あるとき、友人が何げなく口にした。「琴葉、最近、結婚式の準備をしてるらしい。でも、全部一人でやってるみたいだぞ。遼は何も手伝わないって」水を飲んでいた湊の手が止まった。「結婚式?」「琴葉と遼の式だよ。知らなかったのか?来月らしい」湊はグラスを置き、それ以上は何も言わなかった。その夜、家へ帰ると引き出しを開けた。中には、何十本もの黒いボールペンがぎっしり並んでいた。一本一本が、口にできなかった思いの数だった。一本を取り出し、紙に名前を書いた。藤崎琴葉。その文字を見ているうちに、ふと笑みがこぼれた。笑っているのに、目は赤くなっていった。もうすぐ彼女は結婚する。それなのに、自分はいつまで待っているつもりなのか。答えは分からなかった。ただ、式へ乗り込んで奪うことも、思いを告げて、琴葉がようやく手に入れた平穏を壊すこともできなかった。湊は、そういう人間ではなかった。待つことしかできない。琴葉が自分を必要としてくれる日を。一生必要とされなければ、一生姿を見せないつもりだった。ところが、その機会はあまりに突然訪れた。ある日、見知らぬ番号から電話がかかってきた。出ると、懐かしい声が聞こえた。「久世さん?突然すみません。藤崎琴葉です」湊の手が震えた。「は、はい」琴葉は少しためらっていた。「一つ、聞きたいことがあるんです」「何でしょう」「久世家とうちは、仕事で提携していますよね。お父様が久世さんの縁談を探していると、父から聞きました」湊の鼓動が速くなった。「ええ」「それなら……私では駄目ですか?」聞き間違いかと思った。「今、何て?」「家同士の縁談です」琴葉の声は落ち着いていた。「まだお相手が決まっていないなら、私を候補にしてもらえませんか?」湊はスマホを握ったまま、バルコニーに立っていた。夜風が吹きつけ、目の奥が痛んだ。理由は尋ねなかった。遼はどうしたのかとも、何かあったのかとも聞かなかった。数秒黙ったあと、ただ一言、答えた。「ぜひ、お願いします」電話を切ってからも、長いことバルコニーに立っていた。やがてその場にしゃがみ込み、両手で顔を覆った。泣いてはいなかった。ただ、目は真っ赤だった。何年も待ち続け
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