Todos os capítulos de 私が死んでから、世界は私を愛し始めた: Capítulo 1 - Capítulo 10

10 Capítulos

第1話

私の魂は、重さを失ったように宙を漂っていた。白いシーツをかけられた自分の身体が、救急車で運ばれていくのを見送った。警察署の保管室では、私のスマホが透明な証拠品袋に入れられ、ぽつんと置かれていた。制服姿の警察官が二人、所持品を確認している。「先輩、まだ電源が入っています」若い警察官が袋越しに画面をのぞき込んだ。壁紙は、私と蒼真が並んで写った写真だった。蒼真は明るく笑い、私の肩を抱いて、頬を寄せている。誕生日に、私が無理を言って撮ってもらった写真だ。一生、壁紙にすると決めていた。今となっては、悪い冗談にしか見えない。「恋人とうまくいっていなかったのかな」年配の警察官の小谷警部補は画面に目をやり、静かにつぶやいた。スマホにはロックがかかっていなかった。彼は通話履歴を開き、家族への連絡を試みた。私はその隣に浮かび、妙に冷静な気分で眺めていた。さて、最初に誰にかけるのだろう。小谷警部補が、連絡先に「母」と登録された番号を押した。呼び出し音が長く続いた末、ようやく母が出た。「もしもし?こんな夜中に誰ですか」ひどく不機嫌な声だった。「水城日和さんのお母様でしょうか。こちらは所轄署の交通課です。日和さんが交通事故に遭われ、搬送先で――」「詐欺でしょ!」母の甲高い声が、説明を遮った。「そういう悪質な手口、いい加減にしたら?お金なら一円も払いませんから!」小谷警部補は一瞬言葉を失ったが、すぐに説明を続けた。「お母様、詐欺ではありません。娘さんは本当に――」「日和が何ですって?どうせまた、あなたたちまで巻き込んで芝居をしているんでしょう。もう騒ぐのはやめなさいと伝えてください」声には、娘に対するものとは思えないほどの侮蔑がにじんでいた。「小春は体が弱いのよ。ラテを飲みたいと言ったから、蒼真くんが付き添った。それの何が悪いの?警察まで使って騒ぎ立てるようなこと?みっともない真似はやめて、さっさと帰ってきなさい!」ぶつりと電話が切れた。小谷警部補の顔に、困惑と憐れみが浮かぶ。胸のあたりが鋭く痛んだ。魂になっても、心は痛むらしい。お母さん、私、本当に死んだんだよ。もう騒いだりしない。もう二度と……帰ることもない。その頃、蒼真は温かいキャラメルラテを朝倉小春(あさく
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第2話

「ここで甘やかしたら、いつまでたっても変わらない。俺たちは俺たちで楽しもう。あいつの電話なんかで、気分を台無しにする必要はない」小春はうつむいた。その口元に得意げな笑みが浮かんだことを、蒼真は知らない。暖かなカフェで向かい合う二人を、柔らかな照明が包んでいた。その頃、冷え切っていく私の身体は、街の片隅に置き去りにされたままだった。警察はもう一度、関係者への連絡を試みた。今度は蒼真だった。電話はすぐにつながった。「柊木蒼真さんでしょうか。水城日和さんのことで――」「今度は何をしたんですか。もう、あいつと話すことはありません。二度と俺に連絡してくるなと伝えてください」それだけ言うと、彼は警察からの番号を着信拒否にした。とうとうすべての音が消えた。……私の遺体は、引き取り手のないまま霊安室に置かれた。最初の二日間、私はまだ期待していた。母が、私の話は嘘ではなかったと気づいてくれるかもしれない。蒼真が、私がわがままを言ったのではないと気づいてくれるかもしれない。けれど、待っていた私が目にしたのは、何度も繰り返される悪い冗談のような光景だけだった。私は、二十年以上暮らした家へ戻った。リビングでは、母が作ったばかりの温かいカレーを小春に差し出しながら、腹立たしげに話していた。「最近の詐欺って、本当にたちが悪いのね。警察のふりをして、日和が交通事故で死んだなんて言うのよ。お金をだまし取るつもりに決まってるから、すぐ切ってやったわ。縁起でもない」母は水を一口飲み、さらに続けた。「それに比べて、小春は優しいわね。私が嫌な思いをしたからって、毎日そばにいてくれるんだもの。日和にも、小春の半分くらい思いやりがあればよかったのに」楽しげに話す母の前では、私の存在など空気よりも希薄だった。いや、空気以下だ。空気なら、母が息をするために必要とされる。私はただ、縁起が悪いと思われているだけだった。「小春、外は冷えてきたでしょう。新しいコートを買っておいたから、着てみて」小春は素直な娘を演じるように答えた。「ありがとう、おばさん。本当に優しいね」「何を言ってるの。日和もあなたくらい聞き分けがよかったら、どれだけ楽だったか」母はため息をついた。その言葉には、私への嫌悪があふれていた。そ
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第3話

私は彼らに向かって、深く頭を下げた。ありがとう。死んだ私に、最後まで人として接してくれて。それにしても、死んだあとまで他人の手を煩わせるなんて、申し訳ないな。魂には涙がないらしい。それでも胸の奥は、雨水で満たされたように冷たく、重かった。このまま消えていくのだと思った。けれど、そうはならなかった。わずかに残った未練が鎖となり、とうに嫌いになったこの世へ、私を固くつなぎ止めていた。見届けたかった。あの人たちが、聞き分けの悪い私のことを、いつ思い出すのか。……半月後、母はようやく異変に気づいた。私に電話をかけても、電源が切れている。LINEを送っても、既読にならない。少しずつ不安になっていったはずなのに、口調は相変わらず強気だった。「あの子、本気で私に意地を張るつもりね。いつまで続くか見ていようじゃない」母は蒼真に電話をかけた。「蒼真くん、最近、日和に会った?あの子、もう半月も帰ってこないし、電話もつながらないの」蒼真の声には、かすかな後ろめたさがにじんでいた。「おばさん、俺も会ってません。あの日以来、日和からは連絡がなくて……」「恩知らずな子!」母は怒鳴った。「今まで育ててもらっておいて、こんなことで家出するなんて!」そばにいた小春が、切った果物を載せた皿を持ってきた。「おばさん、そんなに怒ったら体に悪いよ」そう言ったあと、彼女は何かをためらうように視線を揺らした。「小春、何か知っているの?」母はすぐに食いついた。小春は下唇をかみ、しばらく迷うそぶりを見せてから、小さな声で答えた。「実は……何日か前に、日和さんを見かけた気がするの」「会ったの?どこで?」母と、電話の向こうの蒼真が同時に問い返した。「駅前のショッピングモール。声をかけようと思ったんだけど……」小春はますます声を落とした。「日和さん、男の人と一緒だったの。すごく親しそうで……」「え?」母の声が一気に大きくなった。「私に気づいたら、すごく怒った顔をして、その人の腕を引いて行っちゃった。やっと私たちから解放された、新しい人生を始めるんだって……そんなことも言ってた気がする」小春の声は泣き出しそうに震えた。「おばさん、ごめんなさい。私、言わないほうがよかった
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第4話

私が「家出をして、男と逃げた」という話は、母と蒼真の胸に刺さった棘になった。母の私への罵りは、日に日にひどくなっていった。ある日、彼女は私の部屋へ乗り込み、正気を失ったように、持ち物を次々と廊下へ放り出した。「出ていきなさい!全部、家から出してやる!私にこんな娘はいない!」服も、本も、アルバムも、乱暴にごみ袋へ押し込まれていく。蒼真は暗い顔で、部屋の入口に立っていた。止めようとはしなかった。その沈黙は、母への同意と同じだった。小春は母の後ろで、心にもない言葉を口にした。「おばさん、やめて。全部、日和さんの大切なものだよ……」「日和なんて、もう知らない!私に娘はいない!」母は目を真っ赤にして、小春を指さした。「これからは、あなたが私の娘よ」小春の瞳に歓喜が走った。けれどそれは、すぐに悲しげな表情の奥へ隠された。「おばさん……」母の手が、淡いピンク色のフォトフレームの前で止まった。私が18歳の誕生日に、蒼真と撮った一枚きりのプリクラが入っている。頬を寄せ合って、二人とも馬鹿みたいに笑っていた。いちばん大切な思い出だったから、ずっとベッド脇に飾っていた。「本人が出ていったのに、こんなものを残しておく必要なんてないわ!」母はフレームをつかみ、床へたたきつけようとした。蒼真の瞳が大きく揺れた。反射的に止めようと、口を開きかける。そのときだった。玄関のドアをたたく音が、室内にはっきりと響いた。三人とも、その場で動きを止めた。母はフレームを振り上げたまま固まり、小春の悲しげな表情も凍りついた。「誰ですか!」母が苛立たしげに声を張った。返事はない。ただ、もう一度、ドアをたたく音がした。「まったく、何なのよ」母はフレームを置き、怒りに任せて玄関を開けた。そこに立っていたのは、厳しい表情を浮かべた小谷警部補だった。その眼差しには、隠しきれない痛ましさがあった。火葬の日に、白い菊を供えてくれた人だ。姿を見た瞬間、胸が強く締めつけられた。小谷警部補は母の肩越しに、散らかった室内を見渡した。最後に、蒼真と小春へ目を止めた。「こちらは、水城日和さんのお宅でしょうか」母は警戒するように、彼を上から下まで眺めた。「そうですけど。どなたですか?日和ならい
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第5話

死亡診断書。その言葉は落雷のように、リビングを打ち抜いた。母の顔から、見る間に血の気が引いていく。書類を凝視したまま唇を震わせ、一言も発せずにいた。「そんな……あり得ない……」やがて、うわ言のようにつぶやいた。「私をだましてるのね……これも、あの子の芝居なんでしょう……」「落ち着いてください」小谷警部補の声には、いたわりがにじんでいた。「こちらは病院が作成した死亡診断書です。検視の結果とも一致しています。所持品や歯科記録など、複数の情報で身元を確認しました。亡くなったのは、日和さん本人です」そこで言葉を切り、同じように顔を青ざめさせた小春へ視線を移した。「もう一つ、事故当日の通話について確認したいことがあります。日和さんが亡くなる直前、最後に電話をかけた相手は、柊木蒼真さんでした」蒼真の身体が大きく揺れた。小谷警部補は彼をまっすぐに見据えた。「柊木さん、記録によると、あなたは電話で日和さんから助けを求められたにもかかわらず、それを拒んでいます。間違いありませんか?」「俺は……俺はてっきり……」蒼真の声はかすれ、喉仏が大きく上下した。「またいつもの芝居だと思って……」「芝居?」小谷警部補の声がわずかに強くなった。「事故車両は大破していました。日和さんは運転席に挟まれ、全身に重いけがを負っていた。その状況で、あなたに助けを求めた。それでも、芝居だと思ったということですか」言葉を重ねられるたび、蒼真は逃げ場を失っていった。彼の顔は青ざめ、こめかみから冷や汗が伝った。「違う……そうじゃない……小春が、ラテを飲みたいって言ったから……」その言葉で、全員の視線が小春へ集まった。小春は激しく震え、必死に首を振った。「違う……私のせいじゃない……何も知らなかったの……」「知らなかった?」ようやく衝撃から我に返った母が、勢いよく振り向き、小春の腕をつかんだ。目は血走っていた。「あなた、この前、日和を見たと言ったわよね?男と逃げたと言ったじゃない!」「私……あれは……見間違えたの……」小春は声を震わせた。「見間違えた?」母の甲高い声が室内に突き刺さった。「どうして嘘をついたの!どうして私をだましたのよ!答えなさい!」小春の身体をつかみ、引き裂か
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第6話

「毎日、日和さんは聞き分けが悪い、私のほうが優しいって言い続けたのは、あなたたちでしょう!蒼真くんだって、日和さんをうっとうしいと思ってたくせに。別れたいと思ったことがないなんて、言わせないよ。私に頼られて、慕われるのは気持ちよかった。でも、日和さんには自立しろって言ったよね!死んでから一途な恋人ぶって、何になるの?」小春は母へ向き直った。その目には、今にも憎しみがあふれ出しそうだった。「あなたに母親を名乗る資格なんてない!自分の娘が死んで半月もたつのに、何も知らないで、男と逃げたって罵っていたくせに!今さら私を責める権利がどこにあるの?全部、あなたたちが望んだことでしょう!あなたたちが、私にそうさせたの!みんな同罪よ。あなたたち全員が、日和さんを殺したの!」小春の絶叫は刃となり、この家に残されていた最後の取り繕いを切り裂いた。母は力なく床へ座り込み、死人のような顔をしていた。蒼真はその場から動けずにいた。小春が投げつけた言葉は、彼が認めようとしなかった醜い本心を、すべて白日の下にさらした。蒼真は、とっくに私に飽きていた。いつもそばにいたがる私に。何をするにも彼を中心に考える私に。ためらいもなく注がれる、私の愛そのものに。小春は、男としての彼の庇護欲と虚栄心を満たした。彼女が弱さを見せ、尊敬の眼差しを向けるたびに、自分が強く、必要とされる人間になったように感じていたのだろう。彼は、誰かに崇められる心地よさに酔っていた。だから、小春が何度私を挑発しても黙認した。むしろ、二人の女に求められる状況を楽しんでさえいた。小谷警部補は、目の前で繰り広げられる醜態に首を横に振り、私の遺品をテーブルへ置いた。「日和さんのご遺体は、自治体の手続きによって火葬されました。ご遺骨は、公営霊園の合葬墓に納められています。こちらが場所の案内と、返却できる所持品です。お悔やみ申し上げます」それだけ告げると、彼は家を出ていった。玄関の重い扉が閉じ、外の世界とこの家を完全に隔てた。リビングは、死んだような静けさに包まれた。笑ってしまう。私が生きていた頃、この家がこれほど騒がしくなったことは一度もなかった。母が娘の死を知ったのは、死後半月もたってからだった。遺骨のある場所さえ、赤の他人から教え
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第7話

「俺が間違ってた……あの電話を切るんじゃなかった……信じればよかった……戻ってきてくれ。怒鳴っても、殴ってもいい。だから、頼むから……」蒼真は墓誌にすがりつき、幼い子どものように泣いた。私は黙って、彼を見下ろしていた。なんて深い愛情なのだろう。吐き気がする。もし私が死なず、重傷を負っただけだったなら、今の後悔にわずかでも救われたかもしれない。けれど、私はもう死んでいる。小春のラテ一杯を優先して私の電話を切った、あの瞬間から。今さら流す涙など、手遅れで、安っぽい自己陶酔にすぎなかった。蒼真、ひどい芝居だね。残念だけど、たった一人の観客は、もう見たくもないんだ。……あの日から、蒼真は「一途な恋人」を演じ始めた。仕事を辞め、毎日欠かさず霊園へ通った。雨の日も、風の日も。いつも私が好きだった白いバラを持ってきては、墓誌のそばで一日中過ごした。私の名前に向かい、思い出を途切れることなく語り続ける。幼稚園で私のキャンディーを横取りしたこと。小学校で、私をかばって喧嘩をしたこと。中学生の頃、毎日のように私の宿題を写していたこと。彼は細かなことまで、一つ一つ真剣に話した。まるで、あの美しい思い出が、一度も汚されたことなどなかったかのように。「日和、高校の頃、俺に傘を届けに来てくれたの、覚えてるか。自分はずぶ濡れになって、次の日に高熱を出したよな。大学のとき、一緒に旅行したことも覚えてるか。お前は高いところが苦手でロープウェイに乗れなくて、俺も付き合って、二人で長い山道を歩いた」彼が語ることを、私はすべて覚えていた。同時に、その後のことも覚えている。小春が「ロープウェイが怖い」と一言こぼしただけで、ずっと前から計画していた私との登山を取りやめ、彼女を遊園地へ連れていったこと。私が高熱を出して寝込んでいた日、小春が遠くの店のケーキを食べたいと言ったからと、私を一人きりで残して出かけたこと。人の記憶とは、都合よくできている。蒼真が選んで語るのは、自分が私に何かをしてやった思い出ばかりだった。私に何をしたのかは、きれいに忘れたことにしている。彼のSNSも、いつしか私を悼む投稿で埋め尽くされた。【君のいない世界は、何もかも色あせて見える】【時間を戻せるなら、すべてを差し
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第8話

だからあなたは、今も私を愛し続ける男を演じなければならない。壮大な自己欺瞞を完成させ、自分自身を救うために。あなたが愛しているのは、私ではない。あなたが作り上げた、「誰よりもあなたを愛する私」そして、愛する人を失い、悔い続ける自分自身だ。もう、すべて私には関係ない。……一か月後、蒼真の芝居は、招かれざる客によって無理やり中断させられた。その日も彼は、いつものように白いバラを抱えて霊園へやって来た。けれど、墓誌の前には、すでに人影があった。小春だった。一か月前よりも痩せ、顔色は土気色だった。その目には、もうどうなっても構わないという狂気が宿っている。蒼真に気づくと、醜く口元を歪めた。「今日も、愛情深い恋人の芝居?」蒼真の顔が、たちまち険しくなる。「何をしに来た。帰れ」「どうして来ちゃいけないの?一応、いとこなんだから。お参りくらいしてもいいでしょう?」小春は声を立てて笑った。墓誌へ歩み寄り、刻まれた私の名を指先でなぞる。「日和さん、見えてる?あれほど好きだった蒼真くんが、今は毎日あなたのところへ通ってるよ。あの世で喜んでる?」声には悪意が満ちていた。「小春、黙れ!」蒼真は駆け寄り、小春の手首をつかんだ。「お前に日和の名前を口にする資格はない」「私に資格がない?」小春はその手を振り払い、狂気を帯びた目で蒼真をにらんだ。「蒼真くんこそ、何を演じてるの?そんなに憔悴して、いったい誰を感動させたいの?自分?」次第に大きくなる声に、霊園を訪れていた数人が遠巻きに振り返った。「日和さんが生きていた頃、私に何て言ってたか、忘れたとは言わせないよ」蒼真の顔から血の気が引いた。「お前に何か話した覚えはない」「本当に?」小春は一歩ずつ彼に迫り、目をそらさず、その瞳を鋭く見据えた。「日和さんは、誰かに構ってもらわないと何もできない子どもみたいだって言ったよね。一日中まとわりつかれて、息が詰まるって。あの人の繊細さも疑い深さも、もう限界だって。ほかの女の子と少し話しただけで、いつまでも問い詰めてくる。まるで嫉妬深い妻みたいだって笑ってたじゃない。家族ぐるみの付き合いがなければ、とっくに別れていたとも言った。なるべく騒がれずに別れるには、どう切り出せばいい
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第9話

人前で過去を暴かれたことが、蒼真に残されていた最後の支えまで打ち砕いた。一途な恋人という虚像は、一夜にして跡形もなく崩れ去った。霊園での出来事は、たちまち共通の知人たちの間に広まった。話す人によって尾ひれがつき、細部は違っていたが、中心にある話は同じだった。蒼真は偽善者で、日和の死に責任がないとは言えない。かつて同情し、慰めてくれた人たちは、今では軽蔑と疑いの目を向けていた。やがて彼は、周囲から総スカンを食うようになった。それ以来、蒼真は霊園へ来なくなった。いや、来られなくなったのだ。自宅に閉じこもり、一日中、酒に溺れた。私はそばで、自信に満ちていた一人の青年が、無精ひげを生やし、酒の臭いをまとった男へ変わっていくのを見ていた。何度も何度も、私たちのメッセージや写真を見返す。そして突然、狂ったようにスマホを壁へ投げつけ、獣のような声で叫ぶのだ。「どうして……どうして……」誰に尋ねているのだろう。どうして私が死んだのかと、私に聞いている?それとも、どうして自分がこんな人間になったのかと、自分自身に問い続けているのだろうか。一度だけ、母が彼を訪ねてきた。前に見たときより、10歳以上も老けて見えた。髪の半分は白くなり、背中も丸まっている。酔いつぶれた蒼真を見つめ、母は何かを言おうと唇を動かした。けれど、口から漏れたのは長いため息だけだった。「蒼真くん、もうやめなさい……日和だって、あなたがそんな姿になることを望んでいないわ……」「望んでいない?」蒼真は充血した目を上げ、突然笑い出した。正気を失ったような笑いだった。「そうでしょうね。日和は今頃、どこかで俺を笑ってる!きっと、いい気味だと思ってる!」両手で髪をかきむしり、冷たい床へ何度も額を打ちつける。鈍い音が、部屋に響いた。「俺が日和を殺した!俺が!俺は最低だ。こんな目に遭って当然なんだ!」蒼真は、偏執的なまでの自己嫌悪に沈んでいた。私を愛していたから、苦しんでいるのではない。自分を許すことができないから、苦しんでいるのだ。私の死は鏡となり、彼の心の底に潜んでいた身勝手さも、臆病さも、卑しさも、すべて映し出した。鏡の中の醜い自分と向き合えず、酒で意識を鈍らせることしかできなかった。母は、床
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第10話

一年後。私の命日。空から細い雨が降り、霊園は静まり返っていた。もう誰も来ないと思っていた。人は亡くなれば、少しずつ忘れられていく。それも珍しいことではない。ところが、母が現れた。黒い傘を差し、濃い色のコートを着ている。一年前より、背中がさらに小さく丸まって見えた。私は黙って、その姿を眺めていた。すると、霊園の小道の向こうに、もう一つ人影が現れた。蒼真だった。二人は約束をしていたわけではない。偶然、私の墓前で出会っただけだった。蒼真はもう、酒に溺れた男の姿ではなかった。黒いスーツを身につけ、痩せてはいるものの、目には落ち着きが戻っている。ただ、その静けさの奥には、溶けることのない虚無が沈んでいた。二人は言葉を交わさず、それぞれが持ってきた白い菊を墓標の前へ置いた。長い沈黙のあと、母が口を開いた。声はひどくかすれていた。「あなた……元気にしていた?」「何とか」蒼真も乾いた声で答えた。再び、沈黙が落ちる。風にあおられた雨が、傘の下まで入り込み、二人の髪や肩を濡らしていた。それでも、どちらも気に留めなかった。「この前……日和の夢を見たの」母が不意に言った。「まだ小さかった頃の日和で、大好きだったワンピースを着ていたわ。私のあとを追いかけて、お菓子をねだって……それから言ったの。お母さん、もう許してあげるって……」話しながら、母の目から涙がこぼれた。雨に混ざり、頬を流れていく。蒼真の身体が、かすかにこわばった。墓誌に刻まれた私の名を見つめる目は、どこまでも空虚だった。「日和が俺を許すことはありません」静かな声だった。「俺には、許してもらう資格もありません」蒼真はポケットから、小さなベルベットの箱を取り出した。ふたを開けると、中には指輪が入っていた。私が大学を卒業したら、これでプロポーズすると、かつて彼が約束していた指輪だった。白い菊の横へ、そっと箱を置く。「日和、ごめん。それから……さよなら」最後にもう一度、私の名を見つめた。そして振り返ると、一歩ずつ雨の中へ消えていった。その後ろ姿は、ひどく孤独だった。母は、長いあいだ墓標の前に立ち尽くしていた。全身が雨に濡れ、霊園の職員に声をかけられて、ようやくその場を
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