All Chapters of 冷酷な暗殺者の唯一の例外: Chapter 1 - Chapter 4

4 Chapters

第1話

その男の名前を聞いて、恐怖を覚えない者は裏社会にはいない。———九条玲。国際犯罪組織《ブラックパンサー》の幹部であり、組織内でも五本の指に入る実力者。暗殺、制圧、そして組織にとって邪魔な存在の排除など、彼に与えられる任務は決して表には出せないものばかりだった。「九条玲に狙われたら終わり」それは裏社会における、暗黙の共通認識だった。深夜二時、都内から少し離れた場所にある廃工場。その一室に、数人の男たちが集まっていた。「……これで全員か」低く、抑揚のない、それでいて部屋の空気が氷点下まで冷え渡るような声が響く。部屋の中央に立つ男は黒いスーツの上着を軽く整えた。九条玲だ。「はい。対象の身柄も確認できています」傍らに立つ男が答え、玲は一度だけ室内を見渡した。そこにあるのは、倒れた男たちの身体と、壁際で震えている一人の男。その男こそ今回の標的だった。「九条さん……待ってください。話せば分かるはずです」男は必死に声を絞り出したが、玲は答えない。そして、彼が男を見る目には何の感情もなかった。まるで目の前の男など、取るに足らない存在だと言わんばかりだった。「金なら用意します。いくらでも払います。だから――」「必要ない」短い返答を返し、玲は続ける。「あなたが誰に雇われたのかも、何を企んでいたのかも、こちらはすべて把握している」男の顔から血の気が引いていき、何の言葉も吐き出せない。玲は構わず続ける。「それに、今さら話し合う必要もない」玲は懐から取り出した拳銃を構えた数秒後、乾いた銃声が廃工場に響いた。それで終わりだった。横たわった屍にくるりと背を向けると、「片付けておけ」とだけ言い残す。「了解しました」部下が淡白にそう答えると、玲はそれ以上振り返ることなく廃工場を後にした。彼にとって、人の命を奪うことに特別な意味はない。任務であれば遂行する、必要であれば排除する。 ただ、それだけで、そこに怒りも、憎しみも、罪悪感もなかった。廃工場を出ると、外は雨だった。「九条さん、本部へ戻られますか?」玲が廃工場を出ると、彼の右腕の朔が待機していた。「いや。屋敷へ戻る」「了解しました」そして、玲と朔は、廃工場から数百メートル離れた路地裏に停めてある漆黒の SUV へと向かった。「……九条さん」「何だ」「先ほどの件で
last updateLast Updated : 2026-11-04
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第2話

目を覚ましたとき、彼女の視界に映ったのは見知らぬ天井だった。ぼんやりとした意識の中、彼女はゆっくりと瞬きをする。白い天井、見慣れない照明。更に目だけを動かして周りを見ると、そこはどこか静かな部屋。自分がどこかの天蓋つきのベッドに寝かされているらしいということは理解できた。ここは、どこなのだろう。そう思って身体を起こそうとした瞬間、全身に鈍い痛みが走った。「……っ」思わず小さく声が漏れる。身体が重く、頭も痛い。何より、自分がなぜここにいるのか、まったく思い出せなかった。どこから来たのか、自分が誰なのか、そして最後に何をしていたのか。それらのことを考えようとするほど、頭の中に霧がかかったようになっていく。「目が覚めたか?」突然、冷たさを帯びた声が部屋の隅から聞こえてきた。彼女は驚き、声がした方へ顔を向けつつゆっくり身体を起こして見ると、部屋の入り口に一人の男が立っていた。黒いスーツを着た三十代半ばほどの男。整った顔立ちをしているが、その表情からは何の感情も読み取れない。「……あなたは?」か細い、掠れた声で尋ねると、男は静かに答えた。「私は片桐朔と言う」彼女は一瞬考えを巡らせるが、その名前に覚えはなかった。「ここは……?」「九条さんの屋敷です」「九条……さん?」彼女が聞き返すと、朔は少しだけ視線を動かした。「あなたは昨夜、道路脇で倒れていたところを九条さんに拾われた」拾われたというその言葉を聞いても、彼女には何も思い出せなかった。「九条さんというのは……?」「じきに会えばわかる」朔はそれ以上詳しい説明をしなかったので、彼女は不安そうに視線を落とす。「私……どうして、あそこにいたんでしょう」「それは、こちらが聞きたい」朔の返答は淡々としていた。 「あなたの所持品から身元を確認できるものは何も見つかっていない。こちらでも調べている」「そう、ですか……」彼女は自分の手を見つめた。名前も、住所も、家族のことも分からない自分。その事実が、遅れて胸に重くのしかかってきた。「……私、誰なんでしょう」ぽつりとこぼれた言葉に、朔は答えず、目を細めただけだった。そのときだった。「朔」部屋の外から、低い声が響き、朔が振り返る。「九条さん」扉の向こうに立っていたのは、昨夜倒れていた彼女を抱き上げた男だった。
last updateLast Updated : 2026-11-04
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第3話

九条玲の屋敷は、想像していた以上に広かった。重厚な門を抜けた先には、手入れの行き届いた庭園が広がる。さらにその奥には黒と白を基調とした大きな邸宅が佇んでいる。それはまるで映画に出てくるような豪邸だった。けれど、彼女にとってその場所は、決して安心できる場所とは言い切れなかった。屋敷の中は静かすぎるほど静かで、廊下を歩く人間たちも必要以上に口を開かない。誰もが何かを警戒しているように見えた。片桐朔に屋敷を案内され、彼女は西側の廊下を歩いていた。「……ありがとうございます」「必要なものがあれば、私に言いなさい」朔は淡々とそう告げ、彼女は彼を見上げる。「九条さんは……?」彼女が恐る恐る尋ねると、朔は少しだけ視線を彼女に向けて淡々と答える。「九条さんは基本的にお忙しい方だ。任務で外出されることも多く、屋敷にいらっしゃってもあなたと顔を合わせる機会は少ないから、変に気にすることはない」「そう、ですか……」それを聞いて彼女は少しだけ安堵した。あの冷たい瞳を思い出すだけで、胸が苦しくなる。ただし、と朔の声が続いた。「先ほど九条さんから指示があったように、この西側の区域からは出ないように」「西側……?」「ああ。東側には九条さんの私室や執務室があるから許可なく立ち入らないように。西と東の区別は吹き抜けになっている玄関ホールだ。今から連れていくからついてこい」「……分かりました」朔は顎を玄関の方へしゃくり、彼女は小さく頷いた。この屋敷に置いてもらう以上、彼の言うことに従うしかないと彼女は直感的に感じた。朔に連れられて見る屋敷の中央に位置する玄関ホールは、思わず息を呑むほど広々としていた。高くそびえる天井は二階まで吹き抜けになっており、頭上には繊細な装飾が施された大きなシャンデリアが吊るされている。そして、柔らかな光が降り注ぎ、磨き上げられた黒い大理石の床に淡く反射していた。正面には重厚な両開きの玄関扉。その左右には、東西それぞれの棟へと続く長い廊下が伸びている。 壁には落ち着いた色調の絵画が飾られ、随所に置かれた花瓶や調度品も、どれ一つとして安価なものには見えなかった。華美というよりは、静かな威圧感を漂わせる空間だった。ホールの奥には緩やかな曲線を描く大階段があり、磨かれた手すりが二階へと続いている。階段の上からは、
last updateLast Updated : 2026-11-04
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第4話

彼女が屋敷に来てから、数日が経った。彼女は西棟の自室で過ごす時間が多く、屋敷の人間とも少しずつ顔を合わせるようになっていた。それでも、彼女の心には常に不安があった。自分が誰で、なぜあの日、雨の中で倒れていたのか。何一つ思い出せない。そして、もう一つ、この屋敷の主である九条玲という男が何者なのか。彼女はまだ、その答えを知らないでいた。昼過ぎ、彼女は食事を終え、部屋へ戻る途中だった。玄関ホールを抜けようとしたとき、廊下の向こうから小さな話し声が聞こえてきた。「……九条様が昨夜も任務に出られたそうよ」「また? 本当に休まれない方ね」「それにしても、あの方が女性を屋敷に連れて帰るなんて……」「本当に、あの九条様がでしょう?」彼女は思わず足を止めた。聞くつもりはなかったけれど、彼らの口から出た言葉がどうしても気になった。「……九条さん?」小さく呟いた、そのとき。何をしている」背後から声がし、彼女はびくりと肩を震わせ振り返る。そこには、片桐朔が立っていた。「……あ、すみません」「何かあったのか」「いえ……」彼女は一度視線を落としたが、朔の纏う圧が沈黙を許さない。だから、彼女は迷いながらも口を開く。「九条さんは……どんな方なんですか?」朔はわずかに目を細めて彼女を見つめる。「九条さんのことか」「はい……。皆さん、九条さんのことを少し怖がっているように見えて……」数秒の沈黙のあと、朔は淡々と答えた。「九条さんは、《ブラックパンサー》という組織に属している」「……ブラック、パンサー?」聞き慣れない言葉に、彼女は首を傾げる。「ああ、裏社会の組織だ。九条さんはその中でも、特に強い権限を持つ人物の一人だ」 彼女の表情が少しずつ変わっていく。「……裏社会?」「ああ」朔は一切表情を変えず、むしろ当たり前のようにさらっと言ってのける。「任務の内容について、私から詳しく話すことはできない。ただ、九条さんがどういう世界に身を置いているかは、理解しておいた方がいい」彼女は言葉を失った。あの冷たい瞳、感情を感じさせない声、そして自分を見下ろしていた、あの日の姿。それらが脳裏に浮かぶ。「……九条さんは、人を……」そこから言葉が続かな
last updateLast Updated : 2026-11-05
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