その男の名前を聞いて、恐怖を覚えない者は裏社会にはいない。———九条玲。国際犯罪組織《ブラックパンサー》の幹部であり、組織内でも五本の指に入る実力者。暗殺、制圧、そして組織にとって邪魔な存在の排除など、彼に与えられる任務は決して表には出せないものばかりだった。「九条玲に狙われたら終わり」それは裏社会における、暗黙の共通認識だった。深夜二時、都内から少し離れた場所にある廃工場。その一室に、数人の男たちが集まっていた。「……これで全員か」低く、抑揚のない、それでいて部屋の空気が氷点下まで冷え渡るような声が響く。部屋の中央に立つ男は黒いスーツの上着を軽く整えた。九条玲だ。「はい。対象の身柄も確認できています」傍らに立つ男が答え、玲は一度だけ室内を見渡した。そこにあるのは、倒れた男たちの身体と、壁際で震えている一人の男。その男こそ今回の標的だった。「九条さん……待ってください。話せば分かるはずです」男は必死に声を絞り出したが、玲は答えない。そして、彼が男を見る目には何の感情もなかった。まるで目の前の男など、取るに足らない存在だと言わんばかりだった。「金なら用意します。いくらでも払います。だから――」「必要ない」短い返答を返し、玲は続ける。「あなたが誰に雇われたのかも、何を企んでいたのかも、こちらはすべて把握している」男の顔から血の気が引いていき、何の言葉も吐き出せない。玲は構わず続ける。「それに、今さら話し合う必要もない」玲は懐から取り出した拳銃を構えた数秒後、乾いた銃声が廃工場に響いた。それで終わりだった。横たわった屍にくるりと背を向けると、「片付けておけ」とだけ言い残す。「了解しました」部下が淡白にそう答えると、玲はそれ以上振り返ることなく廃工場を後にした。彼にとって、人の命を奪うことに特別な意味はない。任務であれば遂行する、必要であれば排除する。 ただ、それだけで、そこに怒りも、憎しみも、罪悪感もなかった。廃工場を出ると、外は雨だった。「九条さん、本部へ戻られますか?」玲が廃工場を出ると、彼の右腕の朔が待機していた。「いや。屋敷へ戻る」「了解しました」そして、玲と朔は、廃工場から数百メートル離れた路地裏に停めてある漆黒の SUV へと向かった。「……九条さん」「何だ」「先ほどの件で
Last Updated : 2026-11-04 Read more