All Chapters of 「本物の番を見つけた」と夫に捨てられ処刑されかけた私、敵国最強の人狼王に溺愛されています ~: Chapter 11 - Chapter 20

21 Chapters

第11話 罪人の檻で、私の中の狼が目を覚ました

第11話 罪人の檻で、私の中の狼が目を覚ました 地下へ続く階段は、思っていたより長かった。 監察局の上階ではまだ人の声や紙をめくる音が聞こえていたのに、一段、また一段と降りるたび、それらが遠ざかっていく。代わりに耳へ残るのは、衛兵の靴底が石段を踏む硬い音と、どこかから落ちる水滴の規則的な響きだった。 銀製の拘束具は、まだ手首に巻かれている。 先ほど感じた焼けるような痛みは少し収まったものの、完全には消えていない。むしろ皮膚ではなく、その奥にある何かが銀を嫌がっているような、不快な熱がじわじわと続いていた。「大丈夫ですか」 前を歩いていたエドガーが振り返る。「歩けます」「そういう意味ではありません」 セレナは少しだけ眉を上げた。「では、どういう意味ですか」「拘束具の反応です。通常、この程度の銀で皮膚が赤くなることはありません」「私にも分かりません」「狼を持つ者でも、銀にここまで反応するのは珍しい」「私は、その狼を持たないと言われて生きてきました」「……そうでしたね」 エドガーはそれ以上聞かなかった。 だが、完全に納得した顔でもなかった。 階段の下には厚い鉄扉があり、二人の衛兵が待っていた。エドガーが文書を見せると、重い鍵が回される。 扉の向こうにあったのは、いわゆる牢獄だった。 上階の保護房とは違う。 石の壁。 鉄格子。 最低限の寝台。 小さな水差し。 窓はなく、壁に固定された灯火だけが頼りだった。 それでも、地下牢としては清潔に保たれている。床に藁が散らばっているわけでもなく、悪臭が漂っているわけでもない。
last updateLast Updated : 2026-10-10
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第12話 あなたが守ったのは、私ではなかった

第12話 あなたが守ったのは、私ではなかった 二日後の朝、セレナは地下拘置区画から連れ出された。 予備審理が行われる日だった。 夜明けを知らせる鐘の音は地下までは届かない。それでも、いつもより早く食事が運ばれ、しばらくして王家直属審問局の兵士が二人現れたことで、時間が来たのだと分かった。「移動します」「分かりました」 セレナは立ち上がり、差し出された両手を前に揃えた。 例の銀製拘束具については、初日に強い炎症を起こしたため使用されなくなっている。代わりに今朝は、魔術封じの刻印を施した革製の細い拘束帯が巻かれた。 自分に封じなければならないほどの魔力があるのかどうかさえ、まだ分からない。 大公が探しているという老薬師からも、今のところ話は届いていなかった。 胸の奥にいる何かも、あの日以来、はっきりした声を聞かせてはいない。ただ、ときおりセレナが恐怖や怒りを感じたときだけ、そこに大きな獣が横たわっているような温かさを感じる。 それだけだった。 今は、その正体より先に、自分が罪人にされるかどうかを心配しなければならない。「今日は誰が出席するのですか」 廊下を歩きながら、前を行くエドガーへ尋ねた。「審問官、監察官、王家の法務官。それから事件関係者の一部です」「関係者というと?」「グレイウルフ大公殿下とダミアン様には召喚状が出ています。財務官、金庫番、それから数名の使用人にも」 そこで一拍置いた。「ヴィオラ・レイン様にも」 セレナの足がほんの少し遅くなる。「彼女にも?」「あなたの私室へ出入りした使用人の動きを確認する過程で、必要と判断されました」「何か分かったのですか」「審理前ですので、私からは
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第13話 夫は真実より、彼女を守ることを選んだ

第13話 夫は真実より、彼女を守ることを選んだ 正式起訴が決まってから三日目の朝、セレナは一通の紙を渡された。 王都特別法廷への送致予定が記された通知だった。 書面の中央には王家の紋章、その下には国家反逆罪、王家救済基金横領、敵対勢力への資金供与という罪状が整然と並んでいる。 自分の名前の横に「被告人」と書かれていることに、まだ慣れない。 何度読んでも他人の話のように見える。「署名をお願いします」 牢の前に立つ書記官から羽根ペンを渡され、セレナは紙の下部へ名前を書いた。 セレナ・ヴァレン。 自分の字だ。 偽造された署名を何度も見たあとでは、自分の名前を書くことさえ妙な気分になる。「これで?」「結構です」「裁判はいつですか」「早ければ五日後。王都から裁判官が到着次第、日程が確定します」「五日……」 思ったより早い。 国家反逆事件は長く調べるものだと思っていたが、王家の資金が国外へ流出した事実そのものはすでに確認されている。そのうえ書類も金貨も自分を指しているのだから、法廷側からすれば、十分な材料が揃っているのかもしれない。「処刑になる可能性は、やはり高いですか」 思わず聞いた。 書記官は露骨に困った顔をした。「私から申し上げることでは……」「そうですよね。ごめんなさい」「いえ」 彼は一礼し、足早に去っていった。 謝らなくていい場面で謝る癖は、牢に入ってもなかなか治らないらしい。 セレナは苦笑しながら通知を机へ置いた。 小さな机には、昨日エドガーの許可を得て借りた
last updateLast Updated : 2026-10-12
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第14話 彼女の手紙に、私を陥れた言葉があった

第14話 彼女の手紙に、私を陥れた言葉があった ルシアン・ヴォルク。 その名前を聞いてから、セレナの胸の奥はしばらく落ち着かなかった。 ノクティス王国の王。 大陸西方を束ねるライカンの中でも、最強と呼ばれる男。 戦場では容赦がなく、反逆者には慈悲を見せず、外交の席では笑顔一つで相手の要求を退ける――そんな噂なら、社交界にほとんど関心のなかったセレナでさえ知っている。 その王が、自分の身柄と健康状態について正式な外交照会を送ってきた。 しかも、処刑などの取り返しのつかない処分を行うなら、事前に知らせろと。 どう考えても異常だった。「私は、あの方に会ったことがないのよね……」 地下牢へ戻されたあと、セレナは寝台へ腰掛けたまま呟いた。 胸元へ手を当てる。 名前を聞いたときに感じた熱は、もう薄れている。 けれど消えてはいない。 むしろ、自分の内側にいる何かが、遠く離れた存在へ意識を向けているような奇妙な感覚が残っていた。「あなたは知っているの?」 もちろん、返事はない。「私より顔が広いのね」 少しだけ笑った。 牢の中で自分の狼らしきものへ冗談を言うことに、以前ほど抵抗がなくなっている自分が怖い。 それでも、何も分からない不安に押し潰されるよりはましだった。 その日の午後、再びエドガーが現れた。 今度はいつもの革袋だけでなく、かなり厚い書類の束を抱えている。「また何か出たのですね」 セレナが言うと、彼は足を止めた。「なぜ分かるのです」「あなた、何もない日はそんな顔をしません」「私はそんなに分かりや
last updateLast Updated : 2026-10-13
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第15話 処刑まで三日、元夫はようやく私を信じた

第15話 処刑まで三日、元夫はようやく私を信じた 死刑を告げられたあと、人は何を考えるものなのだろう。 家族の顔を思い浮かべるのかもしれない。 やり残したことを悔やむのかもしれない。 神へ祈る者もいるだろうし、泣き叫んで無実を訴える者もいるだろう。 セレナが最初に考えたのは、ひどく場違いなことだった。「三日しかないなら、マーサに返すはずだった本、返せないわね」 口にしてから、自分でも妙だと思った。 地下牢へ戻される途中だった。 前を歩いていたエドガーが振り返る。「本、ですか」「ええ。薬草の本を借りていたんです。荷物の二箱目に入れたままで」「……今、考えることがそれですか」「自分でもそう思います」 セレナは小さく笑おうとしたが、口元は思うように動かなかった。 本当は、何を考えればいいのか分からないだけだった。 三日後。 公開処刑。 あまりにも具体的な日数を与えられると、「死ぬ」という出来事がかえって現実から遠ざかる。 明日があって。 明後日があって。 その次の日には、自分はいない。 理解できるのに、理解したくない。「王都への異議申立てはできますか」 セレナが尋ねると、エドガーの歩みが一瞬鈍った。「大公殿下がすでに手続きを始めています」「止められる可能性は?」「……あります、と無責任には言えません」「低いのですね」 答えはなかった。 セレナは、それ以上聞かなかった。 重
last updateLast Updated : 2026-10-14
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第16話 黒狼王は、私の処刑を止めに来た

第16話 黒狼王は、私の処刑を止めに来た ルシアン・ヴォルク国王が領都へ入った。 その知らせは、地下牢にいるセレナのところへ届くまで、それほど時間を要しなかった。 誰かが正式に教えてくれたわけではない。 廊下を走る衛兵の数が増え、交代のたびに短い会話が飛び交い、それまで静かだった監察局の地下にまで、地上の緊張が染み込んできたのだ。「黒狼騎士団は西門の外で待機させたらしい」「全員じゃない。王自身と近衛二十名だけが入城した」「二十名でも十分だろ。ノクティスの黒狼近衛だぞ」「王都からの返答は?」「まだだ。だが大公殿下が迎えに出たらしい」「ダミアン様も?」「当然だろう。あの王が何をしに来たと思ってるんだ」 そこで声が小さくなる。「……あの女だよ」 セレナは寝台に腰掛けたまま、扉の向こうへ目を向けていた。 あの女。 自分のことだ。 少し前までは公爵夫人だった。 今は国家反逆罪の死刑囚。 そして、会ったこともない外国王が自ら国境を越えてくる理由になっているらしい。 どう考えてもおかしい。「本当に、何なの……」 胸へ手を当てる。 ルシアンの名前を聞いて以来、内側の熱は消えなかった。 痛くはない。 黒月病の発作を起こしたダミアンのように、身体が内側から裂けそうになるわけでもない。 むしろ反対だった。 熱いのに落ち着く。 ずっと閉じた部屋の中にいたものが、遠くから近づいてくる何かの気配を感じ、扉の前まで歩いてきたような感覚だった。
last updateLast Updated : 2026-10-15
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第17話 処刑台で、黒狼王は剣を抜いた

第17話 処刑台で、黒狼王は剣を抜いた 処刑まで十二時間を切ったと知らされた夜、セレナはほとんど眠れなかった。 眠れないのは当然だと思っていた。 明日の朝、自分の首が刎ねられる。 そう理解しているのに、身体のほうは妙に現実的で、喉が渇けば水を欲しがり、冷えれば毛布を引き寄せ、長く座っていれば腰が痛くなった。 死ぬ予定が決まったからといって、人間の身体は急に特別なものにはならないらしい。「変なの」 寝台の上で膝を抱えながら呟く。 怖い。 間違いなく怖かった。 けれど、数日前まで想像していたほど取り乱してはいない。 泣き疲れたせいかもしれない。 あるいは。 胸の奥に、あの温かさがあるからかもしれなかった。 ルシアンに会ってから、それはずっと消えずに残っている。 大きな狼が、自分の胸の内側で身体を丸め、眠らずにこちらを守っているような感覚。 外からは、遠くの鐘の音が一度だけ聞こえた。 夜半を知らせる鐘だろう。 あと何時間あるのか、計算しようとしてやめた。 数えても、朝が遅くなるわけではない。「ルシアン陛下、どうするつもりなのかしら」 あの男なら何かする。 根拠はない。 けれど、言葉だけではなく行動を見ろと言った人だ。 その彼が「諦めない」と言った。 信じ切るのは怖い。 期待するのも怖い。 それでも、まったく期待していないと言えば嘘になる。 そのとき、胸の奥の狼がわずかに動いた。「あなたまで期待しているの?」 返事はない。「もし
last updateLast Updated : 2026-10-16
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第18話 私は、誰の所有物にもならない

第18話 私は、誰の所有物にもならない「月の女王となる者です」 老薬師の言葉が、朝の広場に落ちた。 つい先ほどまでセレナの処刑を見届けようと集まっていた人々が、今度はまったく別の意味で息を呑んでいる。 処刑台の床には、まだ銀白色の狼の影が残っていた。 セレナが動けば影も動く。けれど、人間の影とは明らかに違っていた。四本の脚を持つ巨大な狼は、まるでセレナ自身を守るように、その身体を包み込む位置に立っている。「待ってください」 真っ先に声を出したのは、セレナ自身だった。「月の女王って、何ですか。私は昨日まで国家反逆罪で処刑される人間だったんですよ。それが急に女王だなんて言われても、話が飛びすぎています」 もっと驚くべきところがあるだろうに、口から出たのはそんな言葉だった。 老薬師は膝をついたまま、何とも言えない顔をした。「お変わりになりませんな」「以前の私をご存じなのですか」「十七のころ、一度だけ診ております」「それなら、まず立ってください。年上の方に跪かれると落ち着きません」 群衆の中から、ごく小さな笑いが漏れた。 緊張が張り詰めすぎていたせいだろう。 老薬師自身も少しだけ笑い、膝へ手をつきながら立ち上がった。「では、お言葉に甘えましょう」 その瞬間、王家の法務官が我に返った。「待て! まだ執行停止が正式に確定したわけではない!」 広場の空気が再び硬くなる。「審問官が勝手に延期を宣言したにすぎません。王都からの命令は有効です。血統が何であろうと、この女は国家反逆罪で有罪とされた死刑囚だ!」「その有罪判断自体に重大な瑕疵があると言っている」 ギルベルトが前へ出た。「
last updateLast Updated : 2026-10-17
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第19話 黒狼王の客人になった元死刑囚

第19話 黒狼王の客人になった元死刑囚 処刑場からノクティス王国の使節館まで、馬車なら十五分ほどだった。 たったそれだけの距離なのに、セレナにはひどく長く感じられた。 窓の外には、いつもと変わらない領都の朝が流れている。パン屋の煙突から白い煙が上がり、荷車を引く商人が通りを横切り、開店準備をする店員が軒先を掃いていた。 ほんの少し前まで、自分はこの朝の続きを見ることすらないはずだった。 道の向こうで母親に手を引かれている子どもを見ただけで、胸の奥が妙に詰まる。店先に並ぶ赤い林檎を見ても、あれを食べられるのだと思ってしまう。 生き延びたからといって、世界が急に美しくなるわけではない。 ただ、昨日まで当たり前だったものに、値段がついたように感じる。「気分が悪いか」 向かいから声をかけられ、セレナは窓から視線を戻した。 同じ馬車にはルシアンが乗っている。 本来なら国王専用の馬車なのだろう。黒革張りの座席は柔らかく、揺れも驚くほど少ない。「いいえ。外を見ていただけです」「顔色が白い」「元からです」「そういう誤魔化し方をするな」 即座に返され、セレナは少し口を尖らせた。「処刑されかけた直後なんですから、多少顔色が悪いくらい仕方ないでしょう」「だから聞いた」「……そうですね」 この男との会話は、ときどき妙に調子が狂う。 心配されると、つい「大丈夫です」と答えたくなる。 するとルシアンは、それを許してくれない。「少し疲れています」 言い直すと、彼は頷いた。「では着いたら休め」「先に事情聴取とか、血統検査とかがあるのでは?」
last updateLast Updated : 2026-10-18
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第20話 優しくされると、借りを作った気がする

第20話 優しくされると、借りを作った気がする 翌朝、セレナが目を覚ましたとき、最初に感じたのは静けさだった。 地下牢のような、息を潜めなければならない静けさではない。厚いカーテンの向こうから朝の光が柔らかく滲み、廊下では使用人が足音を抑えて行き来している。どこか遠くで食器の触れ合う音も聞こえた。 それでも数秒のあいだ、自分がどこにいるのか分からなかった。 天蓋。 柔らかな寝具。 窓。 鉄格子のない窓。 そこまで確認して、ようやく昨日のことが戻ってくる。 処刑。 停止。 月血。 使節館。 そして、自分で選んだ林檎と焼きたてのパン。「……生きてる」 声に出すと、少し可笑しかった。 昨夜までも生きていたし、今朝も当然のように身体はここにある。 それでも、一晩眠ってから迎えた朝には、昨日とは違う重みがあった。 セレナは寝台から降り、窓を開けた。 冷たい朝の空気が入り込む。 使節館の庭には、黒い制服を着たノクティスの騎士が何人か立っていた。昨日聞いた六人の護衛だろう。 こちらを見張っているようには見えない。 けれど、守られていることは分かる。 守られる。 その言葉に、まだ少し身体が強張る。 守ると言いながら、選択を奪う人間をセレナは知っていた。 善意で人生を決めた大公。 妻を守っているつもりで何も見ていなかったダミアン。 そしてルシアンも、いつか同じになるかもしれない。 そう考える自分を責める気はなかった。 信用とは、命を助
last updateLast Updated : 2026-10-19
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