地下の練習場を包む密やかな闇を抜け、ペントハウスの2階へ続く螺旋階段を上る。大理石の階段を踏む紗良のつま先が、かすかに震えていた。ついさっきまでカウチの上で激しく貪られていた身体には、まだ鈍い熱がこもっている。隼人は紗良の一歩後ろをついてきた。紗良が階段で立ち止まれば彼も止まり、彼女が再び歩き出せば、その後に続いた。やがて、2階のマスターベッドルームの前にたどり着いた。金色の縁取りが施された巨大な夫婦寝室の扉は、固く閉ざされていた。紗良は冷たい壁に背を預け、息を整えた。「ここが……久我雅臣の寝室よ」紗良の声が、人気のない廊下に冷たく響いた。「毎晩、酒に酔って帰ってきては私を見下し、子どもも産めない不妊の女だと言って、寝室に鍵をかけていた場所」紗良はドアノブに手を伸ばさなかった。ひとりで廊下を渡る夜には、部屋の中から呼んでくれるのではないかと、待っていたこともある。今日も扉は閉じたままだったが、引き返したくはなかった。開けてほしいと頼むつもりもない。後ろから続いていた足音が止まった。隼人が大股で近づいてきた。男の鋭い視線が寝室の扉をなぞり、それから壁にもたれる紗良の顔へと向かった。「ずいぶんと汚い記憶が染みついた場所ですね」隼人は紗良の左右に手を伸ばし、壁に手をついた。紗良は階段の吹き抜けを背にして、隼人へと向き直った。「中に入りますか?」「いいえ。今日はあの扉を開けたくないの」隼人はドアノブに手を伸ばさなかった。紗良はしばらく彼を見つめてから、シャツの裾をつかんだ。この扉の前では、いつだって雅臣が入る時間も出ていく時間も決めていた。けれど今日は、自分が立ち止まったこの廊下にいたいと、口にすることができた。紗良が顔を上げると、隼人の顔がすぐ近くにあった。「だからあなたを呼んだの。あの汚らわしい記憶を、あなたの匂いですべて塗り替えてほしくて」隼人の唇の端が、つり上がった。「奥様は本当に怖いもの知らずですね。夫の寝室のすぐ前でこんなことをして、家政婦や警備員に見つかったらどうするおつもりですか?」「家政婦は休暇を取らせたし、警備員はインターホンなしじゃ2階に上がれないわ」紗良は挑発するように隼人のシャツの襟をつかみ、引き寄せた。「見つかるつもりはないわ。いつまであの人の顔色をうかがいながら、この家を歩き回らなきゃいけないの?」
Last Updated : 2026-10-23 Read more