「今まで何してたんだ。飯は鍋に入ってるから、自分で温めて食べろ」少し開いた居間の戸の向こうから、育ての父、藤沢正一(ふじさわ しょういち)の苛立った声がした。庭の木戸を押し開けようとして、私は手を止めた。庭のブドウ棚の下には、古い籐椅子に座る一ノ瀬亮介(いちのせ りょうすけ)の姿もあった。私の実の兄だ。亮介は仕立てのよい濃いグレーのスーツを着て、手作りの革靴には埃ひとつついていない。苔むした小さな農家の庭や、鶏の羽が散らばる土の地面には、ひどく場違いな格好だった。彼が今日ここへ来たのも、莉乃に会うためだ。物音に顔を上げた亮介は、私の泥だらけのスニーカーを見て、すぐに眉をひそめた。「遥、何時だと思ってるんだ」カフスボタンをいじりながら、当然のように私を叱りつける。「莉乃は慣れない暮らしで体調を崩して、薬を飲んでやっと眠ったところなんだぞ。わざと遅く帰ってきて騒ぎを起こせば、構ってもらえるとでも思ったのか?」私は洗いざらして色の薄くなった通学鞄を背負ったまま、黙って立っていた。町の学校から村までは、舗装されていない道が8キロも続く。1時間半歩いてきたせいで、かかとは靴擦れを起こし、血がにじんでいた。それでも、何も言わなかった。前の人生では、わざとじゃないと懸命に説明したこともあった。けれど、わかってもらおうとするほど、かえって彼らに疎まれるだけだった。「足音は立てないから、起こしたりしないよ」亮介の目を見て、淡々と答えた。素直に従うわけでも反抗するわけでもない態度が気に入らなかったのか、彼は鼻で笑った。「口だけは達者だな。そもそも莉乃がこんな不便な田舎に来ることになったのも、お前のせいだろうが。自分は本当の娘だとわかって得したんだから、少しくらい我慢して、あの子に譲ってやれ」私は答えず、台所へ向かった。薄暗い台所では、コンロに置かれたアルミ鍋のふたの縁に、水滴がたまっていた。ふたを開けても、私のために取っておいてくれた温かい食事などない。縁の欠けた染め付けの茶碗に、誰かが手をつけた残りのおかずが半分ほどと、冷えきったご飯がひと口分、残っているだけだった。おかずには、莉乃の嫌いな細切りのピーマンまで混じっていた。私は箸を取り、温め直しもせず、少しずつ口へ運んだ。
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