All Chapters of 結婚7年目、娘に夫をおじさんと呼ばせた: Chapter 1 - Chapter 9

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第1話

足早に立ち去る昭彦の背中を見つめていても、私は涙を流すことすらしなかった。私は娘の奈々(なな)と手を繋ぎ、振り返って大通りへ向かい、タクシーを拾った。車内はひどく静かだった。奈々は後部座席に座り、食べかけの綿菓子をまだしっかりと握りしめている。タクシーが交差点の赤信号で停まった時だった。奈々は突然窓を開け、信じられないほど静かな動作で、頭につけていたピンク色のカチューシャを外した。それは、昭彦が遊園地の入り口で彼女に買ってあげたプレゼントだった。彼女は一切の躊躇も見せず、そのまま放り投げた。カチューシャは音もなく、道端のゴミ箱の底へと消えていった。運転手はバックミラーでそれを見て、驚いたように声をかけた。「お嬢ちゃん、可愛いカチューシャ、どうして捨てちゃったの?」奈々は運転手を見ようともしなかった。ただ、窓の外を飛ぶように過ぎ去る街並みを見つめたまま、幼いながらもひどく落ち着いた声で言った。「汚れたから、もういらないの……」その仕草を見て、私は胸が締め付けられた。分かっていた。彼女は、昭彦のことを「おじさん」と呼び慣れているだけではない。父親に対するほんのわずかな期待すらも、自身で断ち切ろうとしているのだ。家に帰ると、私は真っ直ぐ書斎に向かった。パソコンを開き、パスワードを入力し、隠しフォルダを開いた。プリンターが低い音を立てて動き始めた。やがて、2つの書類がプリントアウトされた。1つは、会社から出されたメルボルン支社への異動確認書だ。もう1つは、奈々の退学および転校の申請書だ。実は半年も前に、私は奈々をオーストラリアのサマーキャンプに参加させるという口実で、出国に必要なすべての書類に昭彦のサインをもらっていたのだ。あの時、彼は中身を見ようとすらしなかった。私はそれらの書類を茶封筒に入れ、しっかりと封をした。それから、物置部屋から大きなダンボール箱を引きずり出した。そして、ここからが不要なものの片付けだ。クローゼットの中、昭彦が買ってきた服はすべて、たとえ1度も袖を通していない高級なドレスであっても残らず選び出し、ダンボール箱に放り込んだ。おもちゃ箱の中、昭彦が適当に買ってきたぬいぐるみもすべて捨てる。奈々はお気に入りのウサギのぬいぐるみを抱き
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第2話

私は胸の奥がチクリと痛むのを覚えながら、布団の端をそっと整えてやった。「そうよ。私たち2人だけで行くの」「やったあ」奈々は目を閉じ、微かな笑みすら浮かんでいた。深夜11時。スマホの画面が明るくなった。昭彦からのLINEだった。【今日、亜衣が遊園地でパパがいないって他の子にからかわれて、あまりにも泣きじゃくるから、仕方なく行ってきたんだ。週末にまたお前たちを遊園地に連れて行くから、奈々にはうまく説明しておいてくれ。あの子は聞き分けがいいから、きっと分かってくれるだろう】誠意のかけらもない言い訳だ。謝罪の電話一本かけることすら惜しいということか?彼はいつもこうだ。信じられないほど軽い口調で、堂々と私たちに都合のいい言い分を押しつけてくる。私は返信しなかった。代わりに彼のアイコンをタップし、新しく作ったリストへと移動させた。そのリストの名前は【カウントダウン3日】だ。私はスマホを置き、熟睡している奈々の寝顔を見つめた。彼女のベッドのそばで、私はそっと呟いた。「説明なんて、もう必要ないわ。だって奈々には、これから先、あんたのようなパパなんて必要ないんだから」翌朝。ガチャリと玄関のドアが開く音がした。昭彦が高価そうな海外ブランドのイチゴのマカロンの箱を片手に持って入ってきた。その顔には徹夜の疲れが浮かんでいた。そして同時に、「わざわざご機嫌を取りに来てやったんだから、ありがたく思えよ」と言わんばかりの表情をしていた。彼は靴を脱ぎ、リビングへ入ってきた。マカロンをローテーブルに置き、ネクタイを緩めた。私はソファに座ったまま、彼の方を見ようともしなかった。淡々と一言だけ言った。「季節の変わり目だから、いらないものを片付けてたのよ」「ああ」昭彦はそれ以上深く追及しなかった。むしろ、ホッと肩の荷が下りたような深い安堵の息を吐き出した。私が以前のように泣き喚かないのを見て、昨日の約束を破ったことをすでに許してくれたのだと勘違いしたらしい。奈々がちょうど洗面所から出てきた。昭彦の姿を目にした瞬間、彼女は無意識に止まった。昭彦はマカロンを片手に持ったまましゃがみ込み、わざとらしい笑みを浮かべ、奈々に向かって手招きした。「奈々、おいで。昨日はパパ
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第3話

彼は震える奈々を見下ろし、苛立ちを隠そうともせずに言った。「ワガママを言うんじゃないよ」私は前に進み出て、奈々の手を握った。そして、彼女を自分の背後に庇った。昭彦の白々しい顔を見据え、私はただ冷たく言い放った。「分かったわ、持っていきなさい」昭彦は一瞬ぽかんとした。まさか私がここまで素直に引き下がるとは思っていなかったのだろう。以前なら、祖母に関わることとなれば、私は死に物狂いで彼に抵抗していたはずだ。彼はすぐに満足げな表情を浮かべた。「そうこなくっちゃな。家族なんだから、お互い助け合わないと」彼はドレスを持ち、玄関へと向かった。家を出る直前、振り返って念を押すことも忘れなかった。「明日の誕生日には、絶対に顔を出すからな。お前たちも早めに準備しておけ」バタンとドアが閉まった。その音が響いた瞬間、奈々はついにこらえきれず、大声を上げて泣き崩れた。息も絶え絶えになりながら泣き叫び、小さな胸を激しく上下させている。喉の奥からは、まるで壊れた笛のようなヒューヒューという苦しげな喘鳴が漏れ始めていた。喘息の発作が起きかけていた。私は慌てて吸入器を取り出し、彼女の口に当てて2回プッシュした。そして、奈々を抱きしめ、背中を優しくさすりながら、言葉を紡いだ。「奈々、もう泣かないで。あんな強盗どもに、いらないものを全部持ち逃げさせてやっただけよ。明日の誕生日パーティーが終わったら、ママが奈々を強盗どももおじさんもいない場所へ連れて行ってあげるからね」奈々は私の首元に顔を埋め、涙で私の服の襟を濡らした。彼女はヒックヒックとしゃくり上げながら、それでも強く頷いた。3日目。奈々の7歳の誕生日。私は朝早く起き、キッチンでケーキを作った。これが奈々の本当の好物だ。イチゴは一切使わず、濃厚なチョコレートとクリームチーズだけで作ったケーキだ。昼の12時、私たちは何もない空っぽの部屋に座っていた。物置部屋はすでに綺麗に片付いている。私はサイン済みの離婚届をダイニングテーブルのど真ん中に置いた。その横には家の鍵と7年間はめ続けていた結婚指輪を並べた。午後2時。約束のレストランでの誕生日パーティーまで、あと2時間に迫っていた。静まり返った部屋の中で、テー
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第4話

奈々はダイニングテーブルへ向かい、椅子によじ登った。黒のカラーペンを取り出し、絵日記帳を開いた。そして、絵日記帳に書かれている「パパ」という文字をすべて真っ黒に塗りつぶしていった。あまりに力強く塗ったせいで、紙がビリビリに破れてしまったほどだ。「ママ、黒く塗っちゃえば、もう何も見えなくなるね」彼女はカラーペンを置き、絵日記帳を自分の小さなリュックにしまい込んだ。午後3時。私は不用品回収の業者を家に呼んだ。数人の作業員が手際よく動いてくれる。昭彦の髭剃り、スーツやネクタイなど、壁に飾られていた大きな結婚写真でさえ、残らず綺麗に運び出してもらった。この家は今、昭彦が全く知らないところで徹底的に「リセット」されているのだ。午後4時。私は2つの大きなスーツケースを引き、奈々と手を繋いで玄関に立っていた。最後に壁に掛かった時計を一瞥し、もぬけの殻になったリビングを見渡した。「行こうか」私は奈々に声をかけた。「私たちの新しい生活まで、あと3時間の道のりだけよ」私たちは家を出て、ドアを閉め、鍵をかけた。未練など微塵もなく、空港行きのリムジンバス乗り場へと歩き出した。午後5時。空港のロビーは人でごった返し、フライトを知らせるアナウンスが響いていた。私はベンチに座り、スマホを取り出して、あらかじめ用意しておいた新しいSIMカードに差し替えた。そして、10年間使い続けた古いSIMカードを、真っ二つにへし折った。パキッという乾いた音がした。それを隣のゴミ箱に投げ捨てた。これで昭彦と完全に連絡を絶ったのだ。奈々はお気に入りのウサギのぬいぐるみを抱きしめ、顔を上げて、電光掲示板に映し出されたメルボルン行きのフライト情報を見つめていた。その小さな顔に悲しみの色は一切ない。あるのは、重荷から解放されたような安堵だけだった。同じ頃、中央病院。亜衣の熱は、実はとっくに下がっていた。玲奈はベッドの傍らに座り、時間が午後5時を過ぎたのを確認すると、スマホを取り出して写真を1枚撮った。写真にはあの奪い取られたシルクの刺繍ドレスを着た亜衣が、昭彦の買ってきたおもちゃを握りしめ、ベッドに寝そべっている姿が写っていた。彼女はその写真をSNSに投稿した。【病気になっても、昭彦パパ
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第5話

午後6時半。昭彦は狂ったように車を飛ばし、予約した海辺のレストランへと急いだ。個室のドアを押し開けると、中には誰もいなかった。彼は狂ったように私のスマホへ電話をかけ続けたが、聞こえてくるのは「電源が入っていない」という無機質なガイダンスだけだった。彼はレストランを飛び出し、アクセルをベタ踏みにして家へと急いだ。途中の赤信号など目に入らず、2度までも無視して飛ばした。夜の7時ちょうど、昭彦は家のドアを蹴り開けた。待ち受けていたのは死んだように静まり返った暗闇と、もぬけの殻のクローゼットだった。 彼は電気をつけた。ダイニングテーブルの上には、サイン済みの離婚届と冷たく光る結婚指輪が残されていた。それを見た瞬間、彼は息が詰まった。 同じ頃。町の反対側にある空港。巨大なエンジンの轟音とともに、オーストラリアへ向かう飛行機が滑走路を飛び立った。昭彦は震える手で、もう二度と繋がることはない番号に再び電話をかけた。だが受話器からは、無機質な音声ガイダンスが流れるだけだった。彼は、完全に空っぽになったリビングに膝から崩れ落ちた。喉の奥から、引き裂かれるような絶望の叫び声が絞り出された。昭彦は魂を失った彫像のように、冷たい床の上に膝をついたまま、夜更けまでそのままでうなだれていた。夜明け前になってようやく、彼は狂ったように這い上がった。そして、部屋中のありとあらゆる引き出しや戸棚を荒らし始めた。私たちがただ旅行に出かけただけで、また帰ってくるのだという証拠を見つけようと必死だった。だが、奈々の戸籍謄本や、身分を証明するものは一切残されていなかった。それどころか、私が買ってベランダに置いていたポトスの鉢植えすら全部持ち去られていた。彼自身の、高価だが何の温もりもない私物を除けば、この家にはもう、私たちが存在していた痕跡は微塵も残っていなかった。すべてが息が詰まるほどに綺麗さっぱりと消し去られていた。 奈々の机を整理していた時、昭彦の指が、引き出しの奥の隙間に挟まった硬いものに触れた。彼が力を込めて引っ張り出すと、それは、置き去りにされた絵日記帳だった。表紙にはたどたどしいひらがなで「わたしのおじさん」と記されていた。 昭彦の指先が、激しく震え始めた。彼は1ページ目を開
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第6話

録音はそこでプツリと途切れた。昭彦は激しいめまいに襲われ、思わず数歩後ずさった。 彼はそれでも現実を受け入れようとしなかった。あらゆる人脈を使って、私たちの飛行機や新幹線の移動記録をしらみつぶしに調べさせた。だが、分かったのは私が半月も前から、海外への異動申請を出していたということだった。さらに、私の情報にはアクセス制限がかけられ、彼にも閲覧できない状態になっていた。彼が誇っていた「すべてを思い通りにコントロールできる力」など、私の断固たる決別の前では、単なるくだらない笑い話でしかなかった。絶望の中、昭彦の視線はあの絵日記帳の最後のページに落ちた。そこには、端が破り取られた1枚の絵が描かれていた。裏返してみるとそこにはこう書かれていた。【ママが言ったの。おじさんは「強盗」だってだからいつか、別の「強盗」にやりかえされる日がくるんだよって】それを見た瞬間、昭彦の目は一気に血走り、怒りに顔を歪めた。彼は車のキーを掴み取るなり、怒り狂う野獣のように、玲奈の家へと車を走らせた。「ドォン!」という凄まじい音と共に、昭彦は玲奈の家の玄関ドアを蹴り破った。玲奈はまだセクシーなシルクのネグリジェを着たままだった。てっきり昭彦が謝りに来たのだと思い込み、ツンとした態度を取ろうとしていた。「昭彦、やっと来てくれたのね……」だが、彼女は最後まで言い終えることはできなかった。玲奈は、射殺すような昭彦の目に恐怖を覚え、思わず数歩後ずさった。昭彦は大股で歩み寄り、リビングのガラスのローテーブルを持ち上げ、思い切り床へ叩きつけた。「ガシャン!」ガラスの破片が床一面に飛び散った。「きゃあっ!」玲奈が金切り声を上げた。昭彦は彼女の首を鷲掴みにし、怒鳴りつけた。「昨日の亜衣の高熱、あれは一体どういうことだ!」玲奈は恐怖で顔を真っ青にし、口ごもりながら言い訳をした。「ただ……ただ風に当たって、風邪を引いただけよ……」昭彦は彼女の戯言など聞く耳を持たなかった。彼女のスマホを力ずくで奪い取り、そのまま技術者を呼びつけ、削除されていた監視カメラの映像を復元させた。玲奈の家にはペット用の監視カメラが設置されており、データはクラウドに保存されていた。復元作業はあっという間に終わった。
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第7話

「パァン、パァン!」という乾いた音が響き渡った。昭彦は自らの頬を容赦なく2度、思い切り張り飛ばした。その力があまりに強かったため、彼の口の端からは血が滲み出ていた。玲奈はドサリと床に膝をついた。「昭彦、ごめんなさい。私、あなたが奪われるのが怖かったの……ただあなたを愛しすぎていただけなの……」彼女は狂乱したように床に額を擦り付け、必死に許しを乞うた。だが、昭彦に一切の躊躇はなく力任せに彼女を蹴り飛ばした。「自分がどれだけひどい真似をしたか、刑務所の中でじっくり反省するんだな!」彼は直ちに監視カメラの映像と音声データを証拠として警察に提出した。玲奈を児童虐待の罪で刑事告発したのだ。それと同時に、彼は玲奈母娘へのすべての資金援助を容赦なく打ち切った。彼女に買い与えたマンションも、有無を言わさず回収した。けりをつけたが、失われた家族たちが戻ってくることはない。昭彦は、あのもぬけの殻になった家に戻ってきた。彼が取り返してきたすでに汚れの染み付いたあのドレスを抱きしめて部屋の隅に縮こまり、まるで全てを失った負け犬のように泣きじゃくっていた。……その頃、澄み切った陽光が射し込むメルボルンの朝。 新しいドレスに身を包んだ奈々と手を繋ぎ、心地よいそよ風に吹かれながら、笑みを浮かべていた。新しい生活が、ここから始まるのだ。1年後。私はスキルを活かして実績を積み重ね、メルボルン支社でしっかりと足場を固め、今は誰もが認めるやり手のエリアディレクターとして活躍している。奈々の喘息も穏やかな日々のおかげか、あの日以来一度も発作を起こしていなかった。彼女は驚くほど明るく自信に満ちあふれるようになっていた。 先月は、地元のコミュニティが主催するピアノコンクールに出場した。そこで見事な演奏を披露し、見事に優勝を果たしたのだ。「パパ」がいなくても彼女の人生は以前よりずっと輝きで満ち溢れていた。一方、国内。昭彦は仕事上では次々と商談を勝ち取り、成功を収め続けていた。だが、誰の目にも明らかなほどに彼は老け込んでいった。こめかみには白髪が混じり始めていた。重度の不眠症と鬱病を患い、毎晩大量の睡眠薬に頼らなければ眠りにつくことすらできない。眠りについても、夢の中に出てくるのは「おじ
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第8話

昭彦はもう1歩たりとも、動くことができなかった。あの男の名前は、藤堂悠真(とうどう ゆうま)だ。彼は私の上司であり、この1年間、私へのアプローチを続け、誰よりも私たち母子の傍に寄り添ってくれた男性だった。昭彦は薄暗い木陰に身を隠していた。嫉妬で気が狂いそうになり、目を真っ赤に血走らせたが、それでも、飛び出していく勇気はなかった。それからの数日間、彼はまるでドブネズミのようにサングラスと帽子で顔を隠し、スーパーや遊園地へ行く私たちを尾行し続けた。スーパーで、悠真がイチゴ味のすべてのお菓子を注意深く避ける姿を見た。リビングのカーペットに座り、悠真が2時間もかけて奈々と一緒にレゴブロックを組み立てているのを見た。昭彦が言いようのない痛みに苛まれた。かつては、彼にも自分の子供にそれらすべてをしてやる機会があったはずだ。それなのに、彼はそのすべてを自らの手で手放し、他の女とその子供に付き添ってしまったのだ。週末の公園。とても天気のいい日だった。奈々は広場でキックボードに乗って遊んでいた。悠真は飲み物を買いに行き、私はベンチに座って書類に目を通していた。その時、奈々がうっかりバランスを崩した。キックボードが傾き、彼女は勢いよく地面に倒れ込んだ。膝をすりむいてしまった。「わあぁぁん!」彼女は痛みのあまり泣き出した。それを見た昭彦は植え込みから飛び出し、地面に倒れている奈々を抱き起こした。「痛いか?」彼の声は、みっともないほど震えていた。「大丈夫よ、パパが、痛いの飛んでいけしてやるから……」奈々は一瞬、ポカンとした。そして、目の前にいるやつれて無精髭を生やした男の顔を認めた瞬間、彼女は昔のようにすがりつくどころか、恐怖に顔を引きつらせた。 彼女は必死で昭彦を押し退け、まるで恐ろしい不審者でも見るかのように、悲鳴を上げた。「あんたなんか知らないの!離して!」その声を聞きつけ、私は全力で駆けつけた。昭彦の手から奈々を強引に奪い返し、自分の後ろにしっかりと庇った。そして、道端のゴミでも見るような冷え切った視線を彼に向けた。飲み物を買ってきた悠真も、ペットボトルを放り捨てて駆けつけてきた。彼は私たちの前に立ちふさがり、しっかりと守ってくれた。昭彦は目を赤く腫ら
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第9話

昭彦の顔から血の気が引いた。彼は手を伸ばし、私のスカートの裾を掴もうとした。私は汚いものを見るような目で、半歩後ろへ下がった。「あなたが今日ここへ来て土下座して許しを請うのは、私のことを愛しているからでもなければ、ましてや娘を愛しているからでもないわ。あなたはただ、自分の『支配者』としての立場が崩れた事実を受け入れられないだけよ。自分が道具のように扱ってきた『付属品』に、逆に捨てられたという屈辱に耐えられないだけよ」私は彼を冷たく見下ろした。「父親の愛だなんて、吐き気のするような言葉を盾にしないで。結局のところ、あんたが愛しているのは自分自身だけよ」ちょうどその時だった。悠真がビルから出てきた。この光景を見ても、彼は少しも怒らなかった。極めて自然な足取りで近づき、温かいコーヒーを私の手の中へそっと持たせてくれた。そして、穏やかな声で昭彦に告げた。「高瀬さん。手遅れになった愛なんて、路傍の石より価値がないんですよ。志穂さんは今、とても幸せです。ですから、あなたのそんな遅すぎた愛などもう必要ありませんよ」私はそのまま自然に悠真の手を握って、指を絡め合わせた。この1年で一番晴れやかな笑顔を向けてみせた。 「悠真が言った通りよ。あの時、あんたが私を捨ててくれたことに感謝してるわ。おかげで私は、本当に信頼できる人に出会えたの」しっかりと繋がれた手と、私の瞳の奥に宿る光を見て昭彦はようやく悟った。 自分がどれほど痛切に後悔してみせたところで、今の私たちの幸せの前では、塵ほどの価値すらないのだと。彼がすがっていたちっぽけなプライドは、私の拒絶によって跡形もなく砕け散った。昭彦はよろめきながら地面から立ち上がった。全身の力が完全に抜け落ちてしまったようだった。彼は空を見上げ、狂ったように高笑いを続けた。だが突如として、その口から真っ赤な血が吐き出された。冷たい風の中、彼はそのまま真っ直ぐに倒れ込んだ。半月後。病院のベッドで目を覚ました昭彦は、ついに諦めた。彼は欠席判決が下される最終期限の直前に、ようやく離婚届と財産放棄に関する合意書にサインをした。 彼には分かっていた。これ以上執着すれば、奈々の中にある彼との思い出のすべてが、激しい嫌悪へと変わり果
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