母がいなくなったこの街には、どこに行っても母の面影が残っていた。商店街にはいつも母が野菜を買っていた店がある。バス停を見れば、放課後の私を迎えに来てくれた日のことを思い出す。マンションの下に植えられたキンモクセイは、母が一番好きな香りだった。今の私には、それらと向き合うだけの力がなかった。ただ場所を変えて、もう一度生きてみたかった。街を離れる前、私は母のお墓へ向かった。墓地は静かだった。風が松の枝を揺らし、さらさらと音を立てている。墓前にユリの花束を置いた。「お母さん、私、行くね。南の方の少し暖かい街に行くの。昔、退職したら海を見に行きたいって言ってたでしょ?私が代わりに見てくるから」私は墓石にもたれ、しばらく母に話しかけた。清人と暮らしていた家にあった物を処分したこと、仕事を辞めたこと、教員採用試験を受けることにしたこと。母は生涯教師として生きた。昔の私はいつも、先生なんて大変なだけだと思っていた。でも今になって少しわかった気がする。母のような人は、自分が持っている光を、誰かに分けずにはいられないのだ。私もやってみたいと思った。たとえ一人の子供にしか届かなくても、その子の人生を少しでも明るくできたら、母が残した優しさを、私なりに受け継いでいける気がした。そろそろ帰ろうと立ち上がったとき、背後から足音が聞こえた。振り返ると、清人と遥が立っていた。二人ともずいぶん痩せていた。清人は無精ひげを生やし、目の下は深く落ちくぼんでいる。遥はさらにやつれ、まるで色あせた紙のようだった。二人とも花束を抱えている。私を見つけた瞬間、同時に足を止めた。清人の目がすぐに赤くなる。「寧々……」私は立ち上がると、母の墓石をかばうように前へ立った。「誰が来ていいって言った?」清人の喉が小さく動いた。「ただ先生に会いたかった。ちゃんと謝りたくて……」遥も泣きながら口を開いた。「寧々、私、先生の夢を見たの。夢の中でも、先生は昔みたいに私を見てた。もう耐えられないの。先生に頭を下げて謝りたい……」二人が持っている花束を見つめる。ただ滑稽だった。母が生きている間には、一束の花さえ届かなかったのに、死んでから墓前を花で埋め尽くして、それに何の意味があるのだろう。清人が一歩前へ出た。私はすぐに
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