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あなたのいないこれからは、幸せばかり
あなたのいないこれからは、幸せばかり
Autor: 瑠子

第1話

Autor: 瑠子
「香月さん、どうしたんですか?急に黙っちゃって」

話の途中で言葉を止めた私を見て、アシスタントの牧瀬航平(まきせ こうへい)が目の前で手をひらひらさせた。

はっと我に返り、ひまりの指先から目をそらす。

ここは業界でも指折りのレコーディングスタジオだ。時間が延びれば、そのぶん料金もかさむ。無駄にできる時間はない。

どれだけ気が重くても、今は目の前にいる恋人の浮気相手を指導するしかなかった。

一度違和感に気づいてしまうと、それまで気にも留めなかったことまで次々と目につくようになる。

たとえば、ひまりの鼻にかけるような歌い方。凌生がよく使う歌い方とそっくりだった。

歌うときに目を閉じ、リズムに合わせて小さくうなずく癖まで同じだ。

けれど、これはガールズグループの曲だ。ずっと目を閉じて歌っていては、ステージで求められる表情づくりにも合わない。

それに、私を見る目。

いつもどこか、挑むような色が混じっている。

今までは、新人なりの反発心なのだと思っていた。

指導されるのが面白くないのだろう。それくらいは大目に見ようと、自分に言い聞かせてきた。

けれど今、これまでの小さな違和感をひとつずつつなぎ合わせてみれば、答えは嫌になるほど分かりやすい。

ひまりと凌生は、ただの先輩後輩じゃない。

深く息を吸い、胸の奥で渦巻くものを押し込めた。

そして、できるだけいつも通りの声で言う。

「花房さん。この曲はガールズグループ向けだから、凌生みたいにしっとり歌い込まなくていいの。もっと自分の歌い方で歌って」

ひまりの目に、一瞬だけ動揺が走った。

その直後、目元がみるみる赤くなる。

「そんなつもりじゃないです。ただ、いつもと違う歌い方も試してみたくて……」

「だったら、自分の歌い方でやって。わざわざ人の癖まで真似しなくていいから」

そう言った途端、ひまりの指先が小さく震え始めた。

結局、その日の収録は最後までうまくいかなかった。

ひまりのパートだけ、何度録り直してもOKが出ない。

普段なら、新人が落ち込まないよう声をかけ、励ましていたはずだ。

でも今日は、そんな余裕がなかった。

ずっとそばで見ていた航平も、私の様子がおかしいことに気づいたらしい。

スタジオ側と話をつけ、予定より早く収録を切り上げてくれた。

全員でスタジオを出ると、ひまりは真っ先に歩いていった。

建物の前には、彼女を待つ黒い送迎車が停まっている。

ひまりだけがさっさと乗り込み、残されたメンバーたちは冷たい風に首をすくめながらバス停へ向かった。

「ひまり、いいなあ。さっき持ってたバッグ見た?」

「見た見た。ベルシエの新作でしょ?あれ、紹介してもらうにはほかの商品だけで2000万円以上買わないと無理って聞いたよ」

「えっ、実家そんなにお金持ちなの?」

「違うって。本当にそんなお嬢様なら、わざわざこんな下積みから始めないでしょ。彼氏がお金持ちなんだって。しかも、かなり貢いでもらってるらしいよ」

その会話を聞きながら、私は何も言わなかった。

ただ、無意識に首元へ手を伸ばす。

そこには、ベルシエのネックレスがあった。

凌生からもらった誕生日プレゼントだ。

受け取ったときは、素直に嬉しかった。

同時に、少しだけ不思議にも思った。

凌生は昔からブランド品を馬鹿にしていたからだ。

「ブランドなんて、金持ちの見栄代だろ」

いつも、そんなふうに言っていた。

それなのに、どうして急にブランド物なんて選んだんだろう。

あのときは、それ以上深く考えなかった。

今になって、ようやく分かった。

私への誕生日プレゼントは、わざわざ私のために選んでくれたものなんかじゃない。

ひまりにバッグを買うため、購入実績を積むついでに買っただけだったのだ。

車に乗り込み、ミラーを見ながらネックレスを外すと、そのまま無造作に放った。

次の瞬間。

まるで何かを察したかのように、凌生から電話がかかってきた。

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