月曜の朝、ルシエルの社長室。恭介は週間売上報告書をめくり、満足げに口元を緩めていた。〈NOIR 17〉のヒットで、資金調達の交渉条件もよくなっている。秘書が封筒を持って入ってきた。「社長、家庭裁判所から書類が届いています」「裁判所?」恭介は眉をひそめて開封した。最初のページを読んだ瞬間、顔から笑みが消えた。離婚調停の通知と、申立書の写し。その資料一覧には、パリの発表当日の録音、発明者の変更記録、繰り返された人格否定の証拠が並んでいた。澪は、あの夜から動いていたのだ。[東京家庭裁判所][夫婦関係調整調停〈離婚〉]申立人 黒瀬澪〈業務名・篠宮澪〉相手方 黒瀬恭介求める条件は、具体的だった。婚姻破綻の慰謝料、1,000万円。恭介名義のルシエル株や不動産など、婚姻中に形成した財産の40%を分与すること。さらに、特許出願をめぐる名義の不正と名誉毀損については、別途、民事上の請求を行う旨も記されていた。「あいつ、正気か……」恭介は最後のページまでめくった。「社長の妻のお前にも得だろ」という、自分の発言の書き起こしを見た途端、手の中で紙がしわになった。退職届を出してから、たった10日。腹を立てて荷物をまとめただけだと思っていた妻は、証拠を揃え、離婚を申し立てていた。澪に電話をかけた。『おかけになった電話は、おつなぎできません』着信拒否だった。そのまま、書類に記載された法律事務所へかけ直す。「黒瀬恭介です。澪に代わってください」『ご本人は直接のご連絡を望んでいません。今後はすべて、代理人宛てに書面でお願いします』「夫婦喧嘩くらいで、会社の株を40%よこせって? これは脅しでしょう」『婚姻中の財産形成に対する寄与と、提出した資料を、手続きの中でご確認ください』電話は、それで終わった。恭介は法務部長を呼び、書類を投げた。「こっちからも訴える準備をしろ。退職時に会社の機密を盗み出したって線で」「社長、現状の資料では、むしろ社内データの改変経緯が問題になるかと」「お前、どっちの味方だ?」法務部長は口を閉ざした。その沈黙さえ、恭介には裏切りに思えた。* * *麗奈がコーヒーを持って入ってきた。「どうしたんですか、その顔」恭介は書類を引き出しに押し込んだ。「澪が脅しをかけてきた。裁判所に申し立てたんだ」「離婚です
Last Updated : 2026-09-15 Read more