三年目の結婚記念日は、朝から胸が浮き立っていた。「浮かれている」なんて言ったら、翔太さんにはきっと笑われてしまう。だけど、仕方ない。一年に一度しかない特別な日なのだから。カレンダーの端にこっそりとつけた小さな丸を、私は何度見返したことか。昼過ぎ、翔太さんから「今日は遅い?」とメッセージが届いた。少し迷って、私は「たぶん九時くらい」と返信した。本当は、七時には上がれるように朝から仕事をすべて前倒ししていた。驚かせたかったのだ。結婚して三年も経てば、これくらいの小さな悪戯は許されるはずだ。駅前のデパートに寄って、いちばん小さなホールケーキを買った。ふたり分。かけてもらったリボンは水色。翔太さんの好きな色で、あの結婚式の日に彼が挿していたポケットチーフとお揃いの色だった。「記念日ですか?」と店員さんに声をかけられ、「はい」と答えたとき、自分が少し誇らしかった。改札を出たところで、額に冷たい雨がぽつりと落ちた。あいにく傘はない。走れば五分。ケーキが崩れないように両手でしっかりと抱え直し、私は早足で夜の街路を急いだ。今日こそ、言おう。今年の夏、どこかふたりで旅行に行きませんか。それだけのことなのに。新婚旅行は彼の昇進と重なってしまい、「落ち着いたら行こう」の言葉は三年が過ぎた今も果たされないままだった。だけど、三年だ。三年という節目だからこそ、そろそろ口にしてもいい頃だと思った。マンションの七階。鍵を回す指先が、雨と冷えですこし湿っていた。「ただいま」返事はない。廊下の電気は消えたままだが、奥の寝室のドアの隙間から、細くあたたかな明かりが漏れていた。翔太さんは、もう帰ってきていたらしい。嬉しさがこみ上げ、私は慌てて靴を脱ぎ捨てた。ケーキの箱を抱え直し、廊下を進む。いつサプライズを出そうか。ドアを開けた瞬間? それとも、もう少しだけもったいぶって。ふと、声がした。「もう、翔太さんってば面白い!」「そんなに笑うなよ」翔太さんの、低い笑い声。それから、もう一つ。重なるように響いた、やけに高い女の人の声。私は廊下の途中で、ぴたりと足を止めた。手の中で水色のリボンが結ばれた箱が、急に、鉛のように重たくなった。
Last Updated : 2026-10-14 Read more