Todos los capítulos de 奪われた息子が、私を「お母さん」と呼ぶ日まで: Capítulo 21 - Capítulo 30

39 Capítulos

21話. 合法

篠宮の相談室で、6回目の面談が行われた。紗奈が入室すると、篠宮は机の上に書類とUSBメモリを出していた。シャツの袖をまくったまま、書類を整理している。「今日は、看護師さんから届いた資料についてお話しします」紗奈が椅子に座った。篠宮は書類ファイルを開いた。万年筆で『録音証拠の保全――取得経緯の整理』と、用紙の上部に書き込む。「看護師さんから送られてきた資料を整理しました。中心となるのは録音ファイルです」「録音、ですか?」「5年前、看護師さんが義母と交わした会話を録音していたそうです」紗奈の背中が、椅子の背もたれから離れた。「会話を録音していたんですか?」「はい。看護師さん自身が会話の当事者で、その場で交わした会話を録音したものです」篠宮は書類の中から経緯書の写しを取り出し、紗奈のほうへ滑らせた。看護師本人が作成したものだった。日付、場所、会話の相手、録音機器、録音した理由が記されている。「この録音は、法的に問題にならないんでしょうか?」「問題にならない場合があります。通信秘密保護法で禁じられているのは、『他人同士の会話を第三者が録音すること』です」篠宮は万年筆の先で、経緯書の一文を示した。「この場合、看護師さんは会話の当事者です。義母と直接話をしていて、その会話を録音した。会話に参加している本人が自分の会話を録音することは、第三者による盗聴には当たりません」「では、合法ということですか?」「会話の当事者による録音ですから、通信秘密保護法違反には当たりません。ただし、証拠能力については裁判所が判断します」紗奈は経緯書に目を通した。看護師の文字は小さく、慎重に書かれていた。日付は5年前。紗奈が入院していた時期と重なっている。「どうして看護師さんは録音したんでしょうか?」「経緯書に書かれています。『所見書の作成に関して義母の指示が不当だと判断し、後日問題になった場合に備えて録音した』と」紗奈は、その一文をもう一度読み返した。看護師は5年前の時点で、すでにおかしいと感じていたということだ。所見書が正規の手続きで作成されたものではないと、当時から気づいていた。紗奈が入院していたあの頃、紗奈の知らない場所で、誰かが異変を記録していた。その事実が、胸の奥を強く押した。自分は1人ではなかった。あのときも、今も。「録
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22話. 原本

土曜日の午後、市内の小さなカフェで看護師と会った。篠宮も一緒だった。店の隅の席に座った。看護師は短い髪に眼鏡をかけていた。灰色のコートを着ていて、手の甲にはそばかすが見えた。前に会ったときと同じ姿だった。篠宮が録音機を取り出し、テーブルの上に置いた。「面談の内容を記録してもよろしいでしょうか?」「はい」看護師がうなずいた。紗奈は看護師の顔を見た。緊張した表情だった。コーヒーカップを包む指に力が入り、白くなっていた。篠宮が書類を取り出した。「先日送っていただいた経緯書をもとに、いくつか確認させてください」「はい」「録音した当時の状況を、もう少し具体的に教えていただけますか。義母との会話は、どこで行われたのでしょうか」看護師はコーヒーカップから手を離し、膝の上に置いた。「病院の1階、ロビーの隣に小さな面談室がありました。付き添いの方との面談に使う部屋で、その日、義母が私を呼び出したんです」「何時頃でしたか?」「午後3時を過ぎた頃です。紗奈さんがお昼寝をしている時間でした」紗奈の手がテーブルの上で止まった。5年前、紗奈が病室で眠っている間に起きたことだった。「義母は、最初に何と言ったんですか?」「所見書の話を持ち出しました。担当医が書くものとは別に、ほかの医師から所見書をもらえないか、と」「看護師さんは、何と答えたんですか?」「それは担当医が判断することです、と答えました。そうしたら義母が……」看護師は言葉を切った。眼鏡の奥の目が、紗奈を見た。紗奈は大丈夫だと伝えるように、静かにうなずいた。「義母は『別の医師を知っているから、そちらに頼む』と言いました。それから、所見書に書かせる内容を指定したんです」「どのような内容だったのでしょうか?」看護師の声が低くなった。「詳しいことは……録音に全部残っています」篠宮がうなずいた。「録音を始めたのは、いつですか?」「義母に呼ばれてから2、3分後です。スマホの録音機能を起動して、ポケットに入れたまま話しました」「なぜ録音したんですか?」看護師は膝の上で両手を組んだ。「おかしいと思ったからです。保護者が所見書の内容を指定するなんて。まだ1年目でしたけど、それが普通ではないことくらいわかりました」「後で問題になることを考えて、記録したのでしょうか?」「その
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23話. 声

水曜日の夜、篠宮の事務所。仕事を終えると、そのまま急いで来た。紗奈は相談室の椅子に座り、テーブルの上を見つめた。ノートパソコンが開かれ、小型のスピーカーが接続されていた。先週の土曜日に看護師から受け取ったUSBメモリが、ノートパソコンに差し込まれている。相談室のドアは閉まり、ブラインドも下ろされていた。篠宮がノートパソコンを操作し、ファイル一覧を開いた。音声ファイルが1つあった。ファイル名には日付が記されている。5年前、紗奈が入院していた時期の日付だった。「再生します」篠宮は再生ボタンを押す前に、紗奈を見た。「不快に感じる内容かもしれません。大丈夫ですか?」「はい」再生ボタンが押された。最初の数秒は雑音だった。ポケットの中で録音されたような、かさかさという音が聞こえた。そして、声がした。最初に聞こえたのは看護師の声だった。震えている。『はい、お話しください』そのあと、別の声が聞こえた。低く、きっぱりとした女の声だった。紗奈の背筋がこわばった。5年間、聞いていなかった声だったが、一言聞いただけでわかった。義母だった。紗奈は膝の上に手を置き、拳を握りしめた。録音の中の義母が話を続けた。所見書についてだった。担当医が書く所見書とは別に、もう1通必要だという内容だった。看護師の声が再び聞こえた。『担当の先生の所見書があるのに、別にもう1通必要なんですか?』義母の声が鋭くなった。『いいから。私の知っている医師がいるの。そっちで書いてもらうから』『どんな内容をですか?』しばらく沈黙があった。そして、義母の声が低くなった。『その所見書に入れて。自傷のおそれがあるって』紗奈の息が止まった。自傷のおそれ。5年前に裁判所へ提出された所見書に書かれていた、まさにその文言だった。医師の医学的判断によって書かれたと信じていた言葉が、義母の口から出てきた。看護師の返事が聞こえた。『それは……患者さんの状態とは違います』『あなたの知ったことじゃない。わかった?』録音が一度途切れ、また続いた。何かが擦れる音がして、ドアの閉まる音がかすかに聞こえた。篠宮が再生を止めた。相談室が静まり返った。紗奈は膝の上の拳をほどけなかった。爪が手のひらに食い込んだ跡が残っていた。「この声が誰のものか、おわかりにな
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24話. 退行

金曜日の夜、篠宮から電話がかかってきた。紗奈は仕事を終えて帰宅し、養育計画書を修正していた。監督面接まで、あと2週間。通園方法の欄に、バスの路線と所要時間を書き込んでいたところだった。「水原さん、相手側の動きについてお伝えします」「はい」「相手側の代理人が、裁判所に意見書を提出しました。監督面接のあと、子どもに情緒面の退行が現れるおそれがある、という内容です」紗奈のペンが、紙の上で止まった。「退行、ですか?」「面会交流のあと、子どもに夜尿や分離不安、睡眠障害などの症状が現れる可能性があるため、監督面接の回数や時間を制限すべきだという主張です」「まだ面接も始まっていないのに?」「そうです。あらかじめ退行の可能性を主張しておき、面接後に実際に子どもに変化が現れたら、それを根拠に面接を縮小するつもりなのでしょう」紗奈は椅子から立ち上がり、流し台の前へ行った。水を注ごうとして、コップを落としそうになった。コップを置き、流し台の縁をつかんだ。面接の日が近づくにつれ、相手側の動きが早くなっていた。義母からの電話。そして今度は意見書。「それでは、面接が取り消される可能性もあるんですか?」「現時点で、面接そのものが取り消されることはありません。相手側の意見書は裁判所に提出されましたが、それを裁判所が認めるかどうかは別の問題です」「裁判所が認めたら?」「面接時間が短縮されたり、回数が制限されたりする可能性はあります。ただ、1回目の監督面接まで取り消すのは、かなり難しいでしょう」紗奈は再び椅子に座った。養育計画書を置いた机を見た。さっきまで書いていた通園方法の文字が、ぼやけて見えた。面接をする前から、面接は子どもに悪影響を与えるという意見書を出すなんて。紗奈は歯を食いしばった。「水原さん。この意見書が意味するのは、相手側が面接そのものを望んでいないということです」「わかっています」「面接で子どもが水原さんに好意的な反応を示せば、監護者変更の審判で相手側に不利になる可能性があります。だから、面接の効果をあらかじめ否定しようとしているんです」紗奈は目を閉じた。悠真が紗奈を見て、手を伸ばした日のことが浮かんだ。幼稚園の前で、小さな手が宙に伸び、芹奈に抱き上げられたとき、ゆっくりと下りていった。その手をもう一度握る機会が、監督面
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25話. 選択

篠宮の相談室。紗奈が入ると、篠宮は書類を2通、並べて待っていた。1通は録音の反訳書の要約、もう1通は裁判所に提出する書面だった。「今日は2つ、お伝えすることがあります。いい知らせと、悪い知らせです」紗奈は椅子に座った。篠宮の表情は、いつもより引き締まって見えた。まくったシャツの袖の上に、書類が置かれていた。「まずは録音の反訳書です」篠宮は反訳書の要約を紗奈のほうへ押し出した。紗奈は紙を受け取った。録音内容の重要な部分が整理されていた。前回の面談で聞いた義母の声が、文字になって並んでいた。『その所見書に入れて。自傷のおそれがあるって』『子どもの前で物を投げたことも入れて』『あなたの知ったことじゃない』紗奈の目は、2つ目の文で止まった。陳述者である高宮澄江の陳述内容と同じ筋立てだった。所見書と陳述書の内容が、義母の指示によってそろえられたということだ。「この反訳書によって、義母が介入したことを立証できます。所見書と陳述書が、それぞれ独立した判断で作成されたのではなく、義母の指示に従って作られたという根拠になります」「所見書だけでなく、陳述書の内容まで指示したんですか?」「録音の文脈から考えると、そう見ていいでしょう。高宮澄江さんの『物を投げるところを目撃した』という陳述も、義母のこの指示と一致しています」紗奈は膝の上で拳を握りしめた。所見書、陳述書、そしてそれを指示した人物。5年間、紗奈が探し続けていたつながりが、1枚の反訳書に集まっていた。「刑事告発もできるんでしょうか?」「虚偽診断書の作成・行使、偽計による公務執行妨害などの容疑を検討できます。義母については教唆犯として、作成した医師については正犯として」紗奈の指が、反訳書の上で止まった。5年間、紗奈の人生を壊してきた書類の始まりが、この反訳書の中にあった。これを裁判所に出せば、すべてが変わるかもしれない。「次は、悪い知らせです」篠宮はもう1通の書類を紗奈の前に置いた。裁判所から届いた通知書だった。「相手側が、保全処分の取消しを申し立てました」紗奈の息が止まった。「監督面接を取り消そうとしているんですか?」「保全処分そのものを取り消してほしいという申立てです。それと同時に、児童心理の専門家による退行に関する意見書を添付しています」篠宮は添付され
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26話. 優先

篠宮の事務所で、緊急の面談が行われた。翌朝のことだった。紗奈は半休を取って来ていた。保全処分の取消申立てに対する反論書面を作成しなければならなかった。篠宮は机の上に書類を広げた。相手側が提出した取消申立書、退行に関する意見書、そして篠宮が一晩かけて作成した反論書面の草案が、横一列に並んでいた。紗奈は書類の量を見て、息を吸い込んだ。篠宮が一晩で準備した分量だということがわかった。「反論の論点は3つです」篠宮は万年筆で番号を書き込んだ。「1つ目。面会交流は子どもの権利です。別居親との交流は、子どもの健全な発達に必要だというのが、家庭裁判所の一貫した考え方です」「はい」「2つ目。退行に関する意見書は、根拠が不足しています。児童心理の専門家が子どもを直接評価しないまま作成した意見書なので、具体的な根拠がありません」「その専門家は、悠真に会ったこともないんですか?」「はい。意見書には『子ども本人との直接面談は実施していない』と記載されています。相手側の代理人から提供された資料だけをもとに意見をまとめたんです」紗奈は意見書を手に取り、その文言を確認した。ページの下のほうに、小さな文字で記されていた。『本意見書は依頼人側から提供された資料に基づいて作成したものであり、児童本人との直接面談は実施していない』紗奈の目が大きく開いた。「子どもに会いもしないで、退行を主張したんですか?」「そうです。ここが反論の核心です」篠宮は反論書面の草案を紗奈に見せた。整った文章で、論拠が整理されていた。判例番号や学術研究の引用が、脚注に付されていた。「3つ目。長期間にわたって交流が断たれることのほうが、子どもに大きな害を与えるという研究を添付します。5年間、面会交流が中断されている状態で、さらに先延ばしにすることは子の福祉に反します」紗奈はうなずいた。「この書面が認められれば、面接の日程は維持されるんですか?」「裁判所が取消申立てを却下すれば、維持されます。ただし、保証はできません」紗奈は草案に目を通した。篠宮が一晩かけて作成したものだった。机の端にはコーヒーカップが2つ置かれていて、そのうち1つは空だった。「水原さんの陳述書も一緒に提出します」「陳述書には、何を書けばいいんでしょうか?」「5年間、面会交流が中断された経緯。子どもに
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27話. 提出

水曜日の午後、裁判所に書類を提出した。篠宮と一緒に、家事受付の窓口の前に立った。篠宮は反論書面、紗奈の陳述書、判例の添付資料を順番に取り出し、職員に渡した。職員は書類を1枚ずつ確認し、受付印を押していった。トン。印を押す音が、受付の中に響いた。紗奈はその音に、肩がびくりと動くのを感じた。5年前も、この受付で書類が受理された。あのときは、紗奈から監護者の地位を奪う書類だった。今日は、紗奈が子どもに会うための書類だった。「受け付けました」職員が受付確認書を差し出した。篠宮は確認書を受け取り、紗奈に見せた。受付番号と日付が印字されていた。「取消申立てに対する反論書面、陳述書、添付資料一式を受理しました」「裁判所の判断は、いつ頃出ますか?」「通常は1、2週間以内です。監督面接の日程が6月7日ですから、その前に判断が出る必要があります」「もし、判断が間に合わなかったら?」「面接の日程が保留になる可能性があります。ただ、日程が迫っている案件については、裁判所も迅速に処理する傾向があります」「相手側が、また別の書面を出す可能性はありますか?」「あります。ただ、追加の書面が出されたとしても、こちらはすでに反論の根拠を提出しています。裁判所が総合的に判断することになります」紗奈はうなずいた。篠宮は書類をファイルに入れ、バッグにしまった。「こちらでできることは、すべてやりました」「はい」「結果を待つ間は、面接の準備に集中してください」家事受付を出て、裁判所の廊下を歩いた。篠宮はエレベーターの前で紗奈を見た。「監督面接で注意することをお伝えします」「ここでですか?」「手短に」篠宮は廊下の壁に寄りかかり、書類を見ずに話し始めた。「面接が始まる前に、調査官が水原さんに挨拶し、面接の進め方を説明します。子どもが入ってきたら、自然に挨拶してください。名前を呼んであげればいいです」「悠真、と呼べばいいんですね?」「はい。子どもが反応しなくても、待ってください。こちらから近づかず、子どものほうから来るのを待つのがいいでしょう」紗奈はうなずいた。頭の中に、その場面を思い描いた。相談室のドアが開き、小さな子どもが入ってくる。青いバッグを背負ったまま。辺りを見回し、紗奈を見る目。紗奈はその子を見て、名前を呼ぶ。悠真。「お
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28話. 署名

裁判所の決定が出た。保全処分の取消申立ては却下。監督面接の日程は維持された。篠宮から電話で知らされたとき、紗奈は会社のトイレではなく、自分の席にいた。イヤホンをつけ、うつむいたまま話を聞いた。隣には同僚がいたが、紗奈の表情は変わらなかった。通話を終え、スマホを机の上に置いた。画面が消えた。紗奈は静かに息を吐き、モニターに向き直った。キーボードに置いた指先だけに、力が入っていた。面接の日程は守られた。6月7日。あと4日。仕事を終えたあと、篠宮の事務所で面談があった。紗奈が相談室に入ると、篠宮は新しい書類を出していた。裁判所の決定書の写しだった。「却下の理由は簡単です。退行に関する意見書は、子ども本人と直接面談しないまま作成されたため、面接を保留する根拠としては不十分だと判断されました」「予想どおりでしたか?」「反論書面で、最も強調した点です」紗奈は決定書を読んだ。裁判所の文章は事務的で、短かった。感情のない文字だったが、紗奈にとっては、その一行一行が悠真に会えるという意味を持っていた。『申立人の疎明は不十分であるため、保全処分の取消申立てを却下する』今回、『却下』という言葉は紗奈の味方だった。「今日は、別の件もあります」篠宮は決定書を片づけ、別の書類を取り出した。診療記録の写しだった。「所見書を作成した医師の身元を追い始めました」紗奈の視線が書類に向いた。「看護師さんから送られてきた資料の中に、入院期間中の診療記録の写しがありました。ここに、所見書に関連する記録が一部残っています」篠宮は診療記録の1ページを開いた。診療内容の横に、手書きの署名があった。紗奈の担当医の署名だった。「こちらが担当医の署名です。通常の診療記録ですね」篠宮は別のページを開いた。そこにも署名があった。別の署名だった。筆跡が違っていた。「こちらの署名は、担当医のものではありません」紗奈は2つの署名を見比べた。確かに違っていた。最初の署名は整っていて一定の筆跡だったが、もう一方は急いで書いたように乱れていた。「この署名が、所見書を書いた医師のものという可能性はありますか?」「高いと思います。この記録が作成された日付は、義母が看護師さんに所見書の内容を指示した録音の日付と同じ週です」紗奈の手が書類の上で止まった。
last updateÚltima actualización : 2026-11-04
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29話. 赤い線

紗奈は仕事を終えて帰宅すると、机の前に座った。引き出しから、5年間保管してきた書類ファイルを取り出した。茶色い書類封筒が3つ、透明なファイルが2つ。離婚審判に関する書類、面会交流の申立て却下通知、接近禁止命令の写し、監護者指定の審判書。5年間、何度も何度も読み返してきた書類だった。最初は内容が理解できなくて、そのうち見落としがないか確かめるために。今は、違う目で読んでいた。紗奈は監護者指定の審判書を開いた。審判書の『理由』の欄に書かれた文章を、ゆっくりと読んだ。『申立人(水原紗奈)は産後うつの治療中であり、自傷のおそれおよび乳児への危険があるとの専門医の所見があり』紗奈は赤いペンで、その文章に線を引いた。この所見書は担当医ではなく、外部の医師が作成した虚偽のものだと、今ではわかっていた。録音の証拠がある。看護記録との食い違いがある。診療記録の署名も異なっている。次の文章。『親族である高宮澄江が、感情の起伏および児童の放置を目撃したと陳述しており』赤い線。高宮澄江の陳述が義母の指示によるものだという録音の証拠があった。その場にいられないはずの人物による目撃証言。次の文章。『相手方(高宮直哉)および相沢芹奈の陳述によれば、子どもへの関心が薄れており』赤い線。これも独立した陳述だったのか、確認しなければならなかった。紗奈はペンを置き、審判書をもう一度見た。赤い線が3本。虚偽の所見書、虚偽の陳述、事実を歪めた陳述。この3つが、審判書の根拠になっていた。スマホが鳴った。妹だった。「お姉ちゃん、土曜日にお菓子を買いに行くとき、何時に待ち合わせる?」「9時。スーパーが開いたらすぐ」「わかった。何を買うかリストを作っておいてね」「グミ、果汁飲料、動物の形をしたお菓子」「ほかには?」「それで十分じゃない?」「色鉛筆かスケッチブックも買ってあげて。子どもって、そういうのが好きだから」「面会交流センターにはおもちゃがあるって。別に持っていかなくてもいいらしいよ」「それでも、小さいものが1つあるといいよ。子どもが手に取れるもの。大きすぎないものね」紗奈は少し考えた。「色鉛筆ならいいかも」「12色入りね。ケースがかわいいものを選んで」「わかった」「お姉ちゃん、子どもには何て挨拶するの?」「悠真、って呼ぼ
last updateÚltima actualización : 2026-11-04
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30話. 独立

篠宮からメッセージが届いた。面接前日の夜だった。『相手側の代理人から書面が届きました。内容をお伝えします』紗奈は電話をかけた。「どのような書面ですか?」「相手側が、所見書について初めて正式に反論を出してきました」「所見書ですか? こちらは録音を提出していないのに」「録音はまだ提出していません。ただ、こちらが診療記録の照会を申請したことを、相手側が知ったようです」紗奈はスマホを強く握った。「どんな内容ですか?」「所見書は『独立した医学的判断に基づいて作成されたもの』だという主張です」篠宮の声は、いつもよりさらに淡々としていた。「所見書を書いた医師が、自分の専門的な判断に基づいて独立して作成したものであり、第三者が内容に介入する余地はなかった、という論旨です」「録音では、義母が指示していたのに、独立した判断だというんですか?」「はい。ですから、この主張は録音を提出すれば崩れます。ただ、今は録音の提出を保留しているので、相手側は私たちが録音を持っていることを知りません」「それなら、相手側は所見書を守り切れると思っているんでしょうか?」「そう見えます。診療記録の照会を申請しただけで、所見書への反論が始まると判断したのでしょう」紗奈は窓の外を見た。夕空が暗くなり始めていた。明日は面接だった。相手側の書面が、面接に影響するのだろうか。「明日の面接に影響はありますか?」「ありません。この書面は所見書に対する防御の主張であって、面接の日程に異議を申し立てるものではありません。面接は予定どおり行われます」「わかりました」「ただ、この書面には重要な意味があります」「どんな意味ですか?」「相手側が所見書を守ろうとし始めたということは、所見書が攻撃されると予想しているということです。防御を始めた時点で、すでに不利になっているんです」篠宮は少し黙ってから、話を続けた。「それから、『独立した医学的判断』という主張は、後で録音を提出すれば正面から矛盾します。義母が所見書の内容を指示した録音があるのですから」「録音は、いつ提出するんですか?」「監護者変更の審判の本案で提出します。監督面接が終わり、本格的な審判手続きが始まってからです」紗奈はうなずいた。電話の向こうで、篠宮が書類をめくる音が聞こえた。「この書面で、もう1つ注目すべき
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