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家族を捨てた私が、もう一度「お父さん」と呼ぶまで

家族を捨てた私が、もう一度「お父さん」と呼ぶまで

Por:  涼木Completo
Idioma: Japanese
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実の両親に引き取られてから、私、藤沢遥(ふじさわ はるか)は、家の中にいても、まるで空気のように扱われた。 私の代わりに娘として育てられた莉乃(りの)は、毎日兄に学校まで送り迎えしてもらい、帰れば母が玄関で待っている。 けれど彼らは、私のことを3度も置き去りにした。 最後には誘拐され、3年後に山奥の採掘場で警察に発見されたときには、私はもう生きていなかった。遺体の確認に来た実の母は、私の顔さえ見分けられなかった。 だから、もう一度人生をやり直すことになった私は、育ての父のそばにいようと決めた。 父は忙しくても、毎日決まった時刻に古い自転車で学校へ迎えに来てくれた。後ろに乗って田んぼの間を走り、夕風に吹かれていると、今度こそ置き去りにされずに済むと思えた。 ところが、今度の人生ではなぜか、莉乃が村の我が家に引き取られてきた。 莉乃がこの村で初めて学校へ行った日、抱きついて甘える彼女に、父はすっかりほだされてしまった。申し訳なさそうに私を振り返り、言った。 「遥、悪いが今日は1人で帰ってくれないか?莉乃はまだ道がわからないんだ」 私はうなずいて、「わかった」と答えた。 けれど、翌日も、その次の日も、迎えは来なかった。1か月経っても同じだった。 放課後、私はいつも校門の前で少し待ち、ほかの子たちが迎えに来た家族と帰っていくのを見送った。 結局、私は1人で鞄を背負い、田んぼの脇の道を歩いて帰る。 夕風は変わらず田んぼを吹き抜け、稲がさらさらと音を立てていた。 自転車の後ろに私がいなくても、誰も気にしていないようだった。

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Capítulo 1

第1話

「今まで何してたんだ。飯は鍋に入ってるから、自分で温めて食べろ」

少し開いた居間の戸の向こうから、育ての父、藤沢正一(ふじさわ しょういち)の苛立った声がした。庭の木戸を押し開けようとして、私は手を止めた。

庭のブドウ棚の下には、古い籐椅子に座る一ノ瀬亮介(いちのせ りょうすけ)の姿もあった。

私の実の兄だ。

亮介は仕立てのよい濃いグレーのスーツを着て、手作りの革靴には埃ひとつついていない。苔むした小さな農家の庭や、鶏の羽が散らばる土の地面には、ひどく場違いな格好だった。

彼が今日ここへ来たのも、莉乃に会うためだ。

物音に顔を上げた亮介は、私の泥だらけのスニーカーを見て、すぐに眉をひそめた。

「遥、何時だと思ってるんだ」

カフスボタンをいじりながら、当然のように私を叱りつける。

「莉乃は慣れない暮らしで体調を崩して、薬を飲んでやっと眠ったところなんだぞ。わざと遅く帰ってきて騒ぎを起こせば、構ってもらえるとでも思ったのか?」

私は洗いざらして色の薄くなった通学鞄を背負ったまま、黙って立っていた。

町の学校から村までは、舗装されていない道が8キロも続く。1時間半歩いてきたせいで、かかとは靴擦れを起こし、血がにじんでいた。

それでも、何も言わなかった。

前の人生では、わざとじゃないと懸命に説明したこともあった。けれど、わかってもらおうとするほど、かえって彼らに疎まれるだけだった。

「足音は立てないから、起こしたりしないよ」

亮介の目を見て、淡々と答えた。素直に従うわけでも反抗するわけでもない態度が気に入らなかったのか、彼は鼻で笑った。

「口だけは達者だな。そもそも莉乃がこんな不便な田舎に来ることになったのも、お前のせいだろうが。自分は本当の娘だとわかって得したんだから、少しくらい我慢して、あの子に譲ってやれ」

私は答えず、台所へ向かった。

薄暗い台所では、コンロに置かれたアルミ鍋のふたの縁に、水滴がたまっていた。ふたを開けても、私のために取っておいてくれた温かい食事などない。

縁の欠けた染め付けの茶碗に、誰かが手をつけた残りのおかずが半分ほどと、冷えきったご飯がひと口分、残っているだけだった。おかずには、莉乃の嫌いな細切りのピーマンまで混じっていた。

私は箸を取り、温め直しもせず、少しずつ口へ運んだ。

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ノンスケ
ノンスケ
生き戻っても結局は養女を偏愛した本当の家族と、育ての父。本当の両親は彼女を捨てたことになんら痛みも感じて胃なのを見ると、会社が傾いて一家離散はまぁ妥当かな。育ての父は、最後、ようやく娘の気持ちを汲むことを覚えたって感じ。
2026-10-25 19:20:40
3
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松坂 美枝
松坂 美枝
最後の最後に守ってくれて、色々思うことはあるけどやっぱ感動してしまった これからは親子で幸せにやっていって欲しい
2026-10-25 09:43:32
8
0
ぴよぴよ
ぴよぴよ
んー育てのお父さんがちょっと可哀想すぎて…実家の奴らが後悔する展開であるべきでは 育てのお父さんが悲しむ展開つらつら見せられてちょっとお前育ててもらってそれは…てなりました
2026-10-25 18:26:01
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13 Capítulos
第1話
「今まで何してたんだ。飯は鍋に入ってるから、自分で温めて食べろ」少し開いた居間の戸の向こうから、育ての父、藤沢正一(ふじさわ しょういち)の苛立った声がした。庭の木戸を押し開けようとして、私は手を止めた。庭のブドウ棚の下には、古い籐椅子に座る一ノ瀬亮介(いちのせ りょうすけ)の姿もあった。私の実の兄だ。亮介は仕立てのよい濃いグレーのスーツを着て、手作りの革靴には埃ひとつついていない。苔むした小さな農家の庭や、鶏の羽が散らばる土の地面には、ひどく場違いな格好だった。彼が今日ここへ来たのも、莉乃に会うためだ。物音に顔を上げた亮介は、私の泥だらけのスニーカーを見て、すぐに眉をひそめた。「遥、何時だと思ってるんだ」カフスボタンをいじりながら、当然のように私を叱りつける。「莉乃は慣れない暮らしで体調を崩して、薬を飲んでやっと眠ったところなんだぞ。わざと遅く帰ってきて騒ぎを起こせば、構ってもらえるとでも思ったのか?」私は洗いざらして色の薄くなった通学鞄を背負ったまま、黙って立っていた。町の学校から村までは、舗装されていない道が8キロも続く。1時間半歩いてきたせいで、かかとは靴擦れを起こし、血がにじんでいた。それでも、何も言わなかった。前の人生では、わざとじゃないと懸命に説明したこともあった。けれど、わかってもらおうとするほど、かえって彼らに疎まれるだけだった。「足音は立てないから、起こしたりしないよ」亮介の目を見て、淡々と答えた。素直に従うわけでも反抗するわけでもない態度が気に入らなかったのか、彼は鼻で笑った。「口だけは達者だな。そもそも莉乃がこんな不便な田舎に来ることになったのも、お前のせいだろうが。自分は本当の娘だとわかって得したんだから、少しくらい我慢して、あの子に譲ってやれ」私は答えず、台所へ向かった。薄暗い台所では、コンロに置かれたアルミ鍋のふたの縁に、水滴がたまっていた。ふたを開けても、私のために取っておいてくれた温かい食事などない。縁の欠けた染め付けの茶碗に、誰かが手をつけた残りのおかずが半分ほどと、冷えきったご飯がひと口分、残っているだけだった。おかずには、莉乃の嫌いな細切りのピーマンまで混じっていた。私は箸を取り、温め直しもせず、少しずつ口へ運んだ。
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第2話
胃がかすかに痛んだ。それでも、私はひと口ずつよく噛んで食べた。山奥の採掘場で過ごした3年間には、カビの生えたサツマイモの皮を食べたことさえある。冷たいご飯くらい、何でもなかった。最後のひと口を飲み込んだところで台所の木戸が開き、正一がホーローのマグカップを持って入ってきた。私の空の茶碗を見ると、日に焼けた顔に気まずそうな表情が浮かんだ。「遥、こんなに遅くなるとは思わなかったんだ。冷めてなかったか?」長年工事現場で働いてきた父の手は、あちこちがひび割れている。前は毎日、学校まで迎えに来てくれて、家に着くと真っ先に「腹減ってないか」と聞いてくれた。「ううん。ちょうどよかった」私は茶碗を持って流しへ行き、洗い始めた。冷たい水が、指の関節にしみる。後ろで落ち着かなさそうに手をこすっていた正一が、不意にポケットから何かを取り出した。「今日、莉乃の薬を買いに町へ行っただろ。途中の雑貨屋で見つけてな。かわいかったから、お前に買ってきたんだ」ラインストーンのついた、リボン形の髪留めだった。安っぽいプラスチック製でも、薄暗い明かりの下できらきらと光っていた。蛇口を閉め、手の水を振り払う。受け取ろうとするより先に、居間から足音が近づいてきた。「お父さん、どこ?1人じゃ怖いよ」ピンクのシルクの寝間着を着た莉乃が、裸足で台所の入り口に立っていた。小動物のように怯えきっていた。正一はすぐに振り返り、慌てて髪留めを背中に隠した。「起きたのか、莉乃。まだ具合が悪いのか?」莉乃は答えず、彼が後ろへ回した手をじっと見た。「何を持ってるの?きらきらしてたけど、私へのプレゼント?」首をかしげ、甘えた声で尋ねる。正一は動きを止めて私を振り返った。その目は申し訳なさそうで、助けを求めてもいるようだった。「ああ、これは……その……」「前はね、お兄ちゃんが毎日プレゼントをくれたんだよ」莉乃はうつむき、あっという間に目に涙を浮かべた。「今はお父さんしかいないのに。莉乃のこと、好きじゃないの?」正一は女の子に泣かれると弱い。焦って汗をかき、荒れた手を何度もズボンでぬぐっていたが、とうとう私に買ってきたはずの髪留めを、莉乃へ差し出した。「そんなわけないだろ。莉乃に買ってきたんだよ」取り繕うように笑って、機嫌を取る。「田
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第3話
目が覚めると、まだ夜明け前だった。枕は冷たく濡れていた。いつものように着替え、色あせた学校指定の上着のファスナーを、いちばん上まで引き上げる。部屋を出ると、居間には大小10個以上の立派な箱が並んでいた。昨日、亮介が持ってきた海外製のサプリメントや、高級なお菓子だ。莉乃は食卓につき、そのうちの1つをゆっくりと開けていた。隣では正一が、具を多めにすくって味噌汁をよそっている。「莉乃、この漬物も食べてみろ。父さんが漬けたんだ。町で売ってるやつにも負けないぞ」皿を寄せられた莉乃は、色の濃い漬物を嫌そうに見て、眉をひそめた。「私、朝はシリアルに牛乳って決めてるの。お兄ちゃんが持ってきてくれた箱に入ってるから、そっちを用意してくれない?」正一はすぐに椀を置き、箱の山を探り始めた。私は食卓から乾いて硬くなったパンを1つ取り、そのまま出ていこうとした。すると、莉乃が呼び止めた。「遥、ナッツもあるよ。ママに、あなたにも少し分けてあげなさいって言われたの」手のひらほどの小さな缶を、卓上の端へ押しやる。「頭にいいらしいから、食べてみたら?高校にも入れなかったら困るでしょ」私はその缶を見た。凝った包装に、外国語がびっしり書かれている。けれど、実の母、一ノ瀬美和(いちのせ みわ)が、わざわざ私に分けるよう言いつけるはずはなかった。莉乃のためには山ほど品物をそろえるのに、私のことは、せいぜい思い出したついでに口にしただけなのだろう。――余ったら捨てずに、あの子にやってちょうだい。冷遇しているなんて噂されたら厄介だから。母なら、そんなふうに言いそう。「いらない」パンをポケットに入れて答えたが、莉乃は食い下がってきた。わざわざ立ち上がり、缶を手にして私の前まで来る。「せっかくあげるって言ってるのに。こんな高級なもの、田舎にいたら一生食べられないよ」そう言いながら、無理やり私の手に押しつけてこようとする。だが、私が受け取るより早く、莉乃はわざと手を離した。缶が土間に転がり落ち、開いたふたから高価なナッツがこぼれて土まみれになった。莉乃はとっさに口元を押さえ、ぽろぽろと涙をこぼす。「いらないなら、そう言ってくれればいいのに。どうしてわざと落としたりするの?ママが買ってくれたものなのに。私があなたの居場所を取っち
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第4話
「10万円」という文字を見つめながら、私は思わず用紙を握りしめた。それだけあれば、遠く離れた南の町へ行く長距離バスのチケットが買える。向こうに着いてからの当面の生活費にもなるはずだ。「ありがとうございます。頑張ります」私は申込用紙を丁寧に折り、制服の内ポケットにしまった。放課後のチャイムが鳴ると、生徒たちは一斉に校門へ向かって飛び出していく。迎えに来た親のもとへ笑顔で走っていく同級生たちを、私はいつもの古い木の下から見つめていた。道路の向こうには、古い自転車を止めた正一がいる。白いワンピース姿の莉乃が、蝶のように彼のもとへ駆け寄っていく。正一は目尻を下げ、自転車の荷台にわざわざきれいなタオルを敷いてから、莉乃を乗せてやった。自転車はゆっくりと走り出し、私の目の前を通り過ぎていく。夕風に吹かれながら、私はすっと目をそらし、鞄を背負い直した。ぬかるんだ田んぼのあぜ道へと、1歩ずつ足を踏み出す。「遅いな……」私はぽつりとつぶやいた。「もっと早く、お金を貯めないと」……コンテストで最優秀賞を取り、賞金の10万円を受け取った。それから数日後の朝、村に黒いベンツがやってきた。でこぼこの農道で泥水を跳ね上げながら、藤沢家の古い木戸の前に止まる。重厚なドアが開き、7センチのヒールを履いた美和が降りてきた。シルクのワンピースにカシミヤのショール。隙のないメイクも相まって、周囲のさびれた農村の風景から浮いていた。この人が私の実の母だ。前の人生で、「どうして帰ってきたの。死んでくれればよかったのに」と私に言い放った人でもある。「ママ!」家から飛び出した莉乃が、その胸に飛び込んだ。「莉乃、顔をよく見せて……なんだか少し痩せたんじゃない?」美和は莉乃の頬をなで、あっという間に目に涙を浮かべた。「こんなひどい環境に住まわせて、かわいそうに。今日は町へ行きましょう。新しいお洋服を買って、おいしいものをたくさん食べようね」隣に立つ正一はもみ手をして、上司に叱られた部下のように縮こまっていた。「奥さん、莉乃ちゃんはここでもすごくいい子にしてますよ。ご飯もしっかり食べてますし」美和は正一の顔をまともに見ようともせず、そっけなく相槌を打った。そして、裏庭から汚れた水の入ったたらいを運んできた私を横目で捉え
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第5話
去年のデザインとはいえ、仕立てはよく、驚くほど私の体に合っていた。青白く沈んでいた顔色も、服のおかげで少しだけ明るく見える。莉乃は唇を噛み、美和を振り返った。「ママ、やっぱりそれ、私のほうが似合うと思う。遥は毎日お父さんの畑仕事を手伝ってるんでしょ?そんな服着てたら、すぐに泥だらけになっちゃうよ」美和はためらうことなく私の前に立ち、値踏みするように冷たい視線を送った。「脱ぎなさい」相談ではなく、命令だった。「あなたには地味すぎるわ。それに莉乃の言う通り、畑仕事の邪魔になるでしょ。自分の身の丈に合った服を選びなさい。何でも欲しがればいいってもんじゃないのよ」手入れの行き届いた美和の顔を見つめる。その言葉は鈍い刃のように、私の心をじわじわと痛めつけた。前の人生なら、悔しくて泣いていたかもしれない。私だって新しい服を着ていいはずだと、必死に訴えただろう。けれど今は、ばかばかしいだけだった。「わかった」私は試着室へ戻り、未練もなくワンピースを脱いだ。洗いすぎて黄ばんだ、古いTシャツに着替える。外へ出るころには、莉乃が鏡の前で、あのワンピースを体に当てていた。いつの間にか正一も来ていて、入り口に立ち、莉乃へ愛想笑いを向けていた。「莉乃は色が白いから、よく似合うな。お姫様みたいだ」私に気づくと、正一は少し笑みを引っ込めた。「ほら、莉乃にぴったりじゃないか。村は泥だらけなんだから、お前がそんな高い服を着たってどうせ汚れるだけだ。あとで汚れの目立たない丈夫な服を、お前にも2枚買ってやるからな」私は父を見て、うなずいた。「ありがとう、お父さん」会計を待つ間に、トイレへ行くと言って、1人で百貨店を抜け出した。通りを2本渡ると、高速バスのターミナルがある。私は窓口へ行った。「すみません。南川市へ行くバスは、いちばん早くていつ乗れますか?」「空席があるのは、明日の夜の便ですね」係の女性がモニターを確認して答えた。「それを1枚、お願いします」チケット代を払ったあと、ポケットに残った賞金を、私は確かめるように握りしめた。自分の力で手に入れたこのお金が、あの家族との縁を完全に断ち切る唯一の希望になる。百貨店へ戻っても、誰も私を捜してはいなかった。「どこをほっつき歩いてたのよ」美和がブラ
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第6話
とうとう、校長が私の名前を呼んだ。「それでは、数学コンテストで最優秀賞を受賞した、藤沢遥さん。ステージへどうぞ!」大きな拍手の中、私は立ち上がり、ゆっくりとステージへ向かった。客席を埋める人たちを見渡しても、あの青いシャツも、見慣れた父の姿もなかった。両手で学校からの表彰状を受け取り、カメラに向かって、ただ形どおりに頭を下げる。ステージから降りると、恵子が気遣わしげに尋ねた。「お父さんは?いつもあんなにあなたを大切にしているのに、こんな大事な日に来られなかったの?」私は表彰状に目を落とし、静かに答えた。「もっと大事な用事があったんだと思います」放課後になっても、正一は来なかった。鞄を背負い、薄い表彰状を持って、1人で家へ帰った。木戸を開けると、家の中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。正一だけでなく、美和と亮介の姿もあった。みんなが囲む食卓には、大きな3段のチョコレートケーキが置かれている。真ん中に座る莉乃は、プラスチックの王冠をかぶり、切り分けられたケーキの皿を手に満面の笑みを浮かべていた。「莉乃、よく頑張ったわね。注射されても全然泣かなかったものね」美和が愛おしそうに莉乃の髪をなでる。そのとき初めて、莉乃の左手の人さし指に、白いガーゼが巻かれているのに気づいた。正一がスープを持って台所から出てきた。入り口にいる私を見て、急に足を止め、顔をこわばらせた。「遥、帰ったのか」慌てて器を置き、エプロンで手を拭く。「いや、違うんだ……今朝、莉乃がカッターで指を切ってしまってな。結構血が出たもんだから、慌てて診療所へ連れて行ったんだ。手当てをしてもらっていたら一ノ瀬さんたちも駆けつけてきて……お前の表彰式に、わざと行かなかったわけじゃない。ただ……」父が言い終わる前に、莉乃が口を挟んだ。「お父さん、また指が痛くなってきた」正一はすぐに振り返った。「どこかにぶつけたのか?ほら、父さんがふうふうしてやろう」私はその場に立って、2人を見ていた。手にした表彰状の端が、指に食い込んでいた。それなのに、悲しみは少しも湧かなかった。むしろ、ようやく何もかも諦めがついて、肩の荷が下りたようだった。居間を通り、自分にあてがわれた小部屋へ戻る。誰にも気づかれないよう、古い丈夫なリュックを引っ張り出し
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第7話
夜行バスは山道を一晩中走った。埃のついた窓から差す朝日に顔を照らされ、私は目を開けた。遠くに、朝もやにかすむ見知らぬ町並みが広がっている。南川市(みなみかわし)に着いたのだ。あの山村から遠く離れた、南の町だった。空気には、潮の匂いがかすかに混じっていた。。バスを降りても中心街へは行かず、人に道を尋ねながら、古い住宅が密集する一角へ向かった。入り組んだ路地にはさまざまな人が暮らし、家賃も安く、入居時に細かく身元を聞かれずに済んだ。私は「住み込み従業員募集」の貼り紙がある、小さな食堂の前で足を止めた。ふくよかな女将が、入り口でうちわを片手に涼んでいる。「すみません。まだ、皿洗いの募集はしていますか?」足元にリュックを置いて尋ねた。声は小さくても、はっきり言えた。女将は、私の痩せた体を上から下まで眺め、眉を寄せた。「あんた、いくつだい?うちじゃあ子どもを働かせるわけにはいかないよ」「18です」ためらわず嘘をつき、袖から手を出し、硬くなったまめをわざと見せた。「仕事は早く覚えます。汚れる仕事でも力仕事でも、なんでもやります。三度のご飯と寝る場所さえあれば、お給料はいくらでも構いません」女将は私の手を見て、ため息をついた。「じゃあ、奥の厨房にたまってる皿を全部洗ってみな。ちゃんと綺麗にできるなら、置いてあげるよ」山田幸江(やまだ ゆきえ)というその女将の店で、私は暮らすことになった。昼は厨房に積み上がった油だらけの皿を洗い、夜は屋根裏の小さな物置で眠る。働き始めて3日目の午後、前借りしたお金で、路地の入り口にある中古品店から古い携帯電話を買った。用意した新しい番号で、かつての担任へ電話をかける。「はい、どちら様ですか?」恵子の疲れた声が聞こえた。「高橋先生、遥です」向こうが一瞬静まり、続いて椅子の倒れる大きな音がした。「遥さん?!今どこにいるの!お父さんが必死に探してるって知ってるの?」取り乱した声が裏返っていた。「昨日なんて、お父さんが学校の校庭でずっと頭を下げていたのよ。遥さんの居場所を知らないかって。警察の人まで来て、もう大騒ぎなの!」私は電話を握ったまま聞いていた。自分とは何の関係もない、知らない人の話のようだった。「先生、もう、そちらの学校には戻りません」居場
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第8話
【遥、父さんが悪かった。どうか帰ってきてくれ。莉乃には一ノ瀬の家に帰ってもらう。これからはお前だけを大事にするから】その言葉を見つめたまま、画面に触れかけた指を数秒だけ止めた。それから電源を切り、カードを抜いた。手のひらを傾けると、悔しさも屈辱も詰まった小さなカードが、排水溝の隙間から暗がりへ落ちていった。……南川市には、早くも夏が訪れていた。蒸し暑さに、体まで溶けてしまいそうだった。食堂の厨房で働き始めて、もう2か月になる。洗い桶は3つも取り替え、手のまめはさらに分厚くなった。幸江は短気だが、意地の悪い人ではない。私が疲れた顔をしていると、こっそりご飯の下に目玉焼きを隠し入れてくれることもあった。誰の機嫌も取らず、顔色もうかがわずに暮らせる。それが、今までにない安心感をくれた。ところが、ある日の夕方だった。客の引いた店内では、壁に取り付けられた、油汚れの目立つ古いテレビが、地元のニュースを流していた。私は洗った野菜を入れたたらいを厨房から運び出し、作業台へ置いた。そのとき、聞くだけで胃液が込み上げてくるような、覚えのある声がした。「遥、この放送を見ていたら、すぐ家に連絡しなさい」顔を上げると、画面には行方不明者の情報を求めるテロップが大々的に映っていた。中学2年のときに撮ったぼやけた写真の横に、「謝礼金1000万円」と大きく書かれている。取材に答えているのは、実の兄の亮介だった。仕立てのいい高級スーツを着こなし、眉間に皺を寄せる姿も、人を見下すような態度も、少しも変わっていなかった。「こちらとしては十分待ったし、反省する時間も与えてやったはずだ」マイクに向かって語るその口ぶりは、妹を案じるものではなく、最後通告のようだった。「お前の身勝手なわがままのせいで、正一さんは心労で倒れたんだぞ。莉乃も自分のせいだと気にして、食事も喉を通らない状態だ。家出なんて子どもじみた真似はいい加減にして、今すぐ戻って来い。今なら、まだ許してやる」私は作業台の前で、思い上がった兄の顔を見つめていた。心配しているふりさえしない。私がこんなことをするのも、彼らのわずかな関心を引きたいからだと、信じ込んでいるのだ。レジの後ろで煎餅を食べていた幸江が、呆れたように声を上げた。「1000万円だってさ!この子、何し
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第9話
半分下がった窓の奥で、たばこの火が赤く光っていた。薄暗い街灯の光に、見覚えのある輪郭が浮かぶ。昔は山のように大きく見えた背中が、今はすっかり小さく丸まっていた。正一だった。お気に入りの青いシャツではなく、汚れて元の色もわからない肌着を着ている。髪は乱れ、頬骨が浮き、まるで別人のように痩せていた。たばこを挟む手も、小刻みに震えている。私が立ち止まったのに気づくと、正一は勢いよくドアを開け、よろめきながら降りてきた。私が何か言うより早く、2メートルも離れていないところで、油汚れのついた路面に両膝をついた。「遥……」喉を傷めたような、ひどくかすれた声だった。「やっと……やっと、見つけた」……路地が一瞬、静まり返ったように感じた。少し離れたところで犬が吠え、大通りのクラクションと重なって聞こえた。私は、汚れた水の中に膝をつく正一を見下ろした。すえた臭いのする泥水にズボンがべったりと浸かっている。昔、何度も私を高く抱き上げてくれたその手は今、敷石の隙間に指を食い込ませていた。爪には黒い泥が詰まり、血までにじんでいた。「立って」驚きも怒りも湧かなかった。私は冷めた声で言った。正一は動かず、顔を上げた。血走った目で、今にも消えてしまうものを見るように、私を見つめている。「遥、父さんと帰ろう」声が震え、涙が頬の汚れを伝って、真っ黒な2本の筋を作った。「悪かった。父さんが、本当に悪かった……」「帰るって?」私はオウム返しに言い、自分自身を嘲笑うように口元をゆがめた。「どこへ帰るの?莉乃しか大事にしない、あの家?それとも、一ノ瀬の家に情けで置いてもらうの?」正一は激しく首を振った。膝をついたままこちらへ近づき、私のズボンの裾に手を伸ばす。私が1歩下がると、その手は宙に止まり、やがて力なく落ちた。「違う。そうじゃないんだ……お前はしっかりしてるから、何でもわかってくれると思ってた。莉乃はわがままなところがあるだろ。少しあの子のペースに合わせてやれば、早くこっちの生活に慣れると思ったんだ」不意に、正一は自分の頬を力任せに打った。乾いた音が、静かな路地に響く。「最低の父親だよな。でも、父さんは……ずっと、お前のために少しずつ貯金をしてたんだ」震える手で懐からしわくちゃのビニール袋を取り出し
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第10話
私はもう、彼を「お父さん」とは呼ばなかった。「そんな言い訳を並べて泣けば、私が前みたいに『大丈夫だよ』って許すと思った?それで、また自分のことを後回しにして、黙って我慢すると思ったの?」正一は呆然としていた。こんな返事が返ってくるとは、思いもしなかったようだ。「黙ってお金を貯めてたって言われても、それであなたが私にとっていいお父さんだったことにはならないよ」私は正一の目を見て、言葉を重ねた。「莉乃を優先したのは、あの子がわがままだったからだけじゃない。一ノ瀬家の人たちの目があったからでしょう。あの人たちには頭が上がらないから、私を我慢させてまで、大切な娘の面倒をちゃんと見られる、立派な父親だって認めてもらいたかったんだよね」もう1歩下がり、距離を取った。「平等にする方法がわからなかったんじゃないよ。2人のうちどっちかを選ぶとき、あなたはいつも、迷わず私を切り捨ててきただけじゃない」正一の顔から血の気が引いた。口を開いても、声は出てこなかった。私はその脇を通り、階段へ向かった。「帰って。恨んでないけど、許すつもりもないから」振り返らずに階段を上がり、戸を閉めた。暗がりで膝をつく正一も、今さら向けられる愛情も、外に残したまま。……翌日も、正一は帰らなかった。ただ、私に直接会いに来ることもなかった。路地の入り口に、足の不自由な年配の店主が営む自転車修理店がある。幸江によると、昨夜ここで膝をついていた男が、そこの手伝いとして雇われたらしい。「遥、あの男は一体あんたの何なのさ?」厨房で肉を切りながら、幸江が探るように尋ねてきた。「人違いみたいです。ちょっと頭のおかしい人で」私は野菜の水を切りながら答えた。またいつもの暮らしに戻れると思ったが、一ノ瀬家の人たちは、私が思っていたほど気の長い人間ではなかった。正一が私を見つけてから3日目の午後、黒いベンツのSUVが3台、狭く古びた路地へ無理やり入ってきた。路面の汚水を跳ね上げる車に、近所の人たちが何事かと顔を出す。ドアが開き、今度は一家そろって降りてきた。先頭は実の父、一ノ瀬雅臣(いちのせ まさおみ)だった。きちんとしたスーツを着て、黙っていても人を従わせるような威圧感がある。すぐ後ろには、美和が華やかなワンピース姿の莉乃と手をつないでいた
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