第1話 最悪の兄候補 私が全校生徒の前で生徒会長に喧嘩を売ったのは、目立ちたかったからでも、彼の涼しげな顔が以前から気に入らなかったからでもない。後者については完全には否定できないけれど、少なくとも、あの日の私は自分なりに大切な場所を守ろうとしていた。 五月半ばの月曜日、朝から降り続いていた雨のせいで、全校集会が行われる体育館には湿った制服と床用ワックスの匂いがこもっていた。千人近い生徒が学年ごとに並ぶ中、壇上に立った御影怜央は、そんな不快な空気など自分の周囲にだけは存在しないような顔をしていた。 青星学園の生徒会長である御影先輩は、成績は入学以来ずっと学年首位、運動部の助っ人を頼まれれば何でも人並み以上にこなし、教師からの信頼も厚い。おまけに、少し長めの黒髪も、灰色がかった目も、制服の着こなしも、本人が腹立たしいほど整っていた。 ただし、性格まで完璧かと聞かれれば、私は全力で首を横に振る。彼は人間を校則集の付録だと思っている節があり、予定外の出来事と曖昧な言い訳を何より嫌っていた。「生徒会から、皆さんにお知らせがあります。校内で利用されている匿名相談サイト『放課後レター』について、昨夜、相談内容の一部が外部の交流サイトへ転載されていることを確認しました。相談者を特定できる可能性がある情報も含まれていたため、管理体制の安全が確認されるまで、同サイトの運営を停止します」 マイクを通した御影先輩の声は聞き取りやすく、落ち着いていた。その説明だけを聞けば、彼が正しく、運営していた人間が無責任だったように思えるだろう。 実際、私の前に並んでいた一年生たちは、「やっぱり危なかったんだ」「匿名なんて信用できないよね」と小声で話していた。 私は唇を噛み、制服のポケットに入れていた携帯電話を握った。「放課後レター」を作ったのは私だと、教師以外には明かしていない。ひとりで始めた活動だったけれど、今では毎週二十件以上の相談が届く。その中には、友人と喧嘩した、好きな人に振られたという話だけでなく、教室へ入るのが怖い、家に帰りたくないという切実な悩みもあった。 転載された内容は投稿者自身が別の交流サイトへ書き込んだもので、「放課後レター」の管理画面から流出したわけではない。事情を調べもしないまま停止させられれば、今日も返事を待っている誰かへ、私の言葉は届かなくなる。「
Zuletzt aktualisiert : 2026-09-15 Mehr lesen