第1話 本物の番を連れて帰ってきた夫 結婚記念日の夕食というものは、こんなにも惨めに冷めていくものなのだと、セレナは三年目にして初めて知った。 窓の外では夕刻から降り始めた雨が、夜が深くなるにつれて勢いを増していた。グレイウルフ公爵家の古い館は石造りで、夏の終わりだというのに雨の日は妙に冷える。暖炉には薪を多めに入れてもらったが、それでも広すぎる食堂には湿った空気が残り、長い卓上に並べた料理から立ち上っていた湯気も、とうに消えてしまっている。 セレナは壁際の大時計へ目を向けた。 十一時を過ぎていた。「奥様、もうお下げしてもよろしいのではありませんか」 控えていた年嵩の侍女マーサが、とうとう見かねたように口を開いた。「旦那様は今夜、戻られないのかもしれません。明日の朝にでも改めて――」「いいの。もう少し待ちます」「ですが、夕刻からもう三度も温め直しております。このままでは料理人たちも帰れません」 責める口調ではなかった。それがかえって辛かった。 セレナは小さく息を吐き、目の前の皿へ視線を落とした。鹿肉を赤葡萄酒と香草で柔らかく煮込んだものは、ダミアンが好んで食べる料理だった。焼いた根菜に、胡桃と蜂蜜を使った温かなソース。北部では珍しい柑橘を取り寄せて作った菓子まで用意してある。 この日のために、一週間前から料理長と相談していた。 去年はダミアンが国境視察で不在だった。一昨年は軍務会議が長引いた。最初の結婚記念日は、そもそもセレナ自身が黒月病の発作を起こした彼を一晩中看病していたため、祝いどころではなかった。 だから今年こそは、と勝手に思っていた。 朝、執務室へ向かうダミアンに「今夜は早くお戻りになりますか」と尋ねたとき、彼は書類から目も上げず、「ああ、たぶんな」と答えた。 たったそれだけだった。 それでもセレナは、その「たぶん」に期待してしまった。「……そうね。みんなを帰してあげてください。料理も、もう下げて構いません」「奥様は?」「少しだけここにいます。もし旦那様がお戻りになったら、温かいスープくらいは出せるでしょう?」 マーサの眉間に浅い皺が寄った。「奥様までお待ちになる必要はございません。旦那様は大人でいらっしゃいます。腹が減れば、ご自分で厨房に人を呼ぶことくらいできます」「マーサ」「申し訳ございません。ただ……
最終更新日 : 2026-10-01 続きを読む