All Chapters of 密かな復讐のホールインワン: Chapter 21 - Chapter 30

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21話. 逆転した狩り場と密かな提案

紗良の一喝に、桐谷莉香の顔が真っ赤になったり青ざめたりした。「な……あんた、インチキしたんでしょ?! プロのコーチを呼んで、何か仕組んだんじゃない!」莉香は憎々しげに叫んだが、返ってきたのはギャラリーの冷たい軽蔑だけだった。「桐谷莉香さん、マナーを守ってください。れっきとしたチャリティー大会ですよ」石原社長は莉香にはそれ以上構わず、紗良に握手を求めた。雅臣が割って入ろうとしたが、差し出された手の相手は変わらなかった。「白石さん、実に驚異的なショットでした。スイングスピードも下半身の回転も、まさに芸術ですよ」「ありがとうございます、石原社長。優秀なコーチのおかげです」紗良は上品に微笑み、ちらりと隼人を見た。隼人は黙って彼女の傍らに控え、雅臣を冷たい目で見下ろしていた。雅臣は屈辱をこらえ、作り笑いで割って入った。「はは、石原社長! 妻は今日は運がよかったようです。それより、今日のラウンドが終わりましたら、弊社・久我ホールディングスの50億円の不動産PF融資契約の件を……」「久我社長」石原社長の表情が一瞬で冷えた。「投資の話は後にしよう。今は白石さんと話したい。君は後ろで莉香さんの気持ちでも慰めてあげたまえ」石原社長はあからさまに雅臣を無視し、紗良の隣へ歩み寄った。雅臣は拳を白くなるほど握りしめた。50億円の契約を得るため妻を道化に仕立てたはずの舞台が、妻だけの独壇場に変わっていた。ラウンドが2番ホール、3番ホールへ進むほど、その差は残酷なまでに開いていった。すっかり平常心を失った莉香はティーショットを何度もOBゾーンへ飛ばし、雅臣もダフって面目を失った。一方、紗良は隼人の正確な距離計測とコース攻略を受け、バーディーを続けて奪い、周囲を圧倒した。1番ホールに続き、4番ホールもパーで終えた。茶店を目前にした5番ホールのグリーン。石原社長が紗良にそっと声をかけた。「奥様、久我ホールディングスの中核プラットフォームを、ご自身で企画なさったと聞きました。ゴルフの話はひとまず置いて、その資料を見せてもらえませんか?」紗良の唇に、冷たくも魅惑的な笑みが広がった。話す機会はできた。だが、紗良は好意を投資の約束と勘違いするつもりはなかった。「石原社長、腐った外殻に50億円を無駄遣いなさるおつもりですか? それとも本物の中身に投資なさいますか?」「
last updateLast Updated : 2026-10-23
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22話. 雨脚の中の挑発

ザザザッ――!強まりはじめた秋雨が、フェアウェイの芝を激しく叩いた。6番ホールのティーイングエリアに立つ久我雅臣の顔は、土気色に歪んでいた。石原誠司社長をはじめとするファンドの重鎮たちの視線は、すでに雅臣から完全に離れていた。彼らの目はただ、紗良の滑らかなスイング軌道と、影のように彼女に寄り添う黒瀬隼人へ向けられていた。雅臣はカートの後ろに回り、紗良の腕を乱暴につかんだ。「白石紗良、こっちへ来い」濡れた前髪の隙間から、雅臣の殺気立った目がぎらついた。「お前、黒瀬隼人のあの野郎とどういう関係なんだ? どうしてあいつがお前の専属コーチとして登録されてるんだよ?!」紗良はまばたきひとつせず、冷たくその手を振り払った。「どういう関係って? あなたが踏みにじって追い出した天才プロから、ちゃんとレッスンを受けてるだけよ」「何だと? レッスン? 俺の背中を刺すつもりか!」雅臣は怒鳴り、拳を握った。その瞬間、大きなゴルフ傘が紗良の頭上に広がり、雨を遮った。隼人だった。隼人は二人の間に傘を差し入れた。紗良が腕を引き抜き、打席へ戻れるだけの間隔をつくった。「久我雅臣社長、プレーの最中です。選手の集中を乱さず、ご自身のティーショットを準備してください」「この野郎……! もう一度どん底に叩き落としてやろうか? 今度は永久追放だけじゃ済まさねえぞ!」雅臣が血管を浮かせて襲いかかろうとした。隼人は嘲笑するように口角を上げ、紗良の肩を抱いた。力強い腕に紗良が引き寄せられると、雅臣の目は怒りに染まった。「奥様、7番アイアンで145メートルです。風を計算して、ピンの左を狙いましょう」「わかったわ、隼人」紗良は優しく隼人の名を呼び、アイアンを受け取った。その光景を見た雅臣の唇がぶるぶると震えた。「白石紗良……お前、まさか……!」「雅臣さん、何してるの! 早く打たなきゃ!」カートに乗った莉香が泣きつくように叫んだ。雅臣は怒りを呑み込んでティーイングエリアへ戻ったが、雨に濡れながら放ったショットは、案の定、左の深いバンカーに突き刺さった。紗良の唇に皮肉な笑みが浮かんだ。紗良は雅臣のボールをそれ以上追わなかった。濡れたグリップが手の中で滑らないか気になった。相手が崩れることと、自分が次のボールをうまく打つことは別だった。隼人が紗良の耳元に唇を近づけ、囁いた。「
last updateLast Updated : 2026-10-23
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23話. アイランドグリーンの歓声と嵐

9番ホール、パー3のアイランドグリーン。池の真ん中に浮かぶ丸い島のようなグリーンを、激しい風雨が襲っていた。7番と8番ホールでそれぞれボギーを一つずつ叩き、紗良のスコアは1アンダーだった。前半最後のホールであり、今日のチャリティー大会の最大の勝負どころだった。「ああもう、どうしてこんなに降るの? むかつく!」桐谷莉香は雨に濡れた前髪をかきむしりながら、6番アイアンを振った。ポチャン――!軽い水音とともに、白い水しぶきが跳ねた。「ウォーターハザード! ペナルティーです!」キャディーの容赦ない宣告に、莉香は金切り声を上げた。「ありえない! 風のせいでしょ! もう一回打つわ!」ところが、ドロップゾーンから打ち直したボールまで、あっけなく池に沈んだ。立て続けの池ポチャ。莉香のスコアカードは、取り返しのつかないトリプルボギーをとうに超えていた。ギャラリーの間から、嘲笑混じりの舌打ちが聞こえた。(SNSでだけ上手いふりをしてたのね。本番じゃ化けの皮が剥がれたわ)(あんな女を連れ歩く久我社長も、見る目がないな)雅臣がうつむく間、紗良は8番アイアンを選んだ。前の二つのホールで失った打数が気になったが、ここで一気に取り返そうとすれば同じミスをしかねない。彼女は隼人が示すほうを見上げた。旗が片側へ長くなびいていた。隼人は紗良の背後から傘を差し、低く囁いた。「向かい風は時速15キロです。フェースを1度閉じて、バックスイングは80パーセントの大きさで」熱い吐息が、雨に濡れた紗良の耳を温めた。隼人の大きな手がグリップの上から彼女の手を包み、方向を精密に修正する。「奥様、あの池のことは気にしないで。ピンだけを見て、そこへ打ち込むんです」「わかってる。あなたを信じて打つわ」紗良の簡潔で鋭いスイングが、風雨を切り裂いた。カァン――!澄んだ打球音とともに飛び出したボールが、風を抜けて旗竿へ吸い寄せられる。トンッ、コツッ、コロコロ……。グリーンに落ちたボールはバックスピンがかかり、魔法のようにカップからわずか1メートルの位置で止まった。「オーマイガー! もう少しでホールインワンじゃない!」「ナイスオン! すごい、すごいぞ!」石原誠司社長は歓声を上げ、拍手した。紗良は軽々とタップインバーディーを決め、前半9ホールを2アンダーで終えて総合首位に立った
last updateLast Updated : 2026-10-23
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24話. 茶店の備品室で密会

空に穴でも開いたかのような豪雨が降り注いだ。稲妻が光り、雷鳴が轟き、軽井沢ヴェネツィアCC全体を吞み込んでいる。ギャラリーとVIP参加者たちは雨を避けようと、9番ホールのすぐ横にある大きな茶店へ一斉になだれ込んだ。ロビーは雨宿りをする人々で、足の踏み場もないほど混み合っていた。「石原社長! 石原社長、少し私の話を聞いてください!」久我雅臣は濡れた髪をかき上げながら、石原誠司社長の後を必死に追った。しかし石原社長は雅臣の手を振り払い、嫌悪をあらわにした。「久我社長、2アンダーで回った白石代表に負けたから言っているんじゃない。さっき尋ねた事業資料は持ってきたのか? 中身も確かめずに私の50億円をよこせと言うのは、もうやめたまえ」雅臣は濡れたジャケットの内ポケットを探った。差し出そうとしていた投資確約書を戻し、携帯電話で会社に資料を催促した。彼が通話にかかりきりになっている間に、隼人は紗良へ奥の廊下を示した。紗良もロビーを離れ、彼についていった。廊下の突き当たりにある、重い鉄扉。[従業員専用ロッカールーム・備品倉庫]カチャ。隼人が扉を開けた。紗良が入ってから、隼人も中へ入り、鉄扉を閉めた。カチャン。外の雨音も人々のざわめきも、一瞬で遠くなった。暗く狭い備品室には、湿った洗濯物のこもった匂いが漂い、ゴルフ用タオルが山積みになっていた。紗良の荒い息が闇の中に響く。紗良が内側の鍵をかけた。ロビーで別れた石原社長よりも、自分を捜していた雅臣の声のほうが近くに聞こえる気がした。彼が廊下へ戻ってきたら、扉一枚を隔てて向き合うことになる。ドアノブから手を離しても、耳は外へ向いたままだった。ポケットの携帯電話が短く震えた。表彰式の準備が整ったら知らせるというスタッフからのメッセージだった。紗良は通知をバイブレーションにした。今すぐここから出られたとしても、表彰式と投資の面談まで逃すわけにはいかなかった。「はぁ……隼人、どうしてここに……」隼人が近づくと、紗良は彼の襟をつかんだ。「少しだけよ。出たらすぐに資料を準備しないと」彼が返事の代わりに抱き寄せると、紗良の背が棚に触れた。ドンッ!雨で濡れたシルクのゴルフウェアが互いの素肌に張りつき、冷たくも焼けつくような摩擦を生んだ。隼人の黒髪から落ちた冷たい雫が、紗良の胸元へ滑り落ちる。男の荒い息が彼女の唇に
last updateLast Updated : 2026-10-23
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25話. ドアノブの向こうの息遣い

ガチャッ! ガチャッ!備品室の鉄製ドアノブが、けたたましい音を立てて激しく揺れた。「ん? どうして鍵がかかってるんだ? 中に誰かいますか?」扉の向こうから聞こえる久我雅臣の苛立った声に、紗良の心臓が凍りついた。隼人は大きな手で紗良の口を塞ぎ、重い腰の動きを最後に深く押し込んだ。「はぁ……んっ……!」紗良は爪が折れそうなほど隼人の肩に食い込み、悲鳴を呑み込んだ。男の硬い筋肉が、紗良の身体の内側で熱く脈打った。肌が裂けそうな背徳の悦楽の果てに、隼人の荒い吐息が紗良のうなじへ降り注いだ。絶頂の余韻を味わう暇さえなかった。『久我社長! こんなところにいらしたんですね! 石原誠司社長がお呼びです!』廊下にスタッフの声が響いた。雅臣が舌打ちしてドアノブから手を離す音がした。「ちっ、わかったよ。今行く!」雅臣の革靴の音が遠ざかると、紗良はようやく止めていた息を一気に吐き出した。「はぁ……はぁ……!」紗良の身体から力が抜け、ぐったりと崩れかけた。隼人は彼女の濡れた身体をしっかり支え、そっと床へ下ろした。そして棚から乾いたタオルを取り、濡れた髪と鎖骨についた汗を丁寧に拭った。隼人が扉に耳を当てて待つ間、紗良は乾いたタオルを肩にかけた。廊下からは雅臣がスタッフに、表彰式はいつ始まるのかと問い詰める声が聞こえた。紗良はその足音がホールのほうへ曲がったのを聞いてから、ようやく服を整えた。「驚かれましたか、奥様?」隼人の低く冷ややかな声が、耳元をくすぐった。紗良は乱れた服を直し、赤くなった唇でふっと笑った。「驚くも何も。むしろ心臓が狂ったみたいに鳴って、どうにかなりそうだったわ」隼人の口元が弧を描いた。「その度胸、本当に気に入りました」隼人は棚に置いてあった紗良のゴルフウェアのシャツを渡し、低く囁いた。「まずお着替えください。莉香には表彰式のあとで会うおつもりですか?」紗良はボタンを留めていた手を止め、尋ねた。「莉香のスポンサー契約書のコピー、用意できているわね?」隼人はジャケットの内ポケットから、防水パックに入った書類の束を取り出し、紗良に渡した。数日前に雅臣の書斎のノートパソコンから確保した、莉香に関する写しだった。紗良は契約書と診療記録がすべて揃っているか確かめた。莉香の署名がある契約書を一番上に置き、診療記録は後ろへ回した。脅しから入
last updateLast Updated : 2026-10-23
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26話. 優勝トロフィーと50億円の誘惑

クラブハウスのメインラウンジ。豪雨のため後半の競技は中止となり、前半の成績で表彰することになった。それでも室内は祝祭の熱気に包まれていた。表彰台の横に掲げられた前半のスコア表には、紗良の成績が1番ホールから順に4・4・3・4・4・3・5・5・2打と記されていた。9つの数字の合計は34打。アルファインベストの石原誠司社長がシャンパングラスを掲げ、壇上に立っていた。「悪天候により前半9ホールで競技終了となりましたが、本日もっとも予想を覆す成績を残した方をご紹介します!」石原社長のよく通る声に、政財界の大物たち約30人が一斉に歓声を上げた。「本日のチャリティー大会、栄えある第1位! 前半2アンダー、34打を記録した白石紗良社長です!」雷鳴のようなスタンディングオベーションが湧き起こった。純白の高級シルクスーツに着替えた紗良が、品よく優雅な足取りで壇上へ上がる。その傍らには、整った黒のスーツ姿の隼人が頼もしく立っていた。紗良が銀細工の施されたクリスタル製の優勝トロフィーを掲げると、一斉にカメラのフラッシュが弾けた。隅のテーブルに沈んでいた久我雅臣の顔は、死人のように青ざめていた。石原誠司は雅臣のテーブルを通り過ぎ、紗良のもとへやって来た。雅臣が椅子を押して立ち上がったときには、石原社長はすでに紗良へグラスを差し出していた。紗良はトロフィーを胸元へ引き寄せた。1番ホールで打ち終えた瞬間より、今こうしてグラスが近づいてくる瞬間のほうが緊張する。次は自分の手で生み出した事業について答える番だ。石原社長の挨拶を聞きながら、用意した資料を見せる順番を思い浮かべた。「白石社長、先ほど5番ホールでおっしゃったこと……非常に印象的でした」石原社長の声は、内密な話を持ちかけるように真剣だった。「久我ホールディングスへ投資するつもりだった50億円のファンドを、久我雅臣ではなく、白石社長が設立する新法人に直接振り向ける用意があります」紗良は投資の意向と資料の審査依頼を聞き分けた。まだ署名済みの契約は存在しない。「賢明なご判断です、石原社長。中身のない殻ではなく、本当の頭脳に賭けるべきですから」「では今夜、資料を精査させていただけますか?」「もちろんです。久我雅臣が抱える不良不動産PFの実態についても、併せてご説明します」紗良の明快な返事に石原社長は満足げに微笑ん
last updateLast Updated : 2026-10-23
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27話. 愛人を跪かせる

女性専用のVIPロッカールーム。華やかな金色の大理石に飾られたパウダールームの鏡の前で、桐谷莉香は震える手でマスカラを塗り直していた。鏡に映る顔は涙と怒りでひどく滲んでいる。カツ、カツ、カツ。紗良の鋭いピンヒールの音が大理石の床に響きながら近づいてきた。莉香がびくりとして振り向く。端正なスーツ姿の紗良が腕を組み、冷ややかな眼差しで彼女を見下ろしていた。「ここまで追いかけてきて、私を笑いに来たわけ!?」莉香が憎々しげに叫んだ。「ちょっとゴルフが上手だからって調子に乗らないで! 雅臣さんが買ってくれた南青山のお店と豊洲のマンションがいくらすると思ってるの? あんたなんか、最後には捨てられる抜け殻よ!」紗良は何も言わず、ポケットから防水パック入りの書類を取り出し、化粧台に投げた。バサッ。書類の1枚目が開いた途端、莉香の息が止まった。[久我ホールディングス―桐谷莉香 インフルエンサー専属スポンサー契約および名義貸し資産管理契約書]莉香は契約書より先に紗良の手を見た。ほかにも書類があるのか確かめようとして、また自分の名前へ視線を落とした。「こ……これがどうしてあんたの手にあるの!?」「どうしてかしらね?」紗良は顔を近づけず、契約書の該当条項を開いた。写しなど見ていないという逃げ口上を、まず封じるつもりだった。「第2条第3項。『乙(桐谷莉香)は甲(久我雅臣)の要求に従い、いつでも法人資産を返還するものとし、これに応じない場合は横領・背任に関する民事および刑事上の責任を負う』」莉香は条文の末尾より、自分が署名した箇所を真っ先に探した。「久我雅臣が愛しているからマンションをくれたと思う? 違うわ。会社が倒産する直前、捜査当局の差押えを逃れるため、あなた名義で資産を付け替えただけ。抵当権者は久我ホールディングスで、今見た返還契約まで付いている。名義だけがあなたのものなのよ。あなたは横領の罪を代わりにかぶせられる名ばかりの代表で、ただの盾なの」莉香は次のページをめくろうとして手を止めた。「う……嘘よ……!」「信じられないなら後ろを見なさい。あなたが違法にプロポフォールの投与を受けた、六本木の美容外科の診療記録の写しも入っているわ。久我雅臣はあなたの首を絞めるために全部集めていたのよ」莉香は膝から力が抜け、その場にへたり込んだ。床に座ったまま扉
last updateLast Updated : 2026-10-23
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28話. スパイの密室取引

真夜中が近づいた頃、南青山のとあるプライベート地下駐車場。濃いスモークガラスの黒いレンジローバー、その後部座席のドアがそっと開いた。マスクと帽子で顔を隠した桐谷莉香が辺りを見回しながら車内へ滑り込んだ。「持ってきました……」莉香は震える手でハンドバッグから黒い暗号化USBメモリーとワンタイムパスワードカードを取り出した。紗良は冷ややかな目でUSBをつかみ、ノートパソコンに差し込んだ。認識音とともに画面いっぱいに表示されたのは、数十億円規模の裏金の明細と借名口座の一覧だった。久我雅臣が会社の金を横領し、香港や租税回避地へ移したことを示す明白な犯罪の証拠だった。「雅臣さんの書斎の金庫から持ってきました。怪しまれないよう元のファイルはそのままにして、コピーだけ取ったんです」莉香は唾を飲み込み、紗良の顔色をうかがった。「あの……約束は守ってくださるんですよね? 雅臣さんが破滅しても、私まで巻き込まれることはないですよね?」紗良はUSBのフォルダーを開き、一覧を読んだ。カードも別の封筒に入れた。「録音データは?」「金庫にはありませんでした。あったファイルだけコピーしました」紗良は一覧の横に「未入手」と書いた。莉香はその印を見つめ、いつ頃なら改めて探せそうか説明した。「あなたが渡した資料と時刻から記録しておく。あなた名義の取引を誰が指示したか明らかにするためよ。私が約束したのは、あなたのしていないことまで背負わせないということ」紗良はハンドバッグから1000万円分の無記名譲渡性預金証書(CD)を1枚取り出し、莉香の膝に投げて渡した。「約束の前金よ。現金化に必要な手続きも案内する。久我雅臣に怪しまれないよう普段通り振る舞って、あの人の動きを教えて」莉香は預金証書より、パソコンのファイル一覧を長く見ていた。自分名義の取引を一つ指さし、その日に雅臣からどの書類へ署名するよう言われたか補足した。紗良は帳簿の数字の横へ莉香の説明を別に記した。供述と取引記録が食い違うところから調べなければならない。「渡したファイルの一覧を、私にも送ってください。あとで別のファイルまで私が渡したことにしないでくださいね」莉香は預金証書をバッグにしまっても、ドアを開けられなかった。「あの人にコピーを取ったと気づかれたら?」「気づかれそうなら確認のために金庫を開け直さないで
last updateLast Updated : 2026-10-23
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29話. 50億円の契約と反撃の幕開け

午前1時、南青山の最高級プライベートビジネスクラブ『ザ・ペント』。プライベートエクイティファンド、アルファインベストの石原誠司社長が、ワイングラスを揺らしながら紗良と向かい合っていた。紗良はタブレット端末をテーブルの上で滑らせた。画面には莉香から受け取った裏金の帳簿と、5年前に紗良名義で出願された基本特許が並んで開かれていた。石原社長は帳簿を手早くめくったが、特許の出願人が記されたページで手を止めた。「これは……久我ホールディングスの中核技術の原本だとおっしゃるんですか?」「はい。久我雅臣社長には技術的な理解がまったくありません。彼が自慢しているビジネスモデルはすべて、私が作成したものの外側をなぞったにすぎません」紗良の明瞭で冷たい声がプライベートルームに響いた。「しかも久我ホールディングスは現在、3社のペーパーカンパニーを通して不良不動産PF融資を自転車操業で回しています。アルファインベストの50億円が入った瞬間、その金は架空債権の穴埋めに消えてしまうでしょう」石原社長は50億円の入金予定口座と帳簿の社名を照合した。紗良が渡さなければ検討できなかった資料だ。彼は契約書に目を向ける前に、追加出資の説明資料を閉じた。「久我雅臣……あの恥知らずの詐欺師め、私まで騙そうとしていたのか!?」石原社長がテーブルを叩いて怒りを爆発させた。紗良は落ち着いてワインを一口飲み、微笑んだ。「私がお持ちした話は、この帳簿だけではありません。新法人『エイペックス・パートナーズ』の事業計画をご覧ください」「エイペックス・パートナーズ……?」「基本特許の権利は私にあります。ファンドにはエイペックスへ投資していただき、私はその会社の事業に責任を持ちます。久我ホールディングスの資産は外部評価を経て、必要なものだけ取得する予定です。不当に安く譲り受けたという争いに新会社まで巻き込まれるわけにはいきませんから」紗良は準備していた50億円の投資確約書を石原社長の前に差し出した。石原社長はすぐには確約書に触れなかった。「久我社長の会社が不良債権を抱えていることはわかりました。しかし、それと白石社長の会社が利益を上げられるかは別の話ではありませんか?」紗良は事業計画書を開いた。既存の基本技術と、この1週間で改良したマッチング画面を順に見せた。「まず同じ物件が重複して登録され
last updateLast Updated : 2026-10-23
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30話. ルーフトップの祝杯と光るレンズ

午前2時30分。南青山のオフィステル、その屋上テラス。都会のネオンサインが遠く眼下で宝石のようにきらめいていた。秋の夜の冷たい風が吹いていたが、紗良の頬は赤く火照っていた。ポンッ。隼人がドン・ペリニヨンのシャンパンを開けると、爽やかな泡とともに芳醇な葡萄の香りが空気に広がった。「おめでとうございます、奥様。いえ、白石紗良社長」隼人はグラスを渡しながら低く囁いた。紗良は受け取ったグラスを、彼のグラスに軽く触れさせた。チン――!紗良はグラスを持ち上げて、また下ろした。さっきまでは数字を言い間違えまいと必死だったのに、今はまともな文章が出てこない。バッグから覗く契約書の角を見て、ようやく短い言葉がこぼれた。「私、やったわよね?」隼人の答えを待ちながら、彼女はもう一度グラスを持ち上げた。「あなたのおかげよ、隼人。あなたがいなかったら、私は今でもあの男の下で空振りして、泣いていたと思う」「ボールを打ったのも、契約書に署名をいただいたのも奥様です。感謝のお言葉はいただきますが、すべて俺のおかげではありません」隼人は紗良のグラスを取り上げ、テーブルに置いた。そして大きな手で紗良の腰をしっかり抱き、自分の胸元へ引き寄せた。トン。隼人の胸に寄りかかった紗良は、窓の向こうの夜景をしばらく無言で眺めた。帳簿に記された口座番号や建物の名前ではなく、本当に明かりが灯っている部屋が眼下に見えた。契約を結んだあとも、こんな時間を持ちたいと思った。「今日は約束の投資を取りつけられました。残りの仕事まで今夜片づけようとなさらないでください」隼人の熱い唇が紗良の耳元に触れ、そのままうなじへ下りていった。「今夜は……復讐のことを忘れて、俺のことだけ考えてください」紗良は男の濡れた黒髪を指に絡め、唇を重ねることを許した。街の夜景を背に、二人の激しくも甘い口づけが深まっていった。***同じ頃、元麻布のペントハウスの書斎。久我雅臣は震える手で受話器を握りしめていた。『久我社長、申し訳ありません。アルファインベストからPF融資50億円の実行を全面保留するとの連絡がありました。メインバンクも、明日満期となる30億円の手形の期日延長を拒否しています!』「な……何だと!? 石原社長がなぜ急に投資を保留するんだ!?」雅臣は書類を投げつけ、金切り声を上げた。怒りに血走った雅
last updateLast Updated : 2026-10-23
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