ドアが開くと、葵が驚いた顔で立っていた。頬にはまだ涙の跡が残っている。目尻は赤く腫れ、かすれた声で尋ねてきた。「栞?どうしてここに?」私は胸の中で渦巻く複雑な感情を抑え、できるだけ優しい声で話しかけた。「葵さん、少しだけお話しできませんか?」リビングのローテーブルには、乾きかけのイラストの原稿が散らばり、食べかけのマンゴームースも置かれていた。私はその場で、単刀直入に切り出した。「律さんの代わりに謝りに来ました。共同展の開幕式をすっぽかしたのは、全部律さんが悪いんです」葵は唇を引き結んだまま何も答えなかった。握りしめた原稿の端にしわが寄っている。「わざと葵さんを無視したわけじゃなくて、口下手で、素直になれないだけなんです。律さんは今、路地裏のバーでひとりお酒を飲んでます」私は努めて声を和らげ、葵をなだめるように続けた。「迎えに行ってあげてください。律さんの心にいるのは、ずっと葵さんだけなんです」前の人生では、結婚した後も葵の誕生日になるたびに、律はアトリエにこもってひとりやけ酒を飲んでいた。律は一度だって葵を忘れたことがなかった。葵はじっと私を見つめると、不意に涙をこぼした。「律みたいな頑固で愛想のない男のそばにいて、よくこんな気の利く子になったわね」葵は玄関にあった上着を手に取り、私に丁寧にお礼を言うと、急いで出かけようとした。バーの場所を教えると、葵は慌ただしく靴を履き替えて階段を駆け下りていった。その背中を見送り、私は大きく息をついた。3人の人生を狂わせたあの出来事は、絶対に繰り返させない。律の部屋に戻ると、私はイーゼルの奥に3年間隠していたスケッチブックを取り出した。12歳の頃、私は東都美術大学付属高校への進学を夢見ていたものの、学費を工面できる見込みがなかった。そんな私を支えてくれたのが、当時18歳だった律だ。他人には冷たいのに、私にだけはいつも少し優しく接してくれた。恋心を抱き始めた頃、私の頭の中は絵を描く彼の横顔でいっぱいだった。誰にも言えない恋心を、私は8年間ずっと胸に秘めていた。スケッチブックを手に取り、1ページずつビリビリに引き裂いた。破った紙はすべて、マンションのゴミ捨て場に放り込んだ。私の密かな恋心も、紙くずと一緒にゴミと化した。それか
Magbasa pa