翌日の夕方、妹が訪ねてきた。両手にレジ袋を1つずつ提げ、玄関の前に立っていた。「お母さんから。味噌汁と、じゃこの佃煮と、しその葉の漬物」狭い流し台の上に、保存容器を3つ、順に並べた。紗奈の冷蔵庫を開けると、入っていたのは水と豆腐半丁だけだった。妹が舌打ちした。「お姉ちゃん、こんな生活してたら倒れるよ」「ありがとう」「お母さんには?」「幼稚園に行ったこと? 言ってない」「それでいいよ。まだ言わないほうが」紗奈はご飯をよそい、クッションの上に置いた盆に載せた。26平米ほどのワンルームには食卓がなく、床に並んで座って食べるしかなかった。妹は来るたびに狭いと言ったが、紗奈にはこれで十分だった。ご飯と味噌の匂いが、たちまち狭い部屋に満ちた。妹が味噌汁をひと口すすり、ベッド脇の引き出しを見た。中古家具店で3,000円で買ったものだ。いちばん下の段の取っ手だけが、ひどく擦り減っていた。「昨日、また開けたでしょ」紗奈は答える代わりに箸を置いた。引き出しを開け、透明なファイルを3つ取り出した。「見てほしいものがあるの」書類の束を床に広げた。妹が味噌汁の椀を脇に寄せ、書類のほうへ体を向けた。「これ、全部何?」「5年分の書類」紗奈は最初の1枚を手に取った。上部に『保護命令決定書』という表題が印刷されていた。日付の横には、家庭裁判所の公印がかすかに残っていた。「離婚が確定して、すぐこれが出たの。接近禁止」「接近禁止って、誰が誰に?」「私が悠真に。お義母さんの側から申し立てたの」妹の箸が盆の上に落ちた。箸が盆に当たる乾いた音が、狭いワンルームに響いた。「お姉ちゃんが、子どもにとって危険だっていうの? 何を根拠に?」「産後うつの治療記録と、医師の所見を添えてあった」紗奈は書類の縁を指でなぞった。5年来の癖だった。薄くなった紙の一角が、指先に引っかかった。「保護命令の有効期間は最長3年。その3年間、悠真に近づいちゃいけなかった」「3年も……」妹の声が沈んだ。窓の外には、薄暗くなった路地が見えていた。「近づくだけじゃない。連絡も、贈り物も、幼稚園の近くへ行くのも。全部」紗奈は書類の中の一文を指さした。『乳児に危害を及ぼすおそれ』と印字されていた。「これが、所見書に書いてあった言葉。自傷および乳児への加害の
Last Updated : 2026-11-04 Read more