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第3話

Author: 朝焼けのブタさん
彼は震える奈々を見下ろし、苛立ちを隠そうともせずに言った。

「ワガママを言うんじゃないよ」

私は前に進み出て、奈々の手を握った。

そして、彼女を自分の背後に庇った。

昭彦の白々しい顔を見据え、私はただ冷たく言い放った。

「分かったわ、持っていきなさい」

昭彦は一瞬ぽかんとした。

まさか私がここまで素直に引き下がるとは思っていなかったのだろう。

以前なら、祖母に関わることとなれば、私は死に物狂いで彼に抵抗していたはずだ。

彼はすぐに満足げな表情を浮かべた。

「そうこなくっちゃな。家族なんだから、お互い助け合わないと」

彼はドレスを持ち、玄関へと向かった。

家を出る直前、振り返って念を押すことも忘れなかった。

「明日の誕生日には、絶対に顔を出すからな。

お前たちも早めに準備しておけ」

バタンとドアが閉まった。

その音が響いた瞬間、奈々はついにこらえきれず、大声を上げて泣き崩れた。

息も絶え絶えになりながら泣き叫び、小さな胸を激しく上下させている。

喉の奥からは、まるで壊れた笛のようなヒューヒューという苦しげな喘鳴が漏れ始めていた。

喘息の発作が起きかけていた。

私は慌てて吸入器を取り出し、彼女の口に当てて2回プッシュした。

そして、奈々を抱きしめ、背中を優しくさすりながら、言葉を紡いだ。

「奈々、もう泣かないで。

あんな強盗どもに、いらないものを全部持ち逃げさせてやっただけよ。

明日の誕生日パーティーが終わったら、ママが奈々を強盗どももおじさんもいない場所へ連れて行ってあげるからね」

奈々は私の首元に顔を埋め、涙で私の服の襟を濡らした。

彼女はヒックヒックとしゃくり上げながら、それでも強く頷いた。

3日目。

奈々の7歳の誕生日。

私は朝早く起き、キッチンでケーキを作った。

これが奈々の本当の好物だ。

イチゴは一切使わず、濃厚なチョコレートとクリームチーズだけで作ったケーキだ。

昼の12時、私たちは何もない空っぽの部屋に座っていた。

物置部屋はすでに綺麗に片付いている。

私はサイン済みの離婚届をダイニングテーブルのど真ん中に置いた。

その横には家の鍵と7年間はめ続けていた結婚指輪を並べた。

午後2時。

約束のレストランでの誕生日パーティーまで、あと2時間に迫っていた。

静まり返った部屋の中で、テーブルの上に置かれたスマホが突如として振動した。

画面には、昭彦の名前が光っている。

応答ボタンを押した。

電話の向こうからは、病院の救急外来の騒々しい音と玲奈のわざとらしい泣き声が聞こえてきた。

昭彦の声にはひどい焦りが滲んでおり、反論など一切許さない響きだった。

「志穂、亜衣が高熱を出したんだ。それに軽い肺炎も併発してるみたいでさ。

玲奈は1人でどう対応していいか分からず、完全にパニックになってるんだよ。

俺はどうしても手が離せないんだから、誕生日パーティーはキャンセルだ。

来週、ちゃんと改めてお祝いしてやるからさ」

彼は一息つき、まるでそれが当然である口調で付け加えた。

「奈々にはうまく説明しておいてくれ。

あの子は聞き分けがいいから、きっと分かってくれるだろう」

以前なら、こんな身勝手な言い草を聞けば、声を荒らげて彼を責め立てただろう。

実の娘の誕生日より他人の子供の風邪を優先するつもりかと、泣き叫びながら彼に絶望していたはずだ。

だが今日は、テーブルの上の離婚届を見つめながら私はたった一言だけ答えた。

「分かったわ」

電話の向こうの昭彦は、逆に言葉を失ったようだった。

彼の呼吸の音が2秒ほど止まった。

私が何一つ文句を言わず、彼を責め立てなかったことが想定外だったのだ。

「……怒ってないのか?」

彼は探るように聞いてきた。

「ううん、怒ってないわよ」

私の声はどこまでも穏やかだった。

彼は肩の荷が下りたように、ホッと息を吐いた。

「ならよかった。今から玲奈を手伝ってやらなきゃならないから、切るぞ」

彼は何の罪悪感も抱くことなく電話を切り、初恋の女を慰めに向かった。

奈々が部屋から出てきた。

その手には、彼女が一番大切にしている絵日記帳が握られていた。

最初のページには、家族3人で動物園に行った絵が楽しそうに描かれている。

ページをめくるごとに、そこに描かれた「パパ」の輪郭はどんどん薄くなっていた。

そして最後のページには、ママと手を繋いでいる自分の姿しか描かれていなかった。

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