められていたわけではない。閉じ込められていたわけではなく、出ようと思えば外に出られた。それでも、燐はいつからか、自分で出ようとさえ思えなくなっていた。御堂家が気に入ったからとか、家の中でも幸せだからとかいう理由ではない。諦め。もっと消極的で、意志の灯火が徐々に小さく細く変わり、やがて消えてしまったようなもの。自分にはできない、このままここで萎れていくだけだという思い込み。人生の舞台を自ら降り、悲劇の脇役に徹することを受け入れていた無意識。だが、今は違う――(眩しい)(色々な音が聞こえてくる)燐はようやく一歩踏み出した。御堂家の門を潜り、陽の光の下へ現れる。格好はあえて平易なものを選んだが、燐の持っていた気品がその程度で失われるようなことはない。アームカバーをつければ、採血の跡を悟られることもなかった。トレンチコートを羽織り、社長夫人でも、黒鉄の魔女でもない、一人の人間として街の中に紛れる。「――っ」多くをベッドの上で過ごした身体がいきなり外に出るのは、燐の貧血の体質も相まって一筋縄ではいかない。光が強い。人が多い。様々な喧噪が聞こえてくる。匂いがする。燐は人混みの中を行き、目当ての場所に向かう。誰も燐のことは見なかった。誰も、燐が魔女だということに気付かず、魔女という存在がいることにも気付かない。(……ふう。ようやく着いたわ)法務局。今日の目的地であり、これからの全てが始まる場所になる。燐はその建物を見上げて深呼吸して、表情を作ってから中へ入っていった。 *「黒鉄様」待合用の椅子に座って待っていれば、燐の名前が呼ばれた。改めて受付に向かえば、頼んでいた書類が揃ったようだった。「こちらの封筒、黒鉄様の頼まれていた企業に関しての登記となっております」「ありがとうござ
last updateLast Updated : 2026-09-10
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第16話

御堂家に燐が戻ると、廊下で燐に気付いた使用人の一人が淡々と頭を下げ、いつものように声をかけてきた。「お帰りなさいませ、奥様。お昼はどうされますか」「簡単なものでいいわ。部屋で仕事があるから、おにぎりでも作ってちょうだい。先生から指示はある?」「鉄分とタンパク質を多く摂るようにと。そのようにいたします」義務的なやりとりで、以前までの燐ならばどこか物寂しさを覚えていただろう。しかし今の燐にはやるべきことがある。少しでも時間と集中力をそれに使いたい、そう思って最低限のみの指示をして離れへ向かった。(時間が無いから、早くやらないと)(今は、これが私の仕事だから)廊下を足早に進んでいた燐は、そんなことを考えながらふと、暁が言いかけていた言葉の一端を思い出す。『仕事している兄上とそっくりだ。義姉上はもしかしたら……』「……」きっと、似たもの同士だと言いたかったのだろう――そんな風に考えていると、燐は妙に哀しい気持ちになってしまった。結婚して、同じ屋根の下で過ごしているのに、向いている方向だけが違う。そこには二つの人生があって、それぞれが別の方へ行きたがっているかのよう。それでも。今の燐に、恭司の背を追いかける選択肢はなかった。「さて。始めましょうか」部屋に戻った燐は、脇腹に隠していた登記を机に出してから楽な格好に着替える。窓から見える日が随分と高くなっていた。燐は椅子に腰掛け、改めて、自分で取ってきた書類に目を通す。「……」登記事項証明書。硬く、無機質な文字が並ぶ紙束だが、これが燐の求めていたものだった。そこに記されていたのは、『ヒーリングサロン かがりび』の商号、サロン本店の所在地、資本金……そして、役員のリスト。代表者の欄には『九条 華』の名が記されていた。燐はその文字列をじっと睨み付けた後、そのまま冷徹な目に変わって下へ下へと視線を落としていく。(お宅のサロンの中がどうなっているか、見せてもらうわよ、華――)役員の名前に人差し指を当て、一人ずつなぞりながら辿っていく。どれも引っかかるような名前ではない……今のところは。燐の手が書類をめくっていく。次に現れたのは『セレーネ・コンサルティング株式会社』の登記だ。「……ふうん?」ふと、燐の眉が上がった。手が止まる。少しばかり逡巡した末に燐は何ページか引き返し、役員リ
last updateLast Updated : 2026-09-11
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第17話

「失礼します。奥様、採血の時間です」採血の日、朝。燐がベッドに横たわっていると、部屋の扉がノックされた。そして白衣を纏った男性医師が看護師を連れて部屋に入ってくる。「体調はどうですか」「大丈夫です、問題ありません」「きちんと食べられていますか?」「はい。皆様、大変よくしてくれて」「良いですね。では、本日も検査から始めましょう。またいつものように腕をお願いします……」言われるがままに燐は左腕の袖を捲り、何度も針を刺された場所を露わにする。いつもと同じ人。いつもと同じ手続き。採血も、二年間繰り返されるうちに段々と慣れてきてしまっていた。腕に針を刺される痛みも、自らの命の根源である血を抜かれる心地悪さも。全部。今の燐にとっては、わざわざ拾うまでもない感覚にまで落ちていた。(今日は、家で作業を進めましょう)(……頭が痛い)(これさえなければ、もっと――)貧血魔女。華から言われた言葉が脳裏に蘇り、思わずしかめっ面になった。医師の男性が燐の顔を覗き込んできたから、なんでもないように微笑んで首を振る。それから、はらわたが煮えくり返りそうな思いを堪えながら、血の検査と針の挿入を終えて。担当医師と看護師が部屋を去り、燐は一人になった。あとは時間を待つだけだった。「……ふう」採血袋に繋がれた左腕を見ながら、今日の一日をどんな風に使ってやろうかと頭を回す。しかし調子が上がらない。視界の端も、徐々に弱くなってきている。命に別状はないだろうが、燐は、何となく上がりきらないままの体調で過ごすことを余儀なくされる。とは言え、燐はあらかじめ、こういう採血の日でもできるようなことを整理してまとめていた。情報収集と、今後の一手の準備――タブレットに手を伸ばした時、横に置いていた燐のスマートフォ
last updateLast Updated : 2026-09-12
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第18話

採血をしている間もやることは多い。燐はベッドの上でタブレットを操り、何個もあるアカウントの投稿を作っていた。それと同時に行っていたのが、翌日に実行が控えていたある計画の下調べである。時間はまだあるが、いちいち無駄にできるほども無い。採血の合間を縫って、体力と相談しながら予定を詰めに詰めて前のめりに計画する。そして翌日――燐はとある喫茶店に入っていた。「いらっしゃいませ。一名様ですか?」「ええ。窓際に座りたいのだけれど、かまわないかしら?」「窓際ですね。大丈夫ですよ。好きな席にお座りください」狙っていた席を取れた燐はさっそくそこに腰掛けて一息つくと、メニュー表を開いてから、ここまで頑張った身体を労った。採血の翌日のせいか、全身がひどく重い。頭がぼんやりするからと、アイスココアを頼んでしのぐことにした。(ふう……)(この場所なら怪しまれずに済むわ)(服装も変えてきたし、大丈夫なはず)今日の燐は普段とは違う雰囲気だった。服装も、身体のシルエットが少し変わるような上着を選んでいた。他にも、髪型もメイクのやり方も変えて、一見すると別人のように見えている。そこまでしていた今日の燐は、店員に注文を済ませると持ってきた本を開いて一人の時間を過ごし始めた。もちろん、本を読みに来たわけではない。「……」手元の本に目を通しながら、燐は度々視線を窓の外に向けていた。視線の先にあるのは一軒の建物。華のサロン、そしてコンサルが入っているあの建物だった。「お待たせしました、アイスココアです」「ありがとう。いただくわ」「ごゆっくりお過ごしください」上品に受け答えして、極めて友好的な客の姿を演じながら燐は窓の外へと注意を向ける。ちょうど、人がやって来たところだ。道を歩いていた一人の女性が、華のサロンに向かってまっすぐ向かっている。年齢
last updateLast Updated : 2026-09-13
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第19話

「義姉上、久しぶりだね」「時間が無いわ。すぐにやりましょう」「任せてよ。これは僕の得意分野だ」朝、御堂家の部屋に暁を呼んだ燐は、彼に変装の手伝いを頼んでいた。サロンについて情報を集めた燐は、それから二日と経たない内に潜入調査をすることに決めたのだった。翌日になれば採血が入って、そこからまた調査は停滞してしまう。体調的にも、今がもっとも動けるタイミングだ。あの晩餐会から既に十日ほどが経過しており、華と約束した期日までも、間もなく三十日を切ろうとしている。一日たりとも無駄にすることはできない。「暁さん、髪型のセットもできるのね」「ヘアスタイリストの仕事をしていた時もあったんだよ。だけど、だんだん髪型だけでは物足りなくなって、筆を執ったんだ。それで、髪型の希望はある?」「任せるわ。でも、普段の私からイメージを変えたものにして。今日は絶対に、私だとバレるわけにはいかないの」「――了解。義姉上を別人にしちゃうね」暁は燐の部屋に姿見を持ち込んでいた。燐はその鏡の前に座り、ヘアブラシを手にした暁にあとのことを任せる。「まずは髪色を変えよう。今日だけでいいからワンデイヘアカラーを使うよ。義姉上の髪は黒髪だから、ここは、明るい茶髪に変えてイメージを変えようか」暁は手慣れた様子で燐の髪に触り、ブラシで梳かして滑らかにしてからビニール手袋を嵌めると、クリームタイプのヘアカラーを出して燐の髪に伸ばし始めた。不思議な心地だった。鏡の中に映っている自分自身が、自分ですら見たこともない姿に変わっていく。「暁さん、頼んでいる物はどう?」「タイミングを探しているけど、なかなかいい場面が見つからないね。年次晩餐会が終わって少しだから、まだ大きなイベントもないだろうし」「あと一ヶ月よ。その間に……できればでいいからお願い」「うん。義姉上の方は?」「サロンの中に入って、売っている物の現物を手に入れてくるわ。人の不安を煽ってまがい物の魔除けグッズを売りつけてい
last updateLast Updated : 2026-09-15
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第20話

手相を確認した後も、鑑定士の女性は、燐に次々と質問を投げかけていた。燐がそれに答えていると、やがて彼女は待っていたとばかりに身を乗り出してくる。「実は、ここだけの話……あなたの周り、少し視えづらいんです」「見えづらい?」「ええ。それでいて、嫌な感じ。強い負の力を感じます」燐はその言葉に眉を上げた。――そうした方が、驚いていると思われるからだった。鑑定士は眉根を寄せ、今度はテーブルにタロットカードを用意しては混ぜ込んでいく。一方、燐はその所作を冷めた目で見つめていた。(想定通りね)(所詮は手品と言葉騙しみたいなもので、本当に何かを視ているわけじゃない)(もし本当にそうだとしたら、私が“本物の魔女”であることに、少しは感づくはずだもの……)燐は内心で静かに笑いながら、表向きは不安げに眉を寄せてみせる。「あの……最近、家のことでも不運が続いてて。もしかしたら、良くない流れとか、あるんじゃないかって」「やっぱり。そのことで誰かに相談は出来ていますか?」「いいえ。頼れる人もいなくて……」「そうでしょう。最近は、あなたのような女性が増えているんです……」随分な言い草だ。それでも、こういう言葉に自分を当てはめたくなる人がいるのは、燐にも少しは分かる気がした。その方が――辛い境遇に立ち向かうよりも、遙かに楽だから。「マナ様、こちらからカードを1枚引いてください……『塔』の正位置ですか。まずいかもしれません」「そんな……私は助かるんですか? この後、また戻らないと行けないのに」燐が少しだけ揺さぶりをかければ、鑑定士の女性はそれに乗ったように返す。「出来る限りのことをしましょう。マナ様、こちらへおいでください」サロンの
last updateLast Updated : 2026-09-16
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