All Chapters of ねえ、5分だけ付き合ってーーMorning Side: Chapter 1 - Chapter 2

2 Chapters

1話

朝7時52分。そのクロワッサンは、最後の1個だった。焼きたて。表面はつやつやで、端は少しだけ焦げている。ガラス越しでも分かる。絶対においしい。私はトングを伸ばした。同時に、反対側から別のトングが伸びてきた。カチン。先端同士がぶつかる。「……あ」聞き覚えのない低い声。顔を上げる。背の高い男が立っていた。白いシャツの上にネイビーのカーディガン。寝起きなのか、髪は少し乱れている。でもそれが妙に似合っていた。私はクロワッサンを見る。男も見る。最後の1個。譲るべきだろうか。大人だし。でも。私は今日、このクロワッサンを食べるために、いつもより15分早く家を出た。「どうぞ」彼が先にトングを引いた。一瞬、心が揺れた。「いや、大丈夫です」「でも取りたかったんですよね?」「まあ」「顔に出てます」失礼だ。「そんなに?」「かなり」彼が笑った。ちょっと腹が立つ。でも笑うと目尻が下がって、思ったより柔らかい顔になる。「じゃあ」私はクロワッサンを取った。「遠慮なく」「本当に取るんですね」「譲ってくれたので」「普通、1回くらい譲り返しません?」「しました」「1回だけ?」「十分です」彼が声を立てずに笑った。朝から知らない男と、何をやってるんだろう。私はクロワッサンをトレーに乗せた。勝った。なぜか少し嬉しい。そのままレジへ向かおうとしたとき。「あ」彼が私のトレーを見る。「それ、チョコ入ってるやつですよ」「え?」「プレーンじゃなくて」札を見る。【ショコラクロワッサン】本当だ。私はチョコが苦手だった。朝から甘いものを食べると、少し気持ち悪くなる。「……最悪」思わず呟く。彼が吹き出した。「笑いました?」「いや」「笑いましたよね?」「ちょっとだけ」「失礼」「でも、そんな顔するほど?」「これを食べるために早起きしたんです」「そこまで?」「そこまでです」彼は少し考えてから、自分のトレーを差し出した。プレーンのクロワッサンが乗っていた。「交換します?」私は目を丸くした。「持ってるじゃないですか」「さっき取ったやつじゃないです。奥にもう1個ありました」見ると、本当にある。私が最後だと思っていただけだった。なんだ。「じゃあ普通にそれください」「それだと
last updateLast Updated : 2026-09-13
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2話

朝7時41分。私は知らない男のシャツを抱いていた。白いシャツ。大きめ。まだ少し温かい。そして、困ったことに、いい匂いがした。「……誰の?」朝のコインランドリー。乾燥機から洗濯物を取り出していたら、私の黒いニットと一緒に出てきた。当然、私のではない。一人暮らし歴8年。部屋に男物のシャツが紛れ込むような華やかな生活は、一度も送っていない。私はシャツを広げた。きれいに洗われている。襟元も袖口も傷んでいない。柔軟剤の香りだろうか。清潔で、少しだけ甘い。……こういう匂いの男なら悪くない。朝から何を考えているんだ。私はシャツを畳もうとした。そのとき。「あ、それ僕のです」後ろから声がした。振り返る。黒いパーカーにスウェットパンツ。片手に缶コーヒー。髪は完全に寝起き。しかも右側だけ妙に跳ねている。さっきシャツから想像した「清潔感あふれる大人の男」とは、かなり違った。「これ?」「はい」彼が笑う。「すみません。隣の乾燥機に入れたつもりだったんですけど」「1枚だけこっちに?」「たぶん」私はシャツを渡した。「どうぞ」「あ、ありがとうございます」彼が受け取る。そのまま着るのかと思ったら、しばらくシャツを見る。「……なんか、すごい丁寧に畳まれてますね」「途中までね」「僕、自分でやるとこうならない」「どうなるの?」彼がシャツを適当に丸める仕草をした。「こう」「最低」「着れば伸びます」「そういう問題?」彼が笑った。30歳前後だろうか。顔立ちは整っているのに、寝癖のせいで全然格好がついていない。でも、それが妙に親しみやすかった。私は自分の洗濯物をバッグに入れ始めた。「朝から洗濯するんですね」彼が言う。「夜、洗濯機回したら寝落ちして」「ああ」「朝起きたら、洗濯機の中で全部冷たくなってた」「分かります」「分かるんだ」「僕は昨日、洗濯機回そうとして洗剤入れたところで寝ました」「そこまでいったら回しなよ」「ベッドが呼んでたので」馬鹿だ。でも少し笑った。彼は隣の椅子に座って、シャツを膝の上に置いた。「それ、仕事用?」何気なく聞く。「いや」「じゃあ何用?」「デート用」私は手を止めた。なぜか。本当に、なぜか。ほんの少しだけ面白くなかった。「へえ」我ながら、感じ
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