Alle Kapitel von 『大嫌いな生徒会長が義兄になりました ~学校では天敵、匿名では親友、家では恋愛禁止です~』: Kapitel 1 – Kapitel 10

26 Kapitel

第1話 最悪の兄候補

第1話 最悪の兄候補 私が全校生徒の前で生徒会長に喧嘩を売ったのは、目立ちたかったからでも、彼の涼しげな顔が以前から気に入らなかったからでもない。後者については完全には否定できないけれど、少なくとも、あの日の私は自分なりに大切な場所を守ろうとしていた。 五月半ばの月曜日、朝から降り続いていた雨のせいで、全校集会が行われる体育館には湿った制服と床用ワックスの匂いがこもっていた。千人近い生徒が学年ごとに並ぶ中、壇上に立った御影怜央は、そんな不快な空気など自分の周囲にだけは存在しないような顔をしていた。 青星学園の生徒会長である御影先輩は、成績は入学以来ずっと学年首位、運動部の助っ人を頼まれれば何でも人並み以上にこなし、教師からの信頼も厚い。おまけに、少し長めの黒髪も、灰色がかった目も、制服の着こなしも、本人が腹立たしいほど整っていた。 ただし、性格まで完璧かと聞かれれば、私は全力で首を横に振る。彼は人間を校則集の付録だと思っている節があり、予定外の出来事と曖昧な言い訳を何より嫌っていた。「生徒会から、皆さんにお知らせがあります。校内で利用されている匿名相談サイト『放課後レター』について、昨夜、相談内容の一部が外部の交流サイトへ転載されていることを確認しました。相談者を特定できる可能性がある情報も含まれていたため、管理体制の安全が確認されるまで、同サイトの運営を停止します」 マイクを通した御影先輩の声は聞き取りやすく、落ち着いていた。その説明だけを聞けば、彼が正しく、運営していた人間が無責任だったように思えるだろう。 実際、私の前に並んでいた一年生たちは、「やっぱり危なかったんだ」「匿名なんて信用できないよね」と小声で話していた。 私は唇を噛み、制服のポケットに入れていた携帯電話を握った。「放課後レター」を作ったのは私だと、教師以外には明かしていない。ひとりで始めた活動だったけれど、今では毎週二十件以上の相談が届く。その中には、友人と喧嘩した、好きな人に振られたという話だけでなく、教室へ入るのが怖い、家に帰りたくないという切実な悩みもあった。 転載された内容は投稿者自身が別の交流サイトへ書き込んだもので、「放課後レター」の管理画面から流出したわけではない。事情を調べもしないまま停止させられれば、今日も返事を待っている誰かへ、私の言葉は届かなくなる。「
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-15
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第2話 母はもう結婚していました

第2話 母はもう結婚していました 母と和臣さんは、玄関に立ったまま固まっている私たちを、事情が分からないなりにも微笑ましいものとして受け取ったらしい。母は頬に手を添えて、「同じ学校だとは聞いていたけれど、もう冗談を言い合えるくらい親しかったのね」と、ずいぶん都合のよい解釈を口にした。「親しいという言葉を、今日ほど信用できないと思ったことはありません」 御影先輩が濡れた傘を閉じながら答えると、私は玄関の内側へ一歩下がった。家へ入れるために道を空けただけなのに、彼は私が避けたと受け取ったようで、わずかに眉を寄せた。「そこに立たれていると入れないのですが、朝倉さんは客を玄関先に置いたまま夕食を始める家庭で育ったんですか」「今日は客として来たんでしょう? それなら、最低でも玄関で五分くらい待つ慎みがあってもいいと思います。そもそも、御影先輩を家へ入れたら、壁に校則を貼り始めそうで怖いんです」「家の壁へ貼るのは校則ではなく、共同生活に必要な注意事項です。もっとも、君と暮らすことになるなら、数枚で足りるとは思えませんが」「二人とも、まだ五分も話していないのに、どうしてそんなに息が合っているの?」 母がうれしそうに尋ねたため、私と御影先輩は同時に顔を向けた。息が合っているのではなく、単に互いの言葉が神経へ触れやすいだけなのだが、それを説明すれば、今日の全校集会についても話さなければならなくなる。「学校で何かあったわけではないのよね?」「何もありません」「教育方針を巡って、多少の意見交換をしただけです」 私と御影先輩の答えが重なった。母はますます疑わしそうな顔になったものの、和臣さんが「怜央、いつまで玄関にいるつもりだ。美月さんが料理を用意してくれているんだから、まずは上がりなさい」と声をかけたため、追及はいったん終わった。 御影先輩は私の前を通るとき、小声で「何もないという答えでは、かえって疑われます」と注意してきた。「御影先輩の答えだって、内容をぼかしただけでしょう」「少なくとも、嘘は言っていません。全校生徒の前で一方的に喧嘩を売られたことを、教育方針を巡る意見交換と表現してあげたんですから、感謝してほしいくらいです」「私だって、先輩に前世の罪を押しつけられたことを黙ってあげたんです。これで貸し借りなしですからね」 私たちが声を潜めて言い合っ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-15
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第3話 同居初日に家出未遂

第3話 同居初日に家出未遂 引っ越し当日の朝、七年間暮らした部屋から最後の段ボール箱が運び出されると、二人で暮らすには少し狭いと思っていた居間が、急に持て余すほど広くなった。 冷蔵庫を置いていた床には四角い跡が残り、母の焼き菓子の試作品を何度も焦がした台所からは、棚の奥へ染みついていた甘い匂いまで消えていた。家具のなくなった部屋で声を出すと、知らない場所のように響く。ここへ移ってきたばかりの頃、父がいなくなった現実を受け入れられず、母の前で泣くことさえ我慢していた自分の姿まで、白い壁の向こうへ置いていくような気がした。「ひまり、忘れ物はない? 押し入れも確認したけれど、あなたは思いもよらない場所に物をしまうから、もう一度見たほうがいいんじゃない?」 廊下から戻ってきた母は、いつも使っていた黄色いマグカップを紙袋に入れながら、できるだけ普段と変わらない調子で話していた。しかし、目元は少し赤くなっている。ここで苦労したのは私だけではなく、母にとっても、この部屋は娘を一人で育て直した場所だった。「最後に失くしたものは、冷凍庫から出てきたでしょう。私が眼鏡を入れたわけじゃなくて、お母さんが小麦粉と間違えて片づけたんだからね」「あれは一度きりでしょう。それに、今度の家には収納がたくさんあるから、冷凍庫へ眼鏡をしまうような間違いは起きないわよ」「収納の数と、お母さんの間違いにどんな関係があるのか分からないけれど、そういうことにしておく」 母が笑ったので、私も笑い返した。引っ越しを決める前に相談してほしかったという気持ちは消えていなかったが、この一週間、母は何度も謝り、これから家族に関わることは必ず話し合うと約束してくれた。私も母の結婚を喜びたいと思っている以上、いつまでも怒りだけを抱えているわけにはいかなかった。 玄関に残っていた二人分の鍵を管理会社へ返し、空になった部屋へ頭を下げた母に続いて、私も小さく「お世話になりました」と告げた。扉が閉まる音を聞いた瞬間、胸の奥が締めつけられたけれど、母には見せないように先へ歩いた。 御影家は、駅から二駅離れた住宅街の高台にあった。和臣さんが十年ほど前に改装したという古い洋館
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-19
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第4話 名字が違う義兄妹

第4話 名字が違う義兄妹 御影家で迎えた最初の月曜日、私は目覚まし時計が鳴るより十分早く目を覚ました。 新しい部屋の天井に朝日が淡く反射し、開けたまま眠ったカーテンの隙間から、見慣れない庭木の枝が揺れている。昨夜は自分の家ではないような気がしてなかなか眠れなかったのに、寝坊しなかったのは、緊張のおかげというより、廊下の向かい側から規則正しい足音が聞こえてきたからだった。 御影先輩は六時半になると部屋を出て、洗面所へ向かい、七分後には戻ってきた。壁を挟んでいても生活の音が聞こえる距離に、学校で毎日のように言い争っている相手がいる。その事実を意識すると、布団の中でのんびりしていることさえ観察されているようで落ち着かなかった。 制服に着替えて一階へ下りると、食堂には焼きたてのパンとコーヒーの匂いが広がっていた。母は台所と食卓を行き来しながら、私と御影先輩の弁当を同じ色の布で包んでいる。和臣さんは新聞ではなく携帯端末でニュースを読み、御影先輩は背筋を伸ばしてスープを口にしていた。 親子で迎える穏やかな朝食のように見えるが、私にとっては、敵陣へ招かれた初日の作戦会議に近い。「ひまり、今日は怜央くんと一緒に家を出るのでしょう? 八時十分のバスに乗れば、始業時間より余裕を持って着くそうよ」 母が当然のように尋ねたため、私は椅子へ座る前に首を横へ振った。「昨日も言ったけれど、一緒には行かないよ。私が先に出るから、御影先輩は次のバスに乗ってください」「どうして俺が遅い便へ回るんですか。俺は朝七時半に学校へ着き、生徒会室で前日の報告を確認する必要があります。時間をずらすなら、朝倉さんがあとから来てください」「私は新しい道に慣れていないんです。最初くらい先に行って、迷っても困らない時間を確保したいんですよ」「昨日、駅とバス停までの道を説明したでしょう。二回曲がるだけの道で迷うことを前提にされても困ります」 朝から始まった言い争いに対し、和臣さんは困るどころか、何かを期待するように私たちを見ていた。「それなら、なおさら怜央が一緒に行けばいい。ひまりさんも迷わないし、怜央もいつもの
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-20
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第5話 恋愛禁止契約

第5話 恋愛禁止契約 文書作成用の画面に『義兄妹生活契約書』と打ち込んだ瞬間、私は自分が何をしているのか分からなくなり、しばらく点滅する入力位置を見つめていた。 母の再婚によって義兄になった相手と、学校では他人として振る舞い、家では余計な問題を起こさずに暮らす。そのための決まりを作ること自体は、決しておかしくない。昨日の夜、御影先輩も必要性を認めていたのだから、私だけが神経質になっているわけでもなかった。 しかし、高校生が放課後の図書室で作る書類としては、題名からして少し大げさだった。隣の席で試験勉強をしていた美緒に画面を見られれば、義兄妹になったことを隠している意味がなくなってしまう。 私は携帯端末を机へ伏せ、何事もなかったように英語の問題集を開いた。すると、美緒が問題集から顔も上げずに尋ねてきた。「ひまり、さっきから同じページを開いたり閉じたりしているけれど、勉強する気がないなら、せめて静かに悩んでくれない? 机が揺れるたびに、覚えかけた単語が頭から逃げていくのよ」「私は静かにしているでしょう。美緒の単語が逃げるのは、頭の中に居心地のよい場所がないからじゃない?」「人の記憶力を住環境の問題にしないで。それより、何をそんなに隠しているの? 御影先輩と同じバスから降りてきた件と関係があるなら、今のうちに話したほうが楽になると思うけれど」「関係ありません。同じ路線になっただけだと昨日も説明したでしょう」「同じバスに乗ったことより、ひまりが必死に隠そうとしているほうが気になるのよ。御影先輩のことなんて大嫌いだと言っていた人が、ここ二日ずっとあの人の話をしているんだから、疑うなというほうが無理でしょう」 美緒は、私が口を滑らせるのを待つように横目で見てきた。何かを隠そうとすればするほど、彼女は普段の二倍ほど勘が鋭くなる。このまま同じ机にいれば、契約書を完成させる前に家庭事情をすべて聞き出されかねない。「昨日、生徒会室で言い争ったから、頭に残っているだけよ。放課後レターの改善計画も作り直さなければならないし、しばらく御影先輩の顔を見るだけでも腹が立つと思う」「嫌いな人の顔がそんな
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-21
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第6話 朝六時半の戦争

第6話 朝六時半の戦争 携帯電話の画面に表示された六時四十五分という数字を見た瞬間、私は三つも設定した目覚ましが、睡眠を守ろうとする自分の手によって一つ残らず無力化されたことを悟った。 いつもなら、あと十五分くらい布団の中で人生について考えてから起きるところだが、引っ越してからは学校までの移動時間が長くなっている。七時二十五分のバスを逃せば、次の便は二十分後になり、道路の混雑次第では始業時間に間に合わない。 私は掛け布団を蹴り、制服のシャツへ片腕を通しながら部屋を飛び出した。ところが廊下へ出たところで、食堂から戻ってきた御影先輩と正面からぶつかりかけた。「朝倉さん、廊下を走らないでください。階段の近くで転んだら危ないでしょう」「今は御影先輩の注意を聞いている時間がありません。目覚ましが故障して、予定より少し遅く起きただけですから、先に洗面所を使わせてください」「故障した目覚ましを手に持っているようですが、それは携帯電話の問題ではなく、使用者の問題ではありませんか。それに、俺はもう洗面所を使い終わっています」「それなら話は早いです。そこを通してください」 私が彼の横をすり抜けようとした瞬間、まだ袖を通していなかったシャツが腕へ絡まり、身体が大きく傾いた。転ばないよう反射的に伸ばした手が、御影先輩の持っていたコーヒーカップへ当たる。 幸い、カップが床へ落ちることはなかった。しかし、中に残っていたコーヒーは御影先輩の白いシャツへ見事に飛び散り、胸元から腹部にかけて茶色い染みを作った。 私たちは、時間が止まったように動けなくなった。御影先輩は自分のシャツを見下ろし、私はまだ彼の手首をつかんでいることに気づいて、慌てて手を離した。「ごめんなさい。わざとではありませんし、洗えば落ちると思いますから、すぐに冷たい水で流してください」「言われなくても、そうします。朝倉さんは、自分が急いでいるときほど周囲の時間まで奪うことを覚えておいてください」「謝ったでしょう。私も洗面所を使いたいので、汚れを落とすなら端へ寄ってください」「汚した本人が、どうして使用する場
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-22
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第7話 生徒会長の焦げた目玉焼き

第7話 生徒会長の焦げた目玉焼き 路地の角に立つ美緒は、私と御影先輩の間にある事情を、一つ残らず言葉にするまで動かないという顔をしていた。 今朝、同じバスへ乗り合わせただけなら偶然で通せた。しかし、二人乗り用の自転車で一緒に登校し、校門から少し離れた路地で別れようとしていたとなれば、何も疑うなというほうが無理である。「ひまり、黙っていないで説明してくれる? 私は朝食用のパンを買いに来ただけなのに、親友が御影先輩と秘密の朝練でもしているような場面を見せられたのよ」「秘密の朝練ではないし、御影先輩と仲良く登校したわけでもないの。私がバスに乗り遅れて困っていたところへ、たまたま通りかかった先輩が、学校まで乗せてくれただけだから」 嘘をついてはいなかったが、肝心な部分をほとんど隠した説明になった。美緒もそれを察したらしく、二人分の座席が並んだ自転車を指差した。「御影先輩は、いつも一人で二人乗り用の自転車に乗っているの? そんな偶然が毎朝起きているなら、登校風景を見学する生徒が集まりそうね」「父から、学校の近くにある自転車店へ点検に出すよう頼まれていたんです。一人でも運転できますから、朝倉さんを捜して走っていたわけではありません」 御影先輩は、あらかじめ質問を予想していたような落ち着いた声で答えた。父親の自転車であり、学校近くの店へ点検に出す予定があるという話は、すべて事実なのだろう。彼が嘘をつく人には見えないため、美緒の表情からも疑いが少しだけ薄れた。「それなら、校門まで乗っていけばいいのに、どうしてこんな路地で降ろしたんですか」「朝倉さんと交際しているという誤解を招かないためです。先週の全校集会以来、俺たちは必要以上に注目されていますから、生徒会長として不用意な行動は避けたほうがいいと判断しました」「確かに、校門へ二人乗り用の自転車で現れたら、午前中には付き合っていることにされそうですね。ひまりも御影先輩も、会えば喧嘩しているのに、噂を作る人は都合のいい場面しか見ませんから」 美緒は納得しかけたものの、私の髪を結んでいる紺色の布へ目を留めた。御影先輩もそれに気づいたらしく、嫌な
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-23
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第8話 義妹の弁当を没収します

第8話 義妹の弁当を没収します 昼休みの開始を告げるチャイムが鳴る三分前、母から届いた追加メッセージには、娘への信頼という名の無茶ぶりが、これでもかというほど明るい文面で詰め込まれていた。『お弁当は店の佐藤さんが持ってきてくれることになりました。十二時十分に学校の通用門へ着くそうです。紺色の星柄の袋だから、受け取って怜央くんに渡してあげてね。学校で兄妹だと知られないように、こっそりお願いします』 最後の一文さえなければ、ただの忘れ物の届け物である。しかし、その一文が加わった途端、任務の難易度は弁当の配達から潜入工作へと跳ね上がった。しかも依頼主は、細かい事情など一切考えず、娘なら何とかするだろうという雑な信頼を寄せている。『学校にいる私が、学校にいる怜央先輩へ弁当を届けるだけなのに、どうして秘密工作員みたいな注意書きが必要なの』『ひまりなら大丈夫。昔から隠れんぼが得意だったでしょう?』『幼稚園のとき、一度だけ靴箱に隠れて先生を泣かせた話を成功体験として数えないで』 すぐに返ってきたのは、親指を立てた猫のスタンプだった。母は都合が悪くなると、会話をかわいい動物へ委託する癖がある。「さっきから、親の仇でも見つけたみたいな顔でスマホを睨んでいるけど、今度は何が起きたの?」 前の席から振り返った美緒が、机の上に頬杖をつきながら尋ねてきた。その視線が、私のスマホから机の脇に置かれた弁当袋へ移る。紺色の布地に小さな青い星が散ったその袋は、母が引っ越しを機に買ってくれたもので、同じ柄の色違いがもう一つ、御影家の食堂にある。「母親という生き物が、娘への信頼という便利な包装紙で無理難題を包み、笑顔で投げつけてきたところよ。受け取った側は、中身が爆発物でも『信じているから』と言われたら抱えて走るしかないの」「抽象的すぎて何も分からないけど、朝倉家で面倒事が起きたことだけは伝わった。私も一緒に行こうか?」 美緒の申し出はありがたかったが、母の店の佐藤さんは、私が受け取る弁当を「お兄ちゃんの分」と認識している可能性が高い。人当たりのよい佐藤さんが、美緒の前で余計な説明を始めない保証はなかった。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-24
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第9話 匿名の相手だけは優しい

第9話 匿名の相手だけは優しい 画面の下で明滅していた点が消え、代わりに「午前零時」からの長い返信が表示された。『事情を知らない人たちの前で弁当を没収されたら、腹が立つのは当然です。秘密を守るためだったとしても、もっと穏当な方法はあったと思います。ただ、あなたの義兄は、優しくすることより失敗しないことを優先する人なのかもしれません。細かい人ほど、何かを失うのを怖がっていることがあります。守るべきものが増えるほど、決まりを作り、確認を重ね、自分にも他人にも厳しくなる。本人は傷つけたいのではなく、壊したくないだけなのに、外から見ると冷たく見えてしまうんです』 味方になってほしくて愚痴を送ったのに、返ってきた文章の半分は怜央の弁護だった。私は少し頬を膨らませながら、キーボードへ指を置いた。『午前零時さんは、私より義兄の味方をするんですね。相談した相手から、実はあなたにも問題がありますと言われたような気分です』『あなたの味方をすることと、何もかも肯定することは同じではありません。それに、僕はあなたにも問題があるとは書いていません。怒っているときは、相手の事情を考える前に、自分が傷ついたと認めていいと思います。ただ、怒りが落ち着いたあとまで相手を悪人にしておくと、今度はあなた自身が苦しくなるでしょう』『そういう正しいことを落ち着いて言われると、こちらが子どもみたいに見えるので、あまり好きではありません』『すみません。僕は、こういうときに相手と一緒に怒るのが苦手なんです。誰かの悪口を言って慰めようとすると、自分の言葉ではない気がして、どうしても不自然になります』 謝っているのに、無理にこちらへ合わせようとはしない。その不器用さが、誰かによく似ているような気がしたものの、私はすぐに考えるのをやめた。怜央と「午前零時」を同じ箱へ入れるのは、丁寧に磨かれた革靴と、夜中にだけ開ける秘密の手紙を一緒に靴箱へ押し込むようなものだ。どちらにとっても迷惑なうえ、私の頭の中まで窮屈になる。『では聞き方を変えます。午前零時さんは、細かい人なんですか。それとも、何かを失うのが怖い人なんですか』 送信してから、踏み込みすぎたかもしれないと
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-25
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第10話 読者だけが知る秘密

第10話 読者だけが知る秘密 御影怜央には、朝倉ひまりに知られてはならない秘密があった。 ひまりが一年以上にわたって言葉を交わし、顔を知らないからこそ胸の内を打ち明けられると信頼している「午前零時」は、怜央だった。 前夜、怜央は自室の机に置いたスマートフォンで、「白い封筒」という利用者から届いたメッセージを読んでいた。新しく義兄になった人物へ弁当を届けたところ、大勢の前で没収されたという愚痴だった。 それを読んだ瞬間、怜央の指は画面の上で止まった。 血のつながらない義兄と暮らし始めたばかりで、その義兄とは同じ学校へ通っている。学校では家族関係を秘密にしており、忘れた弁当を届けたところ、人前で没収された。そこまで条件の重なる人間が、この町に何人いるだろう。 普通に考えれば、匿名の相手がひまりである可能性は高い。偶然だと片づけるには、出来事があまりにも具体的だった。 それでも怜央は、「白い封筒」がひまりだと決めつけなかった。正確には、決めつけてはならないと考えた。 匿名の相談場所で打ち明けられた話は、送り主が自分から名乗らない限り、その人の現実へ持ち込んではいけない。仮に相手がひまりだったとしても、彼女は御影怜央へ愚痴を聞かせたのではなく、顔も名前も知らない「午前零時」へ送ったのだ。その言葉を勝手に現実の義妹へ結びつければ、信頼を盗み見ることになる。 しかも怜央には、自分の立場を弁護したいという気持ちがあった。弁当を没収したのは、ひまりを困らせるためではない。兄妹であることを悟られず、二人きりで話せる場所へ移動させるには、あの方法が最も早いと思ったからだ。 しかし、自分が正しかったと説明するために「午前零時」を使うのは卑怯だった。現実では伝えられない言葉を匿名の相手として送り、知らないうちに納得させるようなことはしたくない。 だから怜央は、没収という方法はやりすぎだったと最初に認めた。そのうえで、相手の義兄にも何かを守ろうとした事情があったのではないかと書いた。『細かい人ほど、何かを失うのを怖がっていることがあります』 あれは、ひまりの義兄を分析した言葉ではな
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-26
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