Alle Kapitel von 密かな復讐のホールインワン: Kapitel 1 – Kapitel 10

33 Kapitel

1話. 1番ホールの屈辱と怒りの決意

ガツン!1番ホールのティーイングエリアに、鈍い音が響いた。ドライバーのヘッドがボールの上をかすめ、そのまま芝を深くえぐる。白いボールは情けなく転がり、わずか20メートル先のラフに力なく沈んだ。「ぷっ……!」後ろのカートのそばで、桐谷莉香(きりたに りか)が大げさに吹き出した。体の線があらわになる蛍光ピンクの高級ゴルフウェアを着た彼女は、久我雅臣(くが まさおみ)の腕に甘えるように絡みつく。「雅臣さん、だから言ったじゃない。奥様にはクラブハウスでコーヒーでも飲んでてもらおうって」「莉香、やめておけ」たしなめる口ぶりとは裏腹に、雅臣の口元には露骨な侮蔑が浮かんでいた。その冷たい視線が、白石紗良(しらいし さら)の背中を突き刺す。「紗良。わざわざついてきて、これを見せたかったのか?」雅臣は大股で近づくと、紗良の手首を乱暴につかんだ。革のグローブ越しに、骨が砕けそうな力が加わる。「あっ……!」「痛いか? 1,000万円単位の金を動かす投資家が勢揃いしてるラウンドで赤っ恥をかかされた俺のほうが、よっぽど痛い思いをしてるんだがな」ほかの者には聞こえないよう、雅臣が耳元へ口を寄せた。「お前に何ができるんだ? 腹の子1人も守れず流産して、今度は自分の体すらまともに動かせないのか」子どもの話が出た途端、手首を振りほどこうとしていた紗良の動きが止まった。この場所で、あのことまで持ち出されるとは思わなかった。(子ども1人も守れなかった、ですって?)5年前、雅臣が設立した久我ホールディングス。その礎となった不動産プラットフォームの初期モデルも中核特許も、企画し、身を削ってコードを書いたのは紗良だった。創業資金の2億円も、母方の実家から相続した、彼女の大切な財産だ。過労の末にお腹の子を失ったとき、雅臣は病床の紗良から実印を盗み出し、持ち株をすべて奪った。その後は少しずつ経営から締め出し、うつ病患者のように扱って家に閉じ込めた。「手を離して」紗良は歯を食いしばり、夫をにらみ据えた。「何だと?」「離しなさいって言ってるのよ、雅臣」雅臣は鼻で笑い、つかんでいた手首を乱暴に放り出した。「身の程をわきまえろ。俺の支えがなければ、食事代すら自分で払えない寄生虫のくせに」「あら、奥様ったら。怖い目」莉香が尖ったネイルを顎に添え、あざけるように笑う。「奥様
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-23
Mehr lesen

2話. 南青山の密室と冷たいレッスンプロ

夜9時5分。南青山の路地裏にある、最高級のプライベートゴルフスタジオ。地下2階に下りる専用エレベーターの扉が開くと、本革とシダーウッドの落ち着いた香りが漂ってきた。分厚い防音扉の向こうから、重い打球音が規則正しく響いている。バシン! バシン!扉の前に来たところで、その音が途切れた。約束の時間に遅れている。紗良はすぐにドアノブを回した。カチャリ。照明を落とした室内を、大型スクリーンに映る緑の芝だけがぼんやりと照らしていた。打席には1人の男が立っている。体にぴったりと沿う黒いポロシャツ越しに、隆起した筋肉の輪郭が浮かんでいた。引き締まった腰に、長い脚。男がクラブをバックスイングのトップへ引き上げると、肩甲骨に沿って筋が獣のようにうねった。フィニッシュの姿勢で止まった彼が、ゆっくりと扉へ視線を向ける。冷たく、底の深い黒い瞳。額に浮いた汗が鋭い顎の線を伝い、鎖骨のくぼみへ滴り落ちた。「5分の遅刻ですね」謝罪を待つような口調だった。紗良は長々と言い訳をしなかった。自分だって昔は、打ち合わせに遅れてくる相手を快く思わなかったのだから。「道が少し混んでいて」紗良は落ち着いた足取りで中に入り、打席の横へゴルフバッグを下ろした。男はクラブを逆さにして床につき、彼女をゆっくりと見渡す。シャネルの上品なツイードジャケットに、きちんとしたスラックス。装いには隙がない。裕福な一族に嫁いだ妻らしい気品をまとっている。だが、その目だけは、傷ついた獣のように危うかった。「黒瀬隼人です。レッスンを担当します」男は握手の手も差し出さず、淡々と名乗った。「白石紗良です」紗良は旧姓で名乗った。「俺のレッスンは楽ではありません。少し打ってやめるおつもりなら、今のうちに言ってください」挑発めいた言葉に、紗良の口元がわずかに上がった。「趣味で打つだけなら、こんな時間に1人で来ません」「では、何のために?」「勝つためです」紗良はジャケットを脱ぎ、グローブをはめて打席に上がった。「1度も負けず、コースにいる全員をひざまずかせられる完璧なスイング。それを習いに来ました」隼人が組んでいた腕をほどいた。威勢のいい言葉に調子を合わせる様子はない。「絶対に負けないスイングなんてありません。ミスをしても次の1球を打てるようにする。それが俺の仕事です」「大きなことをおっしゃいま
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-23
Mehr lesen

3話. 奥様、もっと腰を回してください

隼人に姿勢を直されながら、紗良はかかとに重心を移した。背中をかすめる体温と、すぐ近くの息遣いが気になって仕方がない。指の力は少し抜けたのに、肩にはかえって力が入った。ドクン、ドクン、ドクン。「手首の角度はそのまま。クラブフェースが開かないように」隼人の低く太い声が、耳を熱くする。彼の唇は耳元からほんの数センチしか離れていない。紗良は下唇を強く噛んだ。雅臣の前では、手首を振りほどくことしか考えなかった。なのに、この男のそばでは別の緊張が生まれる。慣れない感覚に反応する自分に戸惑いながら、紗良はひとまず、習いに来た動きへ集中することにした。「そんなに固くなっていたら、バックスイングも上げられませんよ」隼人は低く言い、紗良の手を包んだまま、クラブを胸の高さまでゆっくりと持ち上げた。「テークアウェイ。低く、長く引いて」「……わかっています」「わかっている人が、こんなに体を固めますか?」彼の左手が腰の横を支えた。その手に気を取られ、紗良は上げかけていたクラブを止めてしまう。「はっ……!」「肩の力を抜いて」隼人が骨盤を回す方向を示す。服越しに触れる手が気になって、説明がうまく耳に入ってこない。グリップを直すために触れることは許した。だが、今の距離はそれとは違う。「腰が開けば、クラブの通り道ができます。上体だけを動かさないで」「待って……近すぎます」隼人はすぐに手を離し、横へ退いた。クラブを下ろして初めて、紗良は息をつけた。それ以上近づいてこない。この程度は我慢しろとも言わない。そのことが意外だった。「この距離から説明します」隼人は自分のクラブを使い、回転する方向を見せた。触れられなくなると、紗良はむしろ、さっき覚え損ねた動きが気になった。近づくのも離れるのも自分で決められるなら、もう1度やってみてもいい。次のボールがティーにせり上がる音がした。今度は、隼人の足と腰が動く順番を目で追った。「奥様」隼人はクラブヘッドを床に置いて続けた。「復讐するにせよ、勝つにせよ。他人に踏みつけられたままでは、何もできません」紗良の目が大きく揺れた。(なぜ、この男が私の復讐を?)(ただのゴルフコーチが……私のことを、どこまで知っているの?)疑問が頭をよぎった瞬間、紗良は歯を食いしばって冷たく言い放った。「黒瀬さん、レッスンの範囲を越えないで
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-23
Mehr lesen

4話. 打席で知った、初めての快感

「はっ……!」隼人が紗良の回転軸を支えた。紗良は先ほどの動きを思い出し、足を踏み直す。方向を導いているのは彼の手でも、クラブを離さずにいるのは自分だ。彼の胸から伝わる重い鼓動と、涼やかなシダーウッドの香りに、全身の神経が甘く痺れた。「奥様、ボールだけを追わないで。今つかんだ軸を保って、最後まで回ってください」低く響く声が、紗良の耳を熱くする。「テークバック、コック、そして……腰を回す!」隼人が彼女のグリップに手を添えた。クラブが上がる間、紗良は手首に力を入れないよう努める。振り下ろす瞬間、彼が回転の方向を支えた。紗良も前の足に重心を乗せ、最後まで回りきった。隼人の脚が間近に触れた。自分の重心が前へ移ったのがわかった。バシィン!密閉されたシミュレーションルーム全体を揺らすほど、鋭く重い打球音が響いた。フェースの真芯で捉えた白いボールが、砲弾のように飛び出す。スクリーンの中央を突き破るかと思うほど伸びたボールは、美しい放物線を描き、210メートル先のフェアウェイにぴたりと落ちた。「……!」紗良は息をのんだ。指先から背骨を突き抜け、頭の奥まで駆け上がる、鮮烈な痺れ。クラブを握って以来、1度も知らなかった感覚だった。体の節々まで解き放たれるような、この上ない快感。この1球で、昼間の侮辱まで消えるわけではない。それでも、たった今この体で成し遂げた動きは残る。紗良は画面の数字を読み直した。夫の言うような、何もできない人間ではなかった。「見ましたか?」隼人が耳元で低くささやく。彼はまだ紗良を後ろから抱いたまま、フィニッシュの姿勢を解いていなかった。薄いシルクのシャツ越しに、呼吸で上下する硬い胸が触れていた。「腕だけで打とうとすると詰まります。今は体の軸が回って、そのあとをクラブがついてきたんです」隼人の親指が腰の脇をゆっくりとなぞった。肌同士が触れたわけでもないのに、薄い布越しに焼けるような熱が広がる。「今の動きについてきたのは、奥様です。俺が支えれば、誰でも同じ球を打てるわけじゃありません」紗良はゆっくりと振り返った。わずか1センチの距離で、深く冷たい黒い瞳が彼女の唇を見つめていた。「さっき、雅臣を知っていると言いましたね。どういうお知り合いなんですか?」「久我社長のことなら知っています。奥様が思っている以上に」隼人はそれ以上説明せず、
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-23
Mehr lesen

5話. わざと外したスイング

グラスから顔を上げた雅臣が、まだ玄関にいる紗良の全身を鋭く見渡した。額の薄い汗と、赤く上気した頬。彼はソファからふらつきながら立ち上がり、大股で近づいてきた。紗良はゴルフバッグを脇へ寄せた。以前なら、自分から帰りが遅くなった理由を説明しただろう。今度は、何を言うのか最後まで聞いてから答えることにした。「匂うな」雅臣が紗良の首筋に顔を寄せ、鼻を鳴らした。口から漂う強いウイスキーの臭いの合間に、彼女の肌にかすかに残った隼人の汗と、シダーウッドの香りが混じった。心臓がひやりとした。それでも紗良は身じろぎせず、冷ややかに手を上げて夫の胸を押し返した。「酔って絡まないで。1人用のゴルフスタジオで、夜の練習をしてきただけよ」「そこまでして習うつもりか?」雅臣はあきれたように鼻で笑った。「昼間、投資家の前で恥をかいて、ようやく自分の程度がわかったか。何をしても、お前は生まれつきの運動音痴なんだよ、紗良。無駄金を使わず、おとなしく家にいろ」そうあざけると、彼はよろめく足取りで主寝室へ入っていった。バタン!寝室の扉が閉じた。誰に習っているのかさえ、雅臣は聞かなかった。この無関心は利用できる。そう思いながらも、紗良は予約のメッセージを画面に残さなかった。自分を見下しているからといって、疑いを抱かない男ではない。鏡に映る手首は、まだ赤かった。痣を覆う代わりに、指をゆっくりと開いてみた。次に打席へ立ったら、誰の手も借りず、同じ方向に体を回せるだろうか。***3日後、夜10時。南青山の路地裏にある、VIP専用のシミュレーションルーム。照明はほのかに落とされ、大型スクリーンの緑のコースだけが、幻想的な光を放っていた。紗良は体に沿う黒いゴルフスカートと半袖ニットを着て、打席に立っていた。カチャリ。防音扉が開き、隼人が入ってきた。黒いノースリーブのトレーニングシャツ越しに浮かぶ、たくましい肩と盛り上がった背中の筋肉が目を引く。彼は紗良の変わった装いと、緊張した体の輪郭をゆっくりと眺め、腕を組んで壁にもたれた。「この3日間、少しは練習しましたか?」「言われたとおり、毎日イメージトレーニングをしました」紗良は彼をちらりと見てドライバーを握り、アドレスに入った。ところがバックスイングのトップへ上げたとき、頭に1つ、彼を誘うための思いつきが浮かんだ。(この男は、
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-23
Mehr lesen

6話. レッスンではない距離

隼人は返事を待っていた。近づかずにいる、そのわずかな間に、紗良は自分の言葉を意識し直した。この男を試しているつもりだった。なのに、自分の望みまで見透かされた気がした。「奥様、人を試すのがお上手ですね」冗談として受け流す口調ではない。紗良はクラブを握る手から力を抜いた。「試しているんじゃありません。本気でお願いしているんです」紗良は退かなかった。隼人がクラブを渡すよう手を差し出すと、そのまま預けた。レッスンを続けようとは言わなかった。コトン。隼人が受け取ったクラブを打席の脇に置いた。斜めに立てかけられたヘッドが、マットの上を滑る。カラン、ガン!クラブが床で跳ねた。音に顔を向けた紗良の腰を、隼人が支える。今度は彼女のほうから、彼のシャツをつかんだ。「あっ……!」隼人は紗良を抱き寄せ、壁へ1歩近づいた。背中がぶつかる前に、その間を彼の腕が支えた。ドン!彼の肘が壁に当たった。動きを緩め、大丈夫かと尋ねられると、紗良は答える代わりにシャツを引き寄せた。つかんだ襟が、手の中でくしゃりと歪む。「お遊びはここまでです」隼人が顎の下に手を添えると、2人の顔が近づいた。紗良はもう、スイングを口実にはしなかった。「奥様、俺を呼ぶためにわざと外したことくらい、わかっています」「わかっていて……どうするんですか?」紗良は息を弾ませて言い返した。2人の鼓動が、壁の向こうまで響きそうなほど激しく重なっていた。「もう、レッスンのふりをするつもりはありません。それでも、俺を離さないんですか?」「私に耐えられないことなんて、何があるの。夫の手で、もう地獄の底まで突き落とされたのよ」紗良の瞳に、澄んだ、激しい狂気が走った。逃げるどころか手を伸ばし、隼人のたくましい首に腕を回す。熱い汗の匂いが肺を満たした。「私を救うのも、一緒に地獄へ落ちるのも……好きにしてみなさい、隼人」名前を呼ばれた隼人が、一瞬止まった。紗良は襟を放さずに引き寄せた。再び距離が縮まってから、ようやく返事があった。「俺も、望んでこうしているんです」隼人は彼女の後頭部をつかみ、激しく唇を奪った。んっ……!唇がぶつかり、鋭い吐息が漏れた。熱く濡れた舌が唇を割って入り、柔らかな口内を容赦なくなぞる。息をつく隙も与えない、荒々しい口づけだった。大きな手がスカートのウエストへ入り込み、細い腰
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-23
Mehr lesen

7話. 唇の熱と出張レッスン

はぁ……んっ……!シミュレーションルームの冷たいコンクリートの壁に沿って、紗良の背中が擦れながら滑り落ちた。隼人の唇が柔らかな唇を押しつぶすように奪い、片時も離さなかった。熱い舌が口の奥まで入り込むたび、頭の中が真っ白になる。肌がぶつかり、擦れ合う濃密な音が、密室の空気を息苦しいほど熱くした。硬い太腿が紗良の脚の間へ入り込み、腰を強く捉えた。紗良は汗ばんだ首筋に、砕けそうなほど腕を回す。息が喉までせり上がり、窒息しそうなのに、押し返したいとは思わなかった。むしろ、雅臣の侮蔑と暴言に干上がっていた全身の細胞が、彼の唾液と体温を貪るように吸い込んでいた。「はぁ……」隼人がゆっくり唇を離した。赤く腫れた唇の間に、銀色に光る粘ついた糸が長く伸び、切れる。荒い吐息が、紗良の湿った額と首筋に降り注いだ。彼女の呼吸が整うまで、隼人は何も言わなかった。密着していたときより、離れた今のほうが、2人の間で何が変わったのか、はっきりとわかった。「奥様」かすれた低い声が耳をくすぐる。硬い指がスカートの裾から覗く内腿をかすめ、やがて乱れたシャツの襟をしっかりとつかんだ。「この味を知っても……あのご立派な旦那様の腕に戻れますか?」紗良は、その問いを快く思わなかった。今、誰かを求めることと、自分の家でどこまで踏みとどまるかは別の話だ。彼から目をそらさず、答えた。「戻るって、どこへ?」手を伸ばし、隼人の硬く鋭い顎の線をなぞる。剃り跡のざらつきが指先を刺激した。「あの男の足元を地獄に変えるまで、私は1歩も引かない」隼人が唇の端を歪め、低く冷たい笑いを漏らした。「わかりました。ただ、今のお言葉は、ご主人がいないところでも変えないでください。俺も、あの男の話をするためだけに奥様と会っているわけではないので」隼人は乱れた襟を整え、1歩退いた。紗良は残ったボタンを自分で留める。彼に手を伸ばしてほしいと思いながらも、今、止まってくれてよかった。この関係をどこまで進めるのか、自分でももう少し考えたかった。彼は床のドライバーを拾い、ヘッドに傷がないか確かめてからバッグへしまった。「次のレッスンは、いつにしますか?」紗良は鏡に映る赤く染まった頬と、まだ落ち着かない目を見つめ、ささやいた。「雅臣が明日から、3泊4日で香港へ出張するの」「出張?」「海外の私募ファンドからの資金
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-23
Mehr lesen

8話. ラウンジでの挑発、その代償

翌日の午後。南青山の高級プライベートラウンジで、紗良は大きなガラス窓から降り注ぐ日差しを浴び、エスプレッソを口にしながら私募ファンド関連の書類に目を通していた。そこへ、高いヒールが大理石を神経質に打つ音が近づいてきた。「あら、紗良さん。こんなところでお会いするなんて」莉香だった。目立つブランドロゴの入ったタイトなワンピースに、数百万円のエルメスのバッグ。彼女は向かいの椅子を乱暴に引き、腰を下ろした。紗良は書類から目を上げず、静かにカップを置いた。「礼儀はどこへ置いてきたの? 断りもなく人の席に座るなんて、あなたらしいわね」莉香の顔が一瞬、赤く歪んだ。だが、すぐに意地の悪い笑みを浮かべて脚を組んだ。「唇、ずいぶん荒れてません? あら、その首の赤い痕は何かしら。雅臣さんがつけたわけじゃないでしょうけど」首筋に薄く残る赤い痕を、莉香の視線が執拗に探った。昨夜、隼人の口づけが残したものだった。それでも紗良は眉1つ動かさなかった。書類を読まれないよう裏返す。首筋から注意をそらす話なら、持っていた。「莉香。雅臣にスポンサー契約書へサインさせられて手に入れた、あの豊洲のマンション。あなたの名義で登記してあるからって、本当に自分のものだと思っているの?」莉香の表情が、たちまち固まった。「……何?」「所有者の欄があなたなだけ。抵当権者は久我ホールディングスだったわ。あの男が気まぐれに投げてよこす小銭で暮らしている、仮の住人にすぎないのよ」紗良はファイルを閉じ、テーブルへ音を立てて置いた。「会社の不動産開発のPF融資が止まったから、あなたに買い与えたバッグもダイヤの時計も、全部会社の資産として押さえておくつもりよ。捨てられる日は目前なのに、私の前でそんなに尻尾を振っていていいの?」莉香の手が、バッグの持ち手へ伸びた。持ち手を引き寄せ、バッグを膝に乗せた。ついさっきまで誇らしげに見せていたロゴが、「会社の資産」という言葉にかすんだ。雅臣が買ってくれた、そのことしか信じていなかった。返せと言われる場合など、考えたこともない。紗良のファイルを盗み見て、慌てて目をそらした。問い詰めたいのに、何から確かめればいいかもわからない。契約書をきちんと読まなかったことが、初めて気になった。「嘘をつかないで……! 雅臣さんが、どれだけ私を大切にしてくれているか!」「大
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-23
Mehr lesen

9話. ペントハウスの深夜の侵入者

夜11時。元麻布の高級住宅街にあるペントハウス。雅臣は香港へ発ったと信じている紗良にとって、家の中は、自分の息遣いさえ響きそうなほど静かだった。ピンポーン。地下のプライベート練習場へ直結する、専用エレベーターの呼び出し音が鳴った。紗良はガウンを脱ぎ捨て、打席の前へ歩み出た。体の線を危うく浮かび上がらせるシルクのノースリーブトップスに、薄手の黒いトレーニングパンツを合わせていた。扉が開き、隼人が出てきた。入り口で紗良を見つけると、短く挨拶する。初めて入る家に好奇心を見せることもなく、彼女の立つ打席へまっすぐ近づいた。濃い視線が、あらわな鎖骨と細い肩の線を執拗になぞった。「まるで宮殿ですね、奥様」低く沈んだ声が、人気のない練習場の壁に響いた。「ご主人は、よほど金を見せびらかすのがお好きらしい。この高価な芝も打席も、誰かの血と涙で造ったものでしょうに」「長話はいいわ」紗良はドライバーを差し出し、冷たく挑発した。「雅臣のいないこの家で、あなたに何が教えられるか、証明してみて」隼人はふっと笑い、彼女の手からクラブを取った。ためらいもなく、壁のラックへ乱暴に差し込む。「今日は、クラブは使いません」「何ですって?」彼が手を差し出した。紗良は少しためらってから、空になった手を預けた。痛めた手首を避け、手のひらを取っているのがわかった。「あっ……!」連れていかれたのは、壁一面の鏡の前だった。紗良は一瞬立ち止まり、また足を進めた。鏡には、見慣れた練習場と、ここへ入れたことのなかった男が一緒に映っていた。隼人が、耳元へ唇を寄せた。「奥様、あの鏡をまっすぐ見てください」熱い手のひらが、薄いシルクの裾からためらいなく入り込む。滑らかなくびれに、たこのできた掌が直接触れた瞬間、紗良はこらえきれずに声を漏らした。「はぁっ……!」「ご主人は、ここに立って奥様を抱いていたんですか?」隼人の指が肋骨に沿って上がり、心臓のすぐ下を強く押した。「それとも、あの鏡の前で体をけなし、役立たずだとののしっていた?」紗良は鏡の中の自分を見た。ここに立たされ、「皮だけの人形」と言われた声が蘇る。隼人が動きを緩めると、紗良は首を振った。やめてほしいわけではない。ただ今は、あの話をこれ以上聞きたくなかった。「あの人の話は、もうやめましょう」隼人の硬い腰が紗良の臀部に強
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-23
Mehr lesen

10話. 革のカウチに堕ちる夜

「はぁ……っ……!」打席脇の上質なイタリア製の革のカウチが、2人の重みに耐えかねてきしんだ。隼人の硬い胸が紗良の柔らかな胸を押し、隙間なく重なる。荒々しい手が、シルクのトップスをたくし上げた。あらわになった腰と腹を冷たい空気がなでた瞬間、隼人が、鎖骨の下の柔らかな肌に噛みついた。鋭い痛みとともに、快感の火花が背筋を駆け上がる。紗良の爪先が革のクッションに押しつけられ、きゅっと縮んだ。「奥様、力を抜いて」低く湿った声が、耳の下をなめるように響いた。硬い指がくびれた腰骨を両側からつかみ、しっかりと固定する。「ゴルフのときのように……腰を柔らかく。そうしないと、俺が全部入れないでしょう」「はぁ……隼人……!」夫ではない、年下のコーチの名前が、切ない声になってこぼれた。そのひと言で隼人の目に熱が走る。重い腰がためらいなく動き、紗良の内側へ深く入り込んだ。ドン!カウチが床を擦ってずれた。紗良は息を吸うこともできず、首を反らした。激しく、規則正しい動きに体が揺れるたび、天井のシャンデリアがまぶしい軌跡を描き、視界の中で回った。雅臣と暮らした7年間、1度も知らなかった、骨の奥まで燃えるような歓びだった。夫はいつだって、紗良を見せびらかすための飾りか、自分の欲望を吐き出すだけの受け身の道具として扱ってきた。けれど、この男は違った。最も敏感な感覚を執拗に呼び覚まし、体中の細胞が息を吹き返すほど、激しく追い立ててくる。「奥様、俺を見て」隼人は紗良の顎をつかみ、荒々しく唇を重ねた。荒い息と粘つく唾液が絡み、窒息しそうな熱を生む。彼の汗が胸元へぽたり、ぽたりと落ちた。「ここは……ご主人の聖域だそうですね」隼人が耳元へ、冷ややかな言葉を荒い息に混ぜて吐いた。「あの男が毎日ドライバーを振っていた、この練習場で。あなたは今、俺の下で喘いでいます」残酷な言葉が、羞恥と背徳感を限界まで高めた。紗良は込み上げる涙をのみ込み、汗に濡れた背中を爪で強くかいた。「ええ……もっと。あの男の痕なんて、骨の奥まで全部消して!」挑むような叫びに、隼人が低くうなり、最後の激しさで応えた。頂点へ駆け上がる結びつきの果てで、紗良の体が真っ白に弾けた。「はぁあっ……!」人気のない地下練習場を、2人の荒い息だけが満たしていた。隼人は彼女の胸元へ顔を埋め、息をついている。紗良は濡れ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-23
Mehr lesen
ZURÜCK
1234
CODE SCANNEN, UM IN DER APP ZU LESEN
DMCA.com Protection Status