All Chapters of 叶わなかった願い、待ち人は来なかった: Chapter 11 - Chapter 13

13 Chapters

第11章

母がいなくなったこの街には、どこに行っても母の面影が残っていた。商店街にはいつも母が野菜を買っていた店がある。バス停を見れば、放課後の私を迎えに来てくれた日のことを思い出す。マンションの下に植えられたキンモクセイは、母が一番好きな香りだった。今の私には、それらと向き合うだけの力がなかった。ただ場所を変えて、もう一度生きてみたかった。街を離れる前、私は母のお墓へ向かった。墓地は静かだった。風が松の枝を揺らし、さらさらと音を立てている。墓前にユリの花束を置いた。「お母さん、私、行くね。南の方の少し暖かい街に行くの。昔、退職したら海を見に行きたいって言ってたでしょ?私が代わりに見てくるから」私は墓石にもたれ、しばらく母に話しかけた。清人と暮らしていた家にあった物を処分したこと、仕事を辞めたこと、教員採用試験を受けることにしたこと。母は生涯教師として生きた。昔の私はいつも、先生なんて大変なだけだと思っていた。でも今になって少しわかった気がする。母のような人は、自分が持っている光を、誰かに分けずにはいられないのだ。私もやってみたいと思った。たとえ一人の子供にしか届かなくても、その子の人生を少しでも明るくできたら、母が残した優しさを、私なりに受け継いでいける気がした。そろそろ帰ろうと立ち上がったとき、背後から足音が聞こえた。振り返ると、清人と遥が立っていた。二人ともずいぶん痩せていた。清人は無精ひげを生やし、目の下は深く落ちくぼんでいる。遥はさらにやつれ、まるで色あせた紙のようだった。二人とも花束を抱えている。私を見つけた瞬間、同時に足を止めた。清人の目がすぐに赤くなる。「寧々……」私は立ち上がると、母の墓石をかばうように前へ立った。「誰が来ていいって言った?」清人の喉が小さく動いた。「ただ先生に会いたかった。ちゃんと謝りたくて……」遥も泣きながら口を開いた。「寧々、私、先生の夢を見たの。夢の中でも、先生は昔みたいに私を見てた。もう耐えられないの。先生に頭を下げて謝りたい……」二人が持っている花束を見つめる。ただ滑稽だった。母が生きている間には、一束の花さえ届かなかったのに、死んでから墓前を花で埋め尽くして、それに何の意味があるのだろう。清人が一歩前へ出た。私はすぐに
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第12章

私は止めなかった。かわいそうだとも思わなかった。ただ、冷たい目で見下ろしていた。「遥」泣き濡れた顔で遥が私を見上げる。私は一言ずつ、はっきりと言った。「ここで芝居しないで。お母さんが見たら、気分悪くなるから」遥の体が凍りついた。泣き声まで喉の奥で止まる。私は歩み寄り、遥が墓前に供えた花を手に取った。そして清人が持っていた花も取り上げると、まとめて近くのゴミ箱へ捨てた。二人の顔から同時に血の気が引いた。私は母の墓石の前に立った。声を張り上げたわけではないが、十分にはっきり届く声で告げた。「帰って。もう二度と、お母さんを煩わせないで。私の前にも現れないで。二人にお母さんの許しを求める資格なんてないから」清人が目を真っ赤にして私を見た。「寧々……俺は、お前を愛してる」私はずっとその言葉を聞きたかった。清人は滅多に愛してるなんて言わない人だった。気持ちは口で言うものじゃない、といつもそう言っていた。だからたまに優しくされるだけで嬉しかった。ほんの少しもらった優しさを大切に抱えて、何度も思い返していた。でも今、ずっと待ち望んでいた言葉を聞いても、心は少しも揺れなかった。ただ滑稽だと思った。「清人。あなたが愛してるのは私じゃない。いつまでもあなたを待ってくれる人。何をしても許してくれる人。いつだって、あなたを自分の世界の中心に置いてくれる人。あなたが愛してるのは、そういう存在でしょ。でもそんな人はもう死んだの。お母さんも昔の私ももういない」清人の目から涙が落ちた。大きな体がふらりと揺れ、立っていることさえ難しそうだった。私はもう彼を見なかった。母の墓前にしゃがみ、ティッシュで墓石についた汚れをそっと拭った。「お母さん、大丈夫だよ。もうこの二人には邪魔させないから」風が吹いた。まるで、寧々、それでいいのよ、と言ってくれているようだった。街を離れる日、清人は空港まで見送りに来た。遠く離れたところに立ち、手には茶封筒を持っている。私が荷物を預け終えると、ようやく近づいてきた。「寧々、これ、昔、先生が俺のために立て替えてくれた治療費だ。当時から今までの分を考えて、利息もつけた。それと、カードも入ってる。暗証番号はお前の誕生日。受け取らないのはわかってる。それでも渡したかった」
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第13章

私は短く返した。「そうなんだ」遥の近況は共通の知人から聞いた。会社を解雇されてから、精神的にかなり不安定になっているらしい。教員採用試験を受けようとしたものの、あの一件の噂が広まっていて、面接になるたびに取り乱してしまうという。母校へ行くこともできない。誰かに遥ちゃんと呼ばれることさえ怖がるようになった。母が昔、いつも優しくそう呼んでいたから。かわいそうだと言う人もいた。私は何も答えなかった。かわいそう?病室で最後まで二人を待ち続けた母は、かわいそうじゃなかったの?ウェディングドレスを着たまま、一人で母を見送った私は?人は自分のしたことに対して、いつかは代償を払わなければならない。それから一年が過ぎた。私はようやく一度、故郷へ帰った。その日は母の命日だった。母が一番好きだったユリの花束と、一枚の写真を持っていった。写真に写っているのは海。生きている間に母が見ることのできなかった景色を、私は代わりに何度も見てきた。墓地は以前とほとんど変わっていなかった。ただ、母の墓石の周辺には、何度も掃除されたような跡が残っていた。管理人が教えてくれた。この一年、何度も一組の男女がやって来たという。来るたびに、長い時間跪いていたらしい。でも私は以前、あの二人を墓石に近づけないでください、と頼んでいた。だから二人は、いつも遠くから跪くしかなかった。風の日も。雨の日も。雪の日も。何度来てもそのたびに止められた。私は聞き終えると、ただ頷いた。「これからも同じように、二人を近づけないでください」管理人はわかりましたと答えた。私は母の墓前にユリを供え、墓石をきれいに拭いた。「お母さん、ただいま。会いに来たよ。私、今はちゃんと元気に暮らしてる。試験にも受かったよ。先生になったの。クラスにね、子供の頃の私にちょっと似てる女の子がいるんだ。意地っ張りなのに、一人になるのがすごく怖い子。だから、少しだけ気にかけてあげようと思ってる」話しているうちに目の奥が熱くなった。「だから安心して。私はもう、過去に囚われてないよ。でもお母さんの代わりに、あの二人を許すことは絶対にしない」そのとき、背後から必死に押し殺したような泣き声が聞こえた。私は振り返らなかった。誰なのかわかっていたから。
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