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愛されたのは、私じゃなく顔だった​
愛されたのは、私じゃなく顔だった​
Author: 霧雨予報​

第1話 ​

Author: 霧雨予報​
家に戻ると、私は7年間しまい込んだままのカメラを探し始めた。

​

隼輝と出会う前、私はH新聞社経済部の記者だった。

​

隼輝を取材したあの日、彼は私の顔をじっと見つめたまま、何も言わなかった。

​

取材どころではなくなり、私は思わず口を開いた。

​

「岡北さん、私の顔に何かついていますか?」

​

彼は慌てて首を横に振り、小声でぽつりとつぶやいた。

​

「やっと見つけた……」

​

そのときの私は何がなんだかわからず、成功者には妙な癖があるのだろうくらいに思っていた。

​

今になって、ようやくわかった。

​

彼が見つけたのは、忘れられない女の身代わりだったのだ。

​

付き合い始めてからというもの、隼輝は私に記者をやめさせようとした。

​

私を抱き寄せながら、やさしいのに逆らえない口調で言った。

​

「奈々花、記者なんて大変すぎる。疲れるだろ?奈々花が心配なんだ。

​

絵画教室に申し込んでおいたから、通ってみるといい。美意識も磨けるし」

​

あの頃の私は、隼輝が本当に私をいたわり、私のためを思ってくれているのだと、何の疑いもなく信じていた。

​

その日から、カメラはクローゼットの一番奥に押し込んだ。

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そうして絵を習い始めたものの、講師には「絵の才能がまるで無い」と言われてしまった。

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それでも隼輝をがっかりさせたくなくて、歯を食いしばって続けた。

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長いこと探して、ようやく見つけたカメラを見つめているうちに、涙がこぼれた。

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男に愛されようとするあまり、私は一番大切にしていた仕事を手放してしまったのだ。

​

隼輝の腕の中にいた絵梨の姿を思い返す。

​

彼女は若くして名を上げ、今もっとも注目を集めている女性画家。

​

棚の上に置かれている、私の描いた練習作品が、今では醜く歪んで見えた。

​

まるで、バカみたいな私を笑っているようだ。

​

玄関の開く音がして、隼輝が帰ってきた。

​

床にへたり込んでいる私を目にすると、彼は眉をひそめた。

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「何してるんだ?」

​

私は絞り出すような声で答えた。

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「また、記者に戻るわ」

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隼輝の声に、苛立ちが滲んだ。

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「前にも言っただろ。もう記者はやるなって」

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「でも、私はこの仕事が好きなの」

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私は初めて、彼に言い返した。

​

「絵なんて最初から好きじゃなかった。明日からもう、絵画教室には行かない」

​

「奈々花」

​

私を見つめる彼の瞳に、有無を言わせぬ威圧感が宿っている。

​

「今日はどうしたんだ?誰かに何かされたのか?」

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私は首を横に振った。

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自分が単なる身代わりだったと気づいたなんて、口が裂けても言えない。

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そんなことを認めれば、プライドがズタズタになってしまう。

​

しばらくして、彼はため息をつき、私の隣に腰を下ろした。そして手を伸ばし、私を抱こうとした。

​

私は身をかわして、その腕から逃れた。

​

彼の体には、まだ絵梨の香水の匂いが漂っている。

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隼輝は一瞬きょとんとしたものの、気に留めなかった。

​

「最近、会社が忙しすぎるんだ。ずっと残業して、奈々花と過ごす時間がなかった。俺が悪かった」

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私の頬を軽くつまんだ。

​

「落ち着いたら、ちゃんと奈々花との時間を作るから」

​

私は彼の目を見つめた。

​

「本当に?」

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彼はふいに視線を逸らした。

​

「本当」

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私が何か言うより先に、彼は立ち上がって出ていった。

​

深夜、隼輝は私の隣に横たわったが、いつものように私を見つめようとはしなかった。

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そのまま、そっけなく明かりを消した。

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以前は、いつも私の顔を飽きるほどじっと眺めていた。

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その目には、うっとりするような熱が満ちていた。

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私は、それがネットで言われている「本能的に惹かれる」ということなのだと思っていた。

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けれど実際は、彼が見ていたのは私じゃなかった。

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私の顔を通して、別の誰かを見ていたのだ。

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翌朝、隼輝は昨夜のことなど忘れたような顔をしている。

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後ろから私を抱きしめて言った。

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「友人から、明後日に絵梨の帰国祝いパーティーがあるって聞いた。奈々花も一緒に来てくれ」

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私は返事をしなかった。パーティーの本当の主催者が隼輝であることを知っている。

​

「行かなくてもいい?」

​

彼は抱きしめる腕に力を込めた。

​

「みんな来るんだ。そんな聞き分けのないことを言うな。いい子だからさ」

​

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