濡れたタオルが、洗面所からベランダまで並んでいた。雨がやんでも、家の中には湿った壁紙の匂いが残っている。遼は仮止めのテープを押さえ直し、紗良は水を吸った箱を玄関へ寄せた。入居した週に買った小さなサンスベリアは、雨の当たらない遼の部屋へ移してあった。鉢の受け皿まで拭いてある。礼を言いそびれ、紗良は葉の先を一度触った。「下の階、どうでした?」「居間の隅が少し濡れたそうです。管理の担当者にも見てもらいました」「こっちに修理代の話が来たら?」「その場で負担を約束せず、原因と保険を確認するそうです」紗良は証拠フォルダに《雨漏り》を追加した。契約書、登記、警察への相談記録。今度は天井と窓の写真。自分の部屋を撮った写真なのに、家具の配置を楽しむためのものが一枚もない。「これ、提出できなくなっちゃった」箱の中の試作品は、外側の紙が湿っていた。保存できるタイプの密封パウチに破損はないが、外装も含めて見せる予定だったので使えない。「中身は?」「食べられます。会議にこれを持っていけないだけで」遼が時計を見た。午後11時40分だった。「じゃあ、食べませんか。夕飯、まだですよね」紗良は放置したままのおにぎりを思い出した。遼もコーヒーしか飲んでいない。鍋へユッケジャンを二袋入れ、水を少し足した。長ねぎを切って加えると、湯気が湿った匂いを押しのけた。ごはんを温め、二人で食卓についた。遼がスープを一口飲む。「前のより、こっちが好きです」「この前のは、ごはんにかけるほう。これはスープで飲むほうです」「同じ商品でも、そんなに変えるんですね」「黒川さんだって、壁の厚さ一つに理由があるでしょう」「ありますけど。……その呼び方、そろそろ変えませんか」紗良はスプーンを止めた。「黒川さん、が?」「毎朝、点呼みたいで」「じゃあ、何て呼べばいいですか」「遼で。呼びにくければ、さんでも」本人に決められると、妙に照れた。紗良は鍋を見たまま言った。「じゃあ、私も紗良でいいです。藤崎さんって長いので」「分かりました。紗良さん」最後に付いた『さん』が、かえって近かった。「遼さんって、引っ越し慣れてないですよね」「どうして」「箱、全然開けてないから。大きい部屋、まだ半分倉庫じゃないですか」遼はごはんをスープへ入れ、固まりを二度ほぐした。「慣れてるか
Last Updated : 2026-09-16 Read more