(リチャード視点) エミリーの部屋を出た時、僕は思っていた以上に疲れていた。 イブリンの家では怒鳴られたわけではない。 怒鳴られたわけではない。 殴り合いになったわけでもない。 けれど、あの家の応接間で向けられた空気は、そういう分かりやすい荒れ方より、ずっと堪えた。 ハロルドの冷えた顔も、ジョンの露骨に不機嫌そうな目も、まだ頭の隅に残っている。 それより何より、イブリンの声が離れなかった。 ――婚約者様、それ、私に何の関係がございますの? あんなふうに言われるとは思わなかった。 屋敷へ入ると、母がまだ起きていた。 いつもの居間で、夜用の薄いショールを肩に掛け、書き物をしていたらしい。僕の顔を見るなり、羽根ペンを置く。「お帰りなさい。ずいぶん遅かったのね」 「イブリンのところへ寄ってきたんだ」 僕がそう言うと、母はすぐに事情を察したようだった。「ちゃんと説明したのね。それで?」 それで、と聞かれても、答えに少し詰まる。 ちゃんと説明したつもりだった。 エミリーが熱を出したことも、心細がっていたことも、その場を外せなかった理由も。こちらとしては誠意を見せたつもりだったのだ。 なのに、うまくいかなかった。「……思ったより、気を悪くしていたみたいだ」 「まあ」 母は驚いたというより、少し面倒そうな顔をした。「イブリン嬢が?」 「兄たちも出てきて、ひどく責められたよ。まるで僕がよほどのことをしたみたいに」 母はショールの端を整えながら、ふう、と息をついた。「今日はたまたま虫の居所が悪かったのかもしれないわね。約束が駄目になったのですもの、不機嫌にもなるでしょう」 その言い方に、僕は少しだけ気
Last Updated : 2026-10-24 Read more