翌週の火曜。東京タワーを望む、会員制のビジネスクラブ。澪の向かいには、オリオン・アセットの投資責任者、一条蓮が座っていた。端正なネイビーのスーツに、余分な言葉のない話し方。蓮は儀礼的な挨拶を重ねるより先に、差し出されたムエットを受け取った。テーブルには、12週間の加速試験の中間報告書も置いてあった。彼はまず、その文書を開いた。澄んだアイリスのあとから、サンダルウッドの温かさがゆっくりと立ち上がる。蓮は十分に時間をかけ、香りが落ち着くところまで確かめた。「いいですね」大げさな賛辞ではなかった。「最初の10分より、30分後のほうがいい。軸がぶれません」「まだ、最終版ではありません」「だから、信頼できます。完成していないものを、完成したとは言わないんですね」澪の目が、少し変わった。投資家の多くは、最初の香りとパッケージから聞く。蓮は、残り香と安定性を先に見た。「3年前、グラースのエキスポでもそうでした」彼はムエットを置いた。「皆が華やかな原料を選ぶ中で、篠宮さんは酸化したサンプルをひとつ見つけた。あのときから、覚えていました」「オリオンは、ルシエルの第2位の株主でしたね。なぜ、もっと早く声をかけなかったんですか?」「技術を生んだ人を正しく把握していなかった。それは、私たちの責任です」蓮は言い訳をしなかった。「ただ、その誤りを、ルシエルの技術者を引き抜くことで正したくはありませんでした。法的な整理が済んで、篠宮さんがご自分で選べるまで待つのが筋だと考えました」短く、明確な答えだった。* * *蓮が投資提案書を開いた。[MIO SHINOMIYA PARFUMS 設立計画]初期投資額は3,000万米ドル。研究所の整備、製品の検証、海外展開の成果に応じて、段階的に拠出する計画だった。持ち分は、澪が51%。オリオン・アセットが49%。すべての処方について、澪を発明者として正しく表示すること。使用には本人の承認を要し、創作上の最終決定権も澪が持つこと。経営陣は、研究日程や安全性試験を勝手に短縮できない。品質責任者には、独立した生産停止権限を与える。そうした条項も、別に設けられていた。澪は、ゆっくりと書類をめくった。「この条件では、投資家側のリスクが大きいですよ」「だから、投資なんです」蓮は微笑んだ。「救ってあげる相
Terakhir Diperbarui : 2026-09-15 Baca selengkapnya