All Chapters of 『広告を見るだけで終末を無双した私、最強プレイヤーに「その元夫は捨てて。俺と組め」と迫られました』: Chapter 1 - Chapter 10

16 Chapters

世界観や登場人物

世界観世界が崩壊を始めるのは午後1時13分。空が1度だけ白く明滅し、世界中のスマートフォン、街頭モニター、電車内ディスプレイ、テレビ、カーナビへ同一の文字列が表示される。〈SURVIVAL RESIDENCEへようこそ〉その瞬間、一部の集合住宅、ホテル、病院、学校、商業施設が異常空間へ取り込まれ、選ばれた人間の目前へ個人用の〈居室〉が生成される。選ばれなかった者に部屋は与えられない。政府高官でも、乳児でも、医師でも、資産家でも例外はない。部屋を持たない人間は、感染者、異常気象、都市崩落、食料不足、プレイヤーによる略奪に直接晒される。システムは1度も「30日間耐えれば救われる」と告知しない。それでも人間たちは勝手に、30日間を生き延びれば救助される、ゲームをクリアすれば元の世界へ帰れる、どこかに安全地帯があると信じ始める。だが、ステージを突破した先にあるのは、さらに死亡率の高い新しいステージだけである。世界地図から都市が1つずつ消える。国別チャットから言語が1つずつ消える。人工衛星からの映像も途切れていく。それでもシステムは毎朝6時、何事もないように通知する。〈本日も快適なサバイバル生活をお楽しみください〉画面右上には常に〈人類残存数〉が表示される。数字は増えない。ただ減り続ける。世帯リンク終末開始時点で法的な婚姻関係または同一世帯として登録されているプレイヤーには、個人居室とは別に〈世帯リンク〉が発生する。世帯リンクへ所属した家族は、初期段階に限り、食料、水、回復物資、緊急避難権など一部の生存リソースを共同化できる。一見すれば家族を守るための救済制度に見える。しかし世帯主には〈構成員切離し権〉が与えられている。家族1人を世帯リンクから切り離した場合、その人物は家族共有倉庫、共同回復、緊急避難、代理入室などの権限を失う。その一方で、切離し以前に家族倉庫へ提供した物資は返還されない。さらに切離し処理は大きな警告ではなく世帯管理履歴へ記録されるだけのため、仕組みを理解していなければ、自分だけが家族から除外されたことに気づかない場合がある。1周目の航志は、システム開始直後に灰乃を世帯リンクから切り離していた。だが灰乃には知らせなかった。灰乃は自分も家族共有の恩恵を受けられると思い込み、感染者のいる区域へ入り、水、食料
last updateLast Updated : 2026-09-03
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第1話 世界が終わった日に、夫は愛人を抱いていた

右腕へ食い込んだ歯の感触は、痛みより先に重さとして残っていた。感染者は灰乃の腕へぶら下がるように顎を食い込ませ、裂けた皮膚の内側へ生温かいものを流し込んでいた。灰乃は非常用の鉄扉へ身体をぶつけ、残った左手で何度も鋼板を叩いたが、扉は外側から施錠されたまま微動だにしない。息を吸うたび肺の奥が焼け、噛まれた場所から心臓へ向かって冷たい痺れが這い上がってくる。それでも扉上部の小窓に夫の顔が見えている間は、死ぬという事実より、彼が開けてくれる可能性の方を信じていた。「航志、開けて。お願い。まだ間に合うから」小窓の向こうで、度会航志は操作盤へ右手を置いていた。灰乃の声が聞こえていないはずはなく、視線も彼女の顔から逸れていなかったが、指先だけは解錠ボタンへ近づこうとしない。背後には白い照明に守られた安全区域があり、その奥で登志江と篤一が何かを叫び、網代泉帆が両腕を胸元へ抱いていた。灰乃が命を削って運び込んだ水も、薬も、食料も、すべて扉の向こう側にあった。「悪い、灰乃。ここに感染者を入れるわけにはいかない」航志は感染者ではなく、灰乃を見ながらそう言った。苦しそうに寄せた眉も、穏やかに抑えた声も、妻を失う人間のものではなく、自分の判断を正しいと納得させる時の顔だった。灰乃はその声を何年も夫の優しさだと思い込み、従えない自分の方が冷たいのではないかと疑い続けていた。「家族を守らないと」家族という言葉が、耳の奥で意味を失った。灰乃も戸籍上は彼の妻であり、つい数時間前まで、命懸けで物資を集める理由を同じ言葉に求めていた。ところが航志の口から出た家族の中に、自分だけが含まれていなかったのだと、その瞬間になって理解した。血で濡れた床へ膝をつくと、小窓の中の航志が安堵したように操作盤から手を離す。背後から感染者の息が首筋へかかり、灰乃は夫の顔を最後まで見たまま、黒い濁流へ沈むように意識を失った。機械の低い唸りと、微かな浮遊感が身体を包んでいた。灰乃は息を呑んで目を開き、天井の白い照明と鏡面仕上げの壁に映る自分の姿を見た。血はなく、右腕の皮膚も裂けておらず、濃紺の髪は仕事へ出た朝と同じように背中へ流れている。胸の奥だけが死の直前の速さで脈打ち、1拍抜けたあとに強く打ち返したため、灰乃は反射的に手すりを掴んだ。掌へ伝わった冷たい金属が、ここが幻ではないと告げていた。スマートフォン
last updateLast Updated : 2026-09-03
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第2話 15秒の広告で100コイン

午前6時を告げる電子音が鳴った瞬間、扉の外を満たしていた濡れた呼吸音が途切れた。赤かった非常灯は白へ戻り、室内端末には〈夜間保護を終了します〉という表示が淡々と浮かんでいる。灰乃はベッドの端から立ち上がると、銀色のピルケースを鞄の内ポケットへ収め、時刻が6時1分であることを確かめた。心臓は寝不足を責めるように重く打っていたが、薬を追加するほどの乱れではない。あと6分で、5階非常口の横へ紫色のランダムボックスが現れる。解錠した扉をわずかに開くと、冷えた廊下から血と鉄錆の匂いが入り込んだ。昨夜まで登志江だったものは、扉から数歩離れた壁際に倒れているらしく、白い靴下を履いた片足だけが視界の端にあった。灰乃は顔を向けず、その足を避けて廊下へ出た。見れば何かが変わるわけではなく、見なければ死が消えるわけでもない。それでも今は、義母の最期を確かめるために使える時間がなかった。階段室には、夜のあいだに何度も何かが這い回った跡が残っていた。手すりには黒ずんだ指の筋が続き、踊り場の壁には爪で削られたような傷が幾重にも走っている。灰乃は足音を抑えながら5階まで下り、非常口脇の消火栓へ身を寄せた。端末の数字が6時6分から7分へ変わるのと同時に、何もなかった床の上で紫の光が四角く凝固する。鈴を転がしたような短い音のあと、膝ほどの高さの箱が現れた。1周目でも、灰乃は同じ場所で同じ色の箱を手に入れていた。中身は一定時間ごとに少量のコインを生み出す希少設備で、仕組みを理解した航志は、灰乃が自室へ設置するより先にそれを取り上げた。「夫婦なんだから、どっちが持ってても同じだろ」と笑い、設備を運び込んだ先は泉帆の居室だった。彼女の扉を早く強化しなければ危ないという理由で、灰乃が見つけた設備から生まれたコインは、最後まで灰乃のために使われなかった。紫の箱へ触れると、所有権を示す輪が灰乃の手首を1度だけ巡った。彼女はその場で開けず、廊下の突き当たりにある清掃用具室へ運び込む。折れたモップや洗剤の容器が押し込まれた狭い室内で鍵を掛け、換気口にも人影がないことを確かめてから蓋へ手を掛けた。紫の光が指の間から漏れ、箱そのものが砂のような粒子へ崩れていく。しかし、床へ残ったのは記憶にある銀色の設備ではなく、光を吸い込むような黒いスマートフォン型の端末だった。〈特殊権能・広告恩寵を獲得しました〉文字を
last updateLast Updated : 2026-09-03
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第3話 夫婦だから、お前のものは俺のもの

居室の床が最初に震えたとき、灰乃は水の入った容器へ蓋を戻しているところだった。小さな揺れはすぐに壁の内側を走る低い轟音へ変わり、天井から細かな埃が落ちてくる。LEVEL3へ上げたばかりの扉ではなく、部屋そのものが巨大な機械に掴まれ、どこかへ運ばれているような振動だった。壁面端末が強制的に点灯し、赤い枠に囲まれた通知が、閉じる操作を拒むように中央へ固定される。〈居室LEVEL3到達者の選別を完了しました〉 〈高危険区域への強制転送を開始します〉 〈転送先・DEAD SURVIVAL〉灰乃は鞄を肩へ掛け、低い位置で束ねた濃紺の髪を手早く結び直した。薬を収めた銀色のピルケースが内ポケットにあることを指先で確かめ、壁へ手をつきながら揺れが収まるのを待つ。昨夜公開された周辺居室ランキングで自分の名が1位へ上がった直後から、航志の通話とメッセージは途切れていなかったが、すべて無視していた。彼が知りたいのは両親の最期でも妻の無事でもなく、灰乃だけが短期間でLEVEL3へ到達した方法だった。轟音が不意に途切れると、耳の奥に残った振動だけが低く鳴り続けた。扉脇の監視表示は、昨日までのマンション廊下ではなく、白い照明が等間隔に連なる長大な通路を映している。天井は大型車両が通れるほど高く、左右には番号の異なる居室扉が果ての見えない距離まで並んでいた。ところどころで扉が開き、武器や荷物を抱えた人間が警戒しながら顔を出している。その人数の多さだけで、これまでの区域とは規模が違うことが分かった。〈参加者2048名〉 〈昼間のプレイヤー間攻撃制限はありません〉 〈夜間、変異感染者が出現します〉 〈区域内には多数のランダムボックスが配置されます〉昼間であれば感染者に襲われにくい代わりに、目の前の人間を恐れなければならない。部屋へ戻れば扉に守られるが、ランダムボックスを得られず、上位強化に必要な資源も集まらない。外へ出る者ほど強くなり、強くなった者ほど奪う価値が上がる仕組みだった。灰乃は喉の奥へ上がった乾きを、朝に口へ含んだ水の感触を思い出しながら飲み下した。最後の1行が表示された途端、遠くで誰かが叫び、硬いもの同士がぶつかる音がした。昼間の殺傷を禁じないという宣告を、システムはあまりにも平坦に告げている。灰乃は扉をすぐには開けず、監視範囲を左右へ動かした。死角に潜む人影がな
last updateLast Updated : 2026-09-03
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第4話 攻略対象は最強の男

赤い光柱の根元で、縵谷玄理は誰にも急かされることなく箱へ手を置いた。所有権を示す赤い輪が彼の手首を巡ると、周囲で様子を窺っていた数人が露骨に足を止める。大型斧の刃先から黒い血が滴り、その足元には変異感染者3体がまだ形を残して転がっていた。箱そのものの価値より、そこへ近づくために越えなければならない男の方が危険だと、誰の目にも分かった。灰乃は一瞬だけ赤箱を見たあと、迷わず背を向けた。玄理の背後では、箱を狙っていた若い男が仲間に腕を掴まれ、首を横へ振られている。力の差を理解できる者から先に諦めていく光景だった。灰乃も同じ判断をしただけで、そこに敗北感はなかった。必要なのは一番価値の高い物を奪うことではなく、次の夜まで自分が生き残れるだけの資源を、損耗を抑えて確保することだった。1周目で赤箱の中身に救われたことは何度もあるが、赤い色が必ず生存へつながるわけではないことも知っている。まして、すでに所有権が移った箱を奪うために、開始2日目からLEVEL5へ達している人間と争う理由などなかった。灰乃が欲しいのは他人の獲物ではなく、自分が取れる位置にある資源だ。頭の中で区域図を組み直し、中央通路を離れて北東側の連絡区画へ向かう。1周目の記憶が正しければ、最初の赤箱から数分遅れて、管理配管脇の死角へ紫箱が追加出現する。前の人生では、その存在を知ったのは別のプレイヤーが中身を自慢していた夜だった。取り返せなかった箱の位置や時刻まで覚えている自分を、執念深いと思ったことはない。死んだ人間に残った記憶を、今度の生存へ使わない方が不自然だった。歩き出した灰乃の背中へ、ほんの一瞬だけ視線が触れた。振り返ると、玄理は赤箱をアイテム欄へ収めたところで、こちらを見ていた。暗い琥珀色の目に感情らしいものは浮かばず、追ってくる様子もない。ただ、皆が赤箱へ殺到する中で逆方向へ向かった灰乃の判断を、確認するように一度だけ見た。それだけで玄理は視線を外し、倒れた感染者のそばへ落ちていた斧のカバーを拾い上げた。灰乃も足を止めなかった。背後では人々が玄理から距離を取りつつ、次に出る箱を探して散り始めている。その中に航志と泉帆の姿もあったが、航志だけは紫箱を抱えて離れる灰乃を見失わないよう、一定の距離を保って追ってきた。先ほどまで夫婦の協力を口にしていた男の歩調は、もう話し合いを求める人間のものではない
last updateLast Updated : 2026-09-03
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第5話 死者は私の家賃を払う

扉を開けた灰乃は、玄理の手にある銀色の薬ケースを最初に見た。薄い金属の表面には床へ落ちた際についたらしい細い擦り傷が一本増えていたが、留め具は閉じたままで、無理にこじ開けられた跡もない。玄理はケースを指先で摘まむように差し出し、灰乃が受け取るまで余計な説明をしなかった。灰乃は礼を言うより先に留め具を確かめ、蓋を開いて中へ並んだ錠剤の位置を見る。自分で朝に詰め直した順番から一つも動いていなかった。「中、見ませんでしたか」「見てない」「薬だとは分かったでしょう」「ケースを振って確認する趣味はない」玄理の返答には不快そうな色も、傷ついた様子もなかった。疑われることを当然の危険確認として受け止めているように見え、その態度がかえって灰乃を戸惑わせる。航志なら、妻に疑われたという事実を先に怒り、「夫を信用できないのか」と話をすり替えていただろう。玄理はただ、自分がしていないことをしていないと答え、それ以上を求めなかった。「ありがとうございます」灰乃がケースを鞄の最も深いポケットへ戻すと、玄理は短く頷いた。彼の視線が一瞬だけ灰乃の切れた唇へ向いたが、誰にやられたのかとは聞かない。代わりに扉の向こう、航志が去った方向を一度見てから、「鍵は閉めろ」とだけ言い残した。命令というより確認に近い声だったため、灰乃も反発せず扉を閉める。内部ロックが作動する音を聞いてから、ようやく肩へ残っていた緊張が少しだけ抜けた。床へ置いた2つの紫箱は、争奪戦の最中に確保したものとは思えないほど静かに光っていた。灰乃は先に取った箱から開封し、紫の粒子が薄暗い室内へ舞い上がるのを見守る。光が消えたあとに残ったのは、掌よりひと回り大きい黒い円盤と小型の操作盤だった。説明を開くと、〈衝撃地雷〉という名称の下へ、設置範囲へ侵入した対象へ強い衝撃波を与えること、所有居室の防衛設備として使用可能であることが表示される。「当たりね」威力は感染者を確実に殺せるほどではないが、扉への接近を一度崩せるだけでも価値はある。灰乃はすぐに使わずアイテムスロットへ収め、もう1つの紫箱へ手をかけた。こちらは開封した瞬間に光が弱く、出てきたものも終末の特殊装備とは思えないほど古びていた。木目調の外装へ黒いダイヤルが2つついた、小型の卓上ラジオだった。スピーカーの布は色褪せ、アンテナの先には細かな錆まで浮いている。灰
last updateLast Updated : 2026-09-03
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第6話 家族を捨てた妻

午後6時を過ぎてから最初の5分間、廊下は不自然なほど静かだった。LEVEL4へ上がった居室の監視画面には4方向の通路が映り、昼間の争奪戦で床へ広がった血だけが非常灯の赤い光を鈍く反射している。誰もが〈夜狩りを開始します〉という通知を見て部屋へ逃げ込み、厚い扉の向こうで息を潜めているのだろう。灰乃も椅子へ腰を下ろしたまま、紫箱から得た〈衝撃地雷〉と先ほど取得した〈局所防御膜〉の配置を確認し、広告恩寵で得た保存水を少量だけ口へ含んだ。心臓は昼間に航志と争った直後ほど速くはないものの、肩を壁へ打ちつけた痛みが残り、唇の傷も舌が触れるたび鉄の味を返していた。6時6分、最初の異変が監視画面の端へ現れた。通路の角から姿を見せた感染者は昼間までの個体より身体が大きく、片脚を引きずりながらも移動速度は遅くない。灰白色に濁った眼球が左右へ動き、血の残る床へ顔を近づけた直後、背後からさらに2体、4体、7体と増えていく。夜間に出現した感染者が昼間の死体を食らい始めると、肉を裂く湿った音が監視マイクを通して室内まで届いた。灰乃は音量を少し下げたが、完全には消せない仕様らしく、スピーカーの奥で歯と骨が擦れる音だけがいつまでも残った。最初に破られたのは、灰乃の居室から2区画離れたLEVEL1だった。薄い扉へ感染者が何度も体当たりし、所有者らしい男が内側から家具を押し当てている姿が扉脇の小窓へ一瞬だけ映った。防御値を示す数字が急速に減り、残り10%を切ったところで金属が内側へ歪む。男の悲鳴が上がり、隙間へ複数の腕が差し込まれ、扉そのものが引き剥がされるまで1分もかからなかった。監視画面には室内へ雪崩れ込む感染者の背中しか映らなくなり、その向こうから助けを求める声が数度続いたあと、急に途切れた。〈プレイヤーE-1082・死亡〉という通知が浮かび、数分後、破壊された部屋から1体の感染者が這い出してきた。服だけは先ほどの男と同じで、右腕には生存者用端末が残っている。首筋を大きく噛み裂かれているにもかかわらず身体は動き、床へ落ちていた鉄パイプを踏み越えて群れへ加わった。殺された住人がそのまま敵になる以上、夜が進むほど感染者の数は減るどころか増えていく。1体を倒している間に別の部屋が破られれば、そこから2体、3体と新しい個体が生まれる仕組みだった。次に狙われたLEVEL2の居室は、扉自体は少し長
last updateLast Updated : 2026-09-03
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第7話 夜狩り

午前1時13分、監視画面の右上で時刻が切り替わった瞬間、廊下を徘徊していた感染者たちが一斉に顔を上げた。灰乃は椅子から身体を起こし、4分割された映像へ視線を走らせた。午後6時の〈夜狩り〉開始から7時間あまり、低レベルの居室はすでにいくつも破られている。廊下には昼間の争奪戦より多くの血が広がり、感染した元プレイヤーが新たな群れへ加わっていた。それでも少し前までは、それぞれが音や血の匂いへ反応し、近くの居室を無秩序に襲っていたはずだった。ところが今、灰乃の画面に映る個体は、互いに合図を交わしたわけでもないのに同じ方向へ身体を向けている。その先にあるのは、D-0317。灰乃の居室だった。南側通路を歩いていた4体が、すぐそばにあるLEVEL2の扉を通り過ぎる。部屋の中には生存者がいるらしく、扉の小窓の奥で人影が動いていた。感染者はそこへ一度も顔を向けない。その先のLEVEL3からは内部の物音を察知したように警告灯が点滅していたが、6体の群れは足を止めるどころか速度を上げた。「……おかしい」灰乃は監視範囲を最大まで広げた。西側から9体。北側から11体。さらに中央区画を徘徊していた群れまで、進路を変えてこちらへ向かっている。倒れた人間の身体を食べていた個体さえ途中で顔を上げ、食事を捨てて歩き始めていた。感染者に集団行動を取る知性があるという情報は、1周目にもなかった。まして、より弱い居室を無視して防御値の高いLEVEL4だけを狙う理由などない。灰乃は扉前へ設置していた〈衝撃地雷〉を起動状態へ切り替え、〈局所防御膜〉の残存時間を確認した。昼間に玄理との接触条件で得た防御膜は、扉の中央から蝶番周辺までを淡い膜で覆っている。通常の感染者相手なら一晩を越せるだけの防御があるはずだった。それでも、監視画面へ映る数はすでに40を超えている。先頭の感染者が灰乃の扉へ到達した。身体をぶつけるより先に、床へ埋め込まれた黒い円盤が白く明滅する。次の瞬間、空気そのものが膨張したような衝撃が廊下を走り、先頭の数体が壁際まで吹き飛ばされた。頭部を金属壁へ叩きつけられた1体は動かなくなり、別の2体も腕や脚を不自然な方向へ折って床を転がる。しかし、その後ろから来た群れは止まらなかった。倒れた個体の身体を踏み越え、扉へ次々と衝突する。爪が防御膜を擦り、半透明の光が波紋のように揺れた。
last updateLast Updated : 2026-09-03
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第8話 生き残るためなら抱きつける

砲口から迸った白光を、灰乃は監視画面越しに見た。視界が一瞬だけ焼け、遅れて腹の底まで揺さぶる轟音が居室へ突き抜ける。解錠を始めた扉の向こうで、玄理は振り返るより早く足元の感染者の死体へ踵を差し込み、全身を使って斜め上へ蹴り上げた。宙へ浮いた死体が砲撃の進路へ入り、直撃した胸部が白い閃光の中で弾ける。爆ぜた肉片と血が壁へ叩きつけられ、わずかに軌道を逸らされた光線は玄理の右肩を掠め、そのまま灰乃の扉の縁へ激突した。金属が悲鳴を上げるように歪み、室内の照明がすべて明滅した。灰乃は反射的に壁へ片手をつき、床を伝ってきた衝撃に身体を持っていかれないよう踏ん張る。防御値の表示が27%から18%、14%と落ち、最後に11%で止まった。局所防御膜はそこで砕け、薄い光の欠片となって消える。扉そのものは辛うじて形を保っていたが、外側の装甲には焼けたような亀裂が走り、もう一度同じ砲撃を受ければ耐えられる保証はなかった。玄理は片膝をついたものの、倒れなかった。黒い武器の柄を床へ突いて身体を支え、損傷した右肩を一度だけ見下ろす。救助用ジャケットの布が裂け、その下から血が滲み始めていた。砲撃を受けたというより熱と衝撃で抉られた傷らしく、腕そのものは動いている。それでも、周囲では誘導を失った感染者たちが再び生きた人間へ反応し始め、数体が玄理へ向かって身体を起こしていた。灰乃は完全に解錠された扉を内側から押し開いた。LEVEL4の居室は本来、所有者1人を守るための空間であり、正式な入室権を他人へ与えられる段階ではない。だが、今ここで玄理を廊下へ置き去りにすれば、感染者と航志の砲台を同時に相手へ回すことになる。彼を助けたいという感情を自分の中から探すより先に、灰乃は生存率だけを計算した。玄理が外で倒れれば感染者が増え、扉前の防衛も崩れる。室内へ入れる方が合理的だった。「縵谷さん、入ってください」玄理は灰乃の顔を見た。開いた扉と彼女の背後を一瞬だけ確認し、問い返す時間を惜しむように立ち上がる。右肩を庇いながらも足取りは崩さず、最後に近づいた感染者の膝を黒い武器で払ってから室内へ滑り込んだ。灰乃は彼の背中が境界を越えたことを確認して扉を閉める。焼けたロック機構が鈍い音を立てたあと、補助錠がどうにか噛み合った。2人が入っただけで、狭い居室の空気は明らかに変わった。LEVEL4になって監視設
last updateLast Updated : 2026-09-03
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第9話 あなたが傷つくと私も死ぬ

膝から力が抜けた灰乃の身体が床へ崩れ落ちるより早く、玄理の左腕が脇へ回った。右肩を負傷しているせいで動きは一瞬ぎこちなかったが、それでも彼は灰乃の体重を受け止め、背中が壁へ強くぶつからないよう支えながらその場へ座らせる。視界の周辺はまだ暗く狭まり、胸の奥では拍動が一度抜けたあとに強く打ち返す嫌な感覚が続いていた。灰乃は反射的に壁へ片手をつき、呼吸を整えようとするが、空気を吸い込むたび喉の奥だけが冷たくなる。「大丈夫です」声にした途端、自分でも説得力がないと分かった。玄理はしゃがみ込んだまま灰乃の顔色を見ていたが、慰めるような表情は作らなかった。代わりに落ちた鉄棒を足で遠ざけ、周囲へ残っている感染者の動きを一度確認してから、低い声で言う。「大丈夫な人間は壁を掴んで立たない」「少し脈が乱れただけです」「その少しで膝が抜けたんだろ」反論しようとした灰乃は、次の拍動が落ち着いていることを確かめるため口を閉じた。玄理は急かさず、その沈黙を待っている。右肩と左前腕から血を流しているのは彼の方なのに、自分の傷を気にする様子は薄かった。灰乃はその視線が哀れみではなく確認のためのものだと分かると、鞄へ手を伸ばし、銀色の薬ケースを取り出した。「前にこれを拾いましたね」「ああ」「慢性疾患があることくらいは気づいていたんでしょう」「薬の種類までは見てない」玄理は前と同じ答えをした。灰乃はケースを開き、服用時間と残量を確認してから、必要最低限の説明だけを選ぶ。誰かに病気のことを話すたび、航志が代わりに「無理をさせられないんです」と口を挟んでいた頃の感覚が一瞬蘇ったが、今は自分の口で必要なことだけを伝えればいい。「先天性QT延長症候群です。心臓の電気的な回復に時間がかかる体質で、疲労や睡眠不足、脱水、急な大音量、強い緊張が重なると不整脈が起こりやすくなります。普段は薬で抑えていますが、完全に安全になるわけではありません」玄理の目がわずかに細くなった。灰乃は続けて、一般的な回復アイテムでは治らないこと、終末開始時に持っていた薬が20日分にも満たないことだけを告げた。症状の怖さを誇張する必要も、弱く見せないため小さく言う必要もない。事実だけを並べれば十分だった。「失神することは」「あります。ただ、今はそこまでではありません」「さっきは?」「かなり近かったです」
last updateLast Updated : 2026-09-03
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