地下の連絡通路を抜け、葬祭会館の第1特別式場へ向かう。大理石の廊下には、供花が隙間なく並んでいた。『株式会社サエキトレーディング 社員一同』『代表取締役 佐伯直人』いちばん目立つ場所に飾られていたのは、夫の会社の花だった。私が必死に貯めた3,000万円を、そっくり元手につぎ込んだ会社だ。仰々しい立て札を見ているだけで、胃がねじれる。喉の奥に吐き気がこみ上げた。式場の入り口へ近づくにつれ、信じられない音が聞こえてきた。かろん、と氷がグラスに触れる音。それに重なって、甘ったるい女の笑い声が廊下を流れてくる。線香の匂いに混じって鼻をついたのは、高価なフランス製の香水と、きつい洋酒の匂いだった。私は重い扉の隙間から、そっと中をのぞいた。式場奥の遺族控室。開け放たれた仕切りの向こうに祭壇が見える、その場所で繰り広げられていたのは、悪趣味な喜劇だった。直人は喪服の上着をだらしなく羽織り、ネクタイを緩めて革張りのソファにふんぞり返っていた。その膝の上に、女が1人。念入りなメイクに、体の線がくっきり出る黒いミニワンピース。一ノ瀬莉央。直人の大学時代の初恋の相手。私たちが結婚してからも彼の周りをうろつき、事業資金だの何だのと、お金を引き出していた女だ。私は割れたスマートフォンの画面を拭き、動画撮影を始めた。扉の隙間越しに、2人の顔と札束を画角に収める。手が震えるので、手首をドア枠に押しつけた。声も残さなければ。こいつらが、今ここで口にする言葉を。「ねえ直人さん、これ見て。大企業の部長さんだって。10万円も入ってる! すごくない?」莉央が赤いネイルの指で香典袋の封を破り、媚びるように笑った。テーブルには、無造作に開けられた何百枚もの香典袋。一万円札の束が、うずたかく積み上がっている。「そんな端金で喜ぶなよ。紗希にかけてある死亡保険金、いくらだと思う? 1億5,000万だぞ、莉央」直人はいやらしく口元を緩め、莉央の腰をぐっと抱き寄せた。「トンネルが潰れて、遺体だって出てこない。さっさと死亡扱いにしてもらって、一括で金が入ったら、来週はバリだ。七つ星だか何だかの、プール付きヴィラ、取ってやるよ」「ほんと? 約束破ったら、絶対許さないからね」「俺がお前に嘘ついたことあるか? あのマンションを3,000万で売れば、合わせて1億8,00
Last Updated : 2026-09-16 Read more