All Chapters of 家族を捨てた私が、もう一度「お父さん」と呼ぶまで: Chapter 11 - Chapter 13

13 Chapters

第11話

「遥、もうママを怒らせないで。帰ってきてくれるなら、私の部屋も半分使っていいって、ママにお願いしてあげたんだよ」莉乃は唇を噛み、今にも泣きそうな顔をした。「お父さんやお兄ちゃんを、これ以上困らせないで。遥を捜し回って、何日もちゃんと眠れてないんだから」なんて聞こえのいい言い方だろう。私が家を離れたことを、まるで彼らを苦しめるための行為にすり替えてしまう。亮介が前へ出て、財布から黒いカードを取り出し、レジ台へ叩きつけた。「暗証番号はお前の誕生日だ。1000万円入れてある。小遣い代わりに好きに使え」恵んでやるとでも言うような目で、私を見る。「それでまともな服でも買って、身なりを整えてから帰るぞ。こんなところで、一ノ瀬の家に恥をかかせるな」私は、金の文字が光る黒いカードを見た。1000万円。前の人生で、私が山奥の採掘場へ売られ、毎日殴られながら腐った飯で飢えをしのいでいたころ、亮介は莉乃の誕生日のパーティーに2000万円を平気で使っていた。私はカードには触れず、隣の引き出しから紙とペンを出した。「お金で話をつけたいなら、きっちり計算しましょうか」私は手早く数字を書き殴った。「そちらの食べ残しを食べたのが13回、莉乃のお下がりをもらったのが2着。お金に換算するなら、4万円くらいかな」紙をちぎり取り、カードと一緒に亮介の前へ押し返す。「あいにく今すぐ返せるお金はないから、気が済まないなら警察を呼べばいい」こわばっていく彼らの顔を見て、私は皮肉な笑みを浮かべた。「でも、一緒には絶対に帰らない。あんな家に戻るくらいなら、ここで一生皿を洗うほうがマシ。呼ばれたら尻尾を振って走ってくる犬みたいに扱われるのは、もうウンザリなの」……その言葉に、一ノ瀬家の人たちは顔色を変えた。雅臣は額に青筋を浮かべ、レジ台を強く叩いた。載っていた電卓が跳ね飛ぶ。「いい加減にしろ!誰のおかげで生まれてきて、不自由なく暮らせると思ってるんだ。感謝するどころか、親にそんな口をきくのか!一ノ瀬の家を離れて、お前みたいな小娘に何ができる!」美和も怒りに震え、私に指を突きつけた。「この恩知らず!わざわざ迎えに来てあげたのに、私たちがあなたを犬扱いしているとでも言うの?莉乃が心優しい子だから、あなたを捜してあげてって泣いて
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第12話

床のタイルが割れ、破片が飛び散った。誰もが動きを止めた。そこへ正一が、手首ほどの太さの鉄パイプを持って飛び込んできた。目を血走らせ、怒りをあらわにしていた。迷わず私の前に立ち、決して広くはない背中で、私をかばった。「娘に手を出してみろ。ただじゃおかないぞ!」かすれた声には、何もかも投げ出しかねない激しさがあった。一ノ瀬家の人たちは呆気に取られ、最初に我に返った亮介が、嫌悪をあらわにした。「藤沢さん、あなたには関係ない。一ノ瀬の家の問題だ。部外者はすっこんでてくれ」「ふざけるな!何が家の問題だ!」正一は鉄パイプを振り、亮介へ突きつけた。「お前らが遥の面倒を一度でも見たって言うのか?おむつの1回でも替えてやったことがあるのか!厄介払いみたいに俺に押し付けておいて、世間体が悪くなった途端に無理やり連れ戻そうってのか。俺の目の黒いうちは、遥に指1本触れさせないぞ!」美和は怒りで青ざめた。「藤沢さん、正気なの?あんなにかわいがっていた莉乃の前で、こんなことをするなんて!」莉乃の名前に、正一がわずかに体をこわばらせた。その隙を逃さず、莉乃が美和の後ろから顔を出した。「お父さん、お兄ちゃんを殴らないで。怖いよ……」震える声を聞けば、以前のように正一が折れると思ったのだろう。けれど、今度の正一は冷たく一瞥しただけだった。莉乃をかわいがる目も、機嫌をうかがう気配もない。あるのは深い失望と、疲れだった。「莉乃、俺はお前にも、できる限りのことはしてきたつもりだ」正一は声を落とした。「なのにお前は、遥が俺に送った手紙を、勝手に燃やしたんだな。遥がお前のためにもらってきたお守りまで、踏みつけていただろう。俺が気付いていないとでも思ったか?」莉乃の顔が真っ白になり、思わず1歩下がった。「お父さん……何のこと?私、全然わからない……」「とぼけるな」正一はもう莉乃を見ず、雅臣に向き直った。「一ノ瀬さん。あんたのところは金も力もある。俺なんかがかなう相手じゃない」その目は、雅臣から離れなかった。「だが、俺にはもう失うものなんて何一つないんだ。遥を連れていくって言うなら、先に俺を殺してからにしろ」正一は私と一ノ瀬家の人たちの間に、立ちはだかっていた。少し曲がったその背中を見ながら、私は初めて
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第13話

レンチを手渡すと、正一はきょとんとした。それから私を見て、目を輝かせた。「ああ、もちろんだ。修理代はいくらでも払うから」うまく言葉が続かず、手まで震えていた。その日から正一は、路地の入り口の修理店で、腰を据えて働くようになった。村へ帰ろうとは、もう言わなかった。自分が楽になりたいだけの謝罪を繰り返すこともなく、ただ不器用に、少しずつ私の暮らしに関わるようになった。毎朝、食堂のシャッターを上げると、入り口には温かい味噌汁と、おにぎりが2つ置かれていた。梅雨に入ると、屋根裏部屋で雨漏りがするようになった。ある夜中、屋根から何かを叩く音がした。窓を開けてみると、正一が古いビニールシートをかぶり、土砂降りの中で屋根を直していた。滑りやすい瓦の上で足元を確かめながら、作業をしている。稲妻が夜空を照らすと、皺の刻まれた真剣な顔が見えた。私は窓を閉め、壁にもたれた。雨粒が屋根を打つ、低い音に耳を澄ます。前の人生の冷たい記憶が、その途切れない雨音に洗われて、少し薄らいでいくようだった。やがて秋が深まり、幸江が路地の入り口に、焼き芋の窯を出した。ある晩、店を閉めて部屋へ戻ろうとしたところへ、正一が修理店のほうから歩いてきた。手をこすり合わせ、古い防寒コートの懐を膨らませている。私の前まで来ると、まだ湯気の上がる焼き芋を、大事そうに取り出した。「遥、焼けたばかりだ。中のいちばん甘いところ、食べてみないか」以前のように私に押しつけず、両手で持って差し出していた。私が受け取るのを、すがるような目で待っている。寒さで赤くなった手には、屋根を直したときの傷痕が残っていた。夕風が路地を抜け、枯れ葉を数枚巻き上げた。稲の葉がこすれる音も、古い自転車の揺れもない。それでも、今度は二度と置き去りにされないのだと、私にははっきりとわかった。手を伸ばし、焼き芋を受け取った。熱かったけれど、冷えた手のひらを温めるには、ちょうどよかった。「正一さん」焼き芋を受け取っただけで明るくなった顔を見て、私は言った。「ここからだと、私が行きたい大学まで少し遠いね」正一は目を見開いた。意味がのみ込めず、言葉に詰まる。「だ、大学……?どこの?」「南川(みなみかわ)大学」焼き芋をひと口かじる。本当に甘かった。「そこ
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