家に戻ると、私は7年間しまい込んだままのカメラを探し始めた。隼輝と出会う前、私はH新聞社経済部の記者だった。隼輝を取材したあの日、彼は私の顔をじっと見つめたまま、何も言わなかった。取材どころではなくなり、私は思わず口を開いた。「岡北さん、私の顔に何かついていますか?」彼は慌てて首を横に振り、小声でぽつりとつぶやいた。「やっと見つけた……」そのときの私は何がなんだかわからず、成功者には妙な癖があるのだろうくらいに思っていた。今になって、ようやくわかった。彼が見つけたのは、忘れられない女の身代わりだったのだ。付き合い始めてからというもの、隼輝は私に記者をやめさせようとした。私を抱き寄せながら、やさしいのに逆らえない口調で言った。「奈々花、記者なんて大変すぎる。疲れるだろ?奈々花が心配なんだ。絵画教室に申し込んでおいたから、通ってみるといい。美意識も磨けるし」あの頃の私は、隼輝が本当に私をいたわり、私のためを思ってくれているのだと、何の疑いもなく信じていた。その日から、カメラはクローゼットの一番奥に押し込んだ。そうして絵を習い始めたものの、講師には「絵の才能がまるで無い」と言われてしまった。それでも隼輝をがっかりさせたくなくて、歯を食いしばって続けた。長いこと探して、ようやく見つけたカメラを見つめているうちに、涙がこぼれた。男に愛されようとするあまり、私は一番大切にしていた仕事を手放してしまったのだ。隼輝の腕の中にいた絵梨の姿を思い返す。彼女は若くして名を上げ、今もっとも注目を集めている女性画家。棚の上に置かれている、私の描いた練習作品が、今では醜く歪んで見えた。まるで、バカみたいな私を笑っているようだ。玄関の開く音がして、隼輝が帰ってきた。床にへたり込んでいる私を目にすると、彼は眉をひそめた。「何してるんだ?」私は絞り出すような声で答えた。「また、記者に戻るわ」隼輝の声に、苛立ちが滲んだ。「前にも言っただろ。もう記者はやるなって」「でも、私はこの仕事が好きなの」私は初めて、彼に言い返した。「絵なんて最初から好きじゃなかった。明日からもう、絵画教室には行かない」「奈々花」
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