年次晩餐会の夜がやってきた。「行くぞ、燐」「はい」この日は、使用人の運転しているリムジンの後方で二人が並んで座っていた。恭司は燕尾服、燐は先日仕立ててもらったばかりの黒のパーティードレス。端から見れば実にお似合いの格好である。……夫婦である二人の間に会話はあまりないのが実情ではあったが。「途中で具合が悪くなったら、すぐに言え。会場のスタッフにも事情は伝えてある」「大丈夫です、迷惑はかけさせません」晩餐会――御堂財閥のこれまでについての総括と報告が為されるこの場は、この国の様々な大企業の重鎮が集う場でもある。いわゆる“上流階級”同士が交流することになる、選ばれた者たちの場。そこで燐を――彼らにとって公然の秘密である“魔女”を妻として披露する。しかもそれが歴史ある“黒鉄家の魔女”ともなれば、その世界を知る者たちにとっては大きなニュースとなること間違いない。「燐」「何?」「……俺の傍にいるんだ」それは、普段の恭司らしくない台詞に思えるものだったが――(思わせぶりなこと言わないでよ……)燐はそれを正面からは受け取らず、逆に従順を装うようにわざとらしく返していた。「……ええ。わかりました」まるで、西洋のおとぎ話に出てくる王城の大広間のような空間だった。広い会場には多くのテーブルと立食用のディナーが並べられていて、会場のあちこちでは着飾った人々が集まりを作ってはグラス片手に会話を楽しんでいる。「やはり御堂財閥ともなれば、このような催しの規模もまるで桁違いだ……」「ところで、社長夫人はご覧になった? とても綺麗な方で嫉妬しちゃうわ。それにあの御曹司が婚約していたなんて……」「噂では、黒鉄家の娘が身売りに出された、とも聞いているが、どうだろうね」「まあ……」業界の様々な噂話が飛び交う中、もっとも人からの注目を集めていたのは、やはりパーティーの主役である御堂財閥CEOの恭司と、今回初めて公に披露される形となった燐であった。「恭司さん、お久しぶりです。そしてこちらが……」「恭司の妻の、燐です。初めまして」「おお、こちらこそ初めまして。なんとも美しい妻を貰ったようで……」燐は恭司の隣で社長夫人としての姿を演じ続けていた。周りにはどうやら好評のようで、特に大きな事件もなく客人たちの挨拶回りは進んでいく。このまま何事もなく――そ
Last Updated : 2026-09-06 Read more