第11話 新しい母を好きになってもいいのか 顔も本名も知らない相手から、亡くなった家族について尋ねられたとき、安易な励ましほど危険なものはない。 大丈夫だと言い切るのは簡単だが、その大丈夫を信じられずに苦しんでいる人へ、明るい言葉だけを差し出しても救いにはならない。場合によっては、苦しみを理解する気がないと言われたように感じさせてしまう。 午前零時さんから届いた文章を前にして、私は何度も返信を書いては消した。『先ほどは、新しい家族について尋ねられても、うまく答えられませんでした。少しだけ、僕の話を聞いてもらえますか』 その書き出しに続いていたのは、彼がこれまで私へ見せなかった迷いだった。『父が再婚し、新しく母になった人と暮らし始めました。その人は優しく、無理に母親らしく振る舞おうともせず、僕が距離を置いても責めません。料理を作ってもらったり、帰宅を待っていてもらったりすることを、最近は心地よいと感じています。でも、その人を家族として好きになるほど、亡くなった母を裏切っているような気持ちになります。新しい母を受け入れることは、亡くした母を忘れることなのでしょうか』 最初に浮かんだのは、忘れるわけがないという答えだった。しかし、母親を亡くした経験のない私が、それを簡単に断言するのは違う気がした。 私の両親は離婚している。父との記憶には、楽しかったものだけでなく、いまでも触れたくないものが混じっているが、死によって永遠に会えなくなったわけではない。午前零時さんが抱えている喪失を、自分にも分かるとは言えなかった。 私は分からないことを分かったふりで包まず、正直に書くことにした。『私は母親を亡くした経験がないので、あなたの気持ちが分かるとは簡単に言えません。ここから書くことも、当事者ではない人間の考えです。もし違うと思ったら、無理に受け入れないでください』 そこまで送ると、午前零時さんから間を置かずに返事が届いた。『分かったふりをせずに聞いてもらえるだけで助かります。続けてください』『私は、新しい人を好きになることと、亡くなった人を大切に思うことは、同じ席を奪い合う
ปรับปรุงล่าสุด : 2026-09-27 อ่านเพิ่มเติม