紬が目を開けると、廊下の先に夫の靴が見えた。昨夜は帰ってくる音を聞かなかった。ドアを開けたままの小さな部屋で体を起こすと、リビングにいた直人がシャツの袖を引きながら尋ねた。 「昨日、電話してたね」 「うん」 紬はベッドの縁に腰掛け、床に足を下ろした。直人が部屋の入口に近づくと、膝に置いていた手を開いた。 「昨日、病院に電話したの。食事もあまり取れないし、体が……」 「病院は何て?」 「様子を見て、また連絡するようにって。でも、一人だと……」 直人のスマートフォンが鳴った。彼は画面に目を落とした。 「ちょっと待って。もう車が来た」 シャツのボタンを留めかけの手で電話に出て、スマートフォンを肩と耳の間に挟んだ。 「はい、今下ります。5分で。資料は持っています」 紬はスリッパを履いた。電話が終わるまで待っていたが、直人は折り畳んだイベントの資料を先に鞄へしまった。 7月9日、水曜日。用紙の一番上には、今日の日付が大きく記されていた。 「授賞式は夜じゃないの?」 「昼から撮影と対談の準備もあるんだ。今日、終わったら連絡する。打ち上げもあるから」 「遅くなるって言ってたね」 直人は鞄を持ち上げながら、妻のコップを脇へ押しやった。 「ちゃんと食べておけよ。昨日頼んだもの、残ってるだろ」 「さっきの話、帰ってきたら聞いてくれる?」 「あ
最終更新日 : 2026-10-30 続きを読む