「香月さん、どうしたんですか?急に黙っちゃって」話の途中で言葉を止めた私を見て、アシスタントの牧瀬航平(まきせ こうへい)が目の前で手をひらひらさせた。はっと我に返り、ひまりの指先から目をそらす。ここは業界でも指折りのレコーディングスタジオだ。時間が延びれば、そのぶん料金もかさむ。無駄にできる時間はない。どれだけ気が重くても、今は目の前にいる恋人の浮気相手を指導するしかなかった。一度違和感に気づいてしまうと、それまで気にも留めなかったことまで次々と目につくようになる。たとえば、ひまりの鼻にかけるような歌い方。凌生がよく使う歌い方とそっくりだった。歌うときに目を閉じ、リズムに合わせて小さくうなずく癖まで同じだ。けれど、これはガールズグループの曲だ。ずっと目を閉じて歌っていては、ステージで求められる表情づくりにも合わない。それに、私を見る目。いつもどこか、挑むような色が混じっている。今までは、新人なりの反発心なのだと思っていた。指導されるのが面白くないのだろう。それくらいは大目に見ようと、自分に言い聞かせてきた。けれど今、これまでの小さな違和感をひとつずつつなぎ合わせてみれば、答えは嫌になるほど分かりやすい。ひまりと凌生は、ただの先輩後輩じゃない。深く息を吸い、胸の奥で渦巻くものを押し込めた。そして、できるだけいつも通りの声で言う。「花房さん。この曲はガールズグループ向けだから、凌生みたいにしっとり歌い込まなくていいの。もっと自分の歌い方で歌って」ひまりの目に、一瞬だけ動揺が走った。その直後、目元がみるみる赤くなる。「そんなつもりじゃないです。ただ、いつもと違う歌い方も試してみたくて……」「だったら、自分の歌い方でやって。わざわざ人の癖まで真似しなくていいから」そう言った途端、ひまりの指先が小さく震え始めた。結局、その日の収録は最後までうまくいかなかった。ひまりのパートだけ、何度録り直してもOKが出ない。普段なら、新人が落ち込まないよう声をかけ、励ましていたはずだ。でも今日は、そんな余裕がなかった。ずっとそばで見ていた航平も、私の様子がおかしいことに気づいたらしい。スタジオ側と話をつけ、予定より早く収録を切り上げてくれた。全員でスタジオを出ると、ひまりは真
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