Todos los capítulos de 奪われた息子が、私を「お母さん」と呼ぶ日まで: Capítulo 31 - Capítulo 39

39 Capítulos

31話. 警告

昼休みだった。紗奈は弁当を開けないまま席を立った。スマホには見覚えのない番号からの不在着信が2件残っていた。同じ番号で、10分間隔。午前中の業務中に鳴った電話を、マナーモードのままやり過ごしたのがこの番号だった。トイレに入り、空いている個室の扉を閉めて折り返した。2度目の呼び出しで男の声が出た。「水原紗奈さんでいらっしゃいますか。〇〇法律事務所の弁護士です。高宮さん側の代理人としてご連絡しました」紗奈の背中がタイル張りの壁に触れた。「ご用件は何でしょうか」「現在進行中の面会交流に関する件で、依頼人側の意向をお伝えしたくご連絡しました。依頼人側は、面会交流がお子さんの情緒に及ぼす影響を深く懸念しております」声は事務的で、早口だった。あらかじめ用意された文面を読み上げているように、淀みがなかった。〇〇法律事務所。紗奈も検索したことのある名前だった。丸の内に本社を置く大手法律事務所。弁護士は40人以上、家事事件チームも独立して運営している。夫の実家が、個人の弁護士から大手法律事務所へ代理人を変更したのだ。「現時点で接触を増やすことは、お子さんに混乱を与えるおそれがあると申し上げておきます。お子さんの福祉のためにも、慎重に対応されるようお勧めします」「監督面接は、家庭裁判所が決定した手続きです」「もちろん、裁判所の決定は尊重いたします。ただ、あくまでお願いとしてお受け止めください」お願いという言葉は、警告だった。紗奈には分かった。5年間、裁判所の書類を読み続けるうちに身についたことの一つは、丁寧な法律用語の裏に隠された本当の意味を読み取ることだった。「篠宮先生を通してご連絡ください。私に直接電話をかけてこないでください」「代理人同士で協議が必要でしたら、そのようにいたします」電話が切れた。紗奈はスマホを下ろした。トイレの天井の蛍光灯がジジッと音を立てた。個室の外で水を流す音がして、誰かが出ていき、また静かになった。紗奈は個室の中にあと15秒ほど立ってから、篠宮に電話をかけた。「相手側の法律事務所から、私に直接電話がありました」「どのような内容でしたか」「面会交流は子どもを混乱させるおそれがあるから、慎重に進めてほしいという警告です」篠宮の声に変化はなかった。「水原さんに直接連絡したこと自体、不適切です。
last updateÚltima actualización : 2026-11-04
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32話. 前日

土曜日の朝9時。紗奈と妹は、家の近くのスーパーの入口で待ち合わせた。妹がエコバッグを肩に掛けて、小走りでやってきた。「お姉ちゃん、朝ごはん食べた?」「食べたよ」「何食べたの?」「食パン」「それだけ?」紗奈は答えず、スーパーの中へ入った。おやつは数日前に買いそろえていたが、妹がもう一つ買い足そうと言ったのだ。「ウェットティッシュ。子どもの手を拭くときに必要でしょ」「バッグに入ってるよ」「新しいのをもう一つ入れておこう。袋ごと持っていけば安心だから」紗奈はベビー用品の棚から、無香料で低刺激と書かれたものを選んだ。妹が隣からのぞき込んだ。「それじゃなくて、こっち。フタ付きのやつ。一枚ずつ取り出しやすいから」「分かった」レジで120円を払い、スーパーを出た。紗奈のワンルームまでは歩いて7分だった。妹は玄関に入るなり、スニーカーの横に置いてあったおやつの袋を開けた。「グミ、果汁飲料、動物の形をしたビスケット、色鉛筆。ウェットティッシュも追加。これでよし」「多すぎない?」「ちょうどいいよ。1時間でしょ。全部食べなくてもいいんだから。子どもの前に置いておくだけでいいの」妹は袋を閉じ、スニーカーの横に戻した。リビングの床に座ってスマホを取り出した。「家庭裁判所の面会交流センター3階。住所をもう一度確認するね」妹は地図アプリを開いて経路を検索した。「ここから地下鉄で45分。乗り換えは1回。8時半に出れば9時15分に駅に着く。そこから歩いて5分だし、受付にも余裕を持てるよ」「8時半ね」「服は?」「水色のTシャツにコットンパンツ。カーディガンはベージュ」「メイクは?」「しない」「うん。しないほうがいいね。自然な感じで行こう」妹はスマホを置き、紗奈をまっすぐ見た。「当日の流れ、言ってみて」紗奈はスマホを見ずに答えた。「8時半に家を出る。地下鉄に乗って1回乗り換え。裁判所前駅3番出口。徒歩5分で面会交流センターの建物、3階。受付を済ませて待合室で待つ。調査官に呼ばれたら入室。1時間」「おやつはいつ出すの?」「悠真が席に着いてから。調査官がいいと言ったら」「子どもには何て言う?」「悠真」「その次は?」「一緒にお菓子食べる?」妹はうなずいた。「いいね。質問は短くして、返事を待つの。答えなくても急かさないで
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33話. 青

家庭裁判所の面会交流センター3階。紗奈は待合室の椅子に座り、バッグを膝の上に置いていた。壁の時計は9時53分を指していた。面接は10時からだった。待合室には紗奈一人しかいなかった。プラスチック製の椅子が6脚、壁沿いに並び、壁には『面会交流のご案内』が貼られていた。紗奈はその案内をすでに3回読んでいた。4回目になると、文字が目に入らなくなった。バッグの中にはおやつの袋が入っていた。グミ、果汁飲料、動物の形をしたビスケット、青い色鉛筆のケース。袋のビニールがかさりと鳴るたび、紗奈の手が止まった。廊下の奥で扉が開く音がした。女性の調査官が出てきた。40代前半、ショートヘアにグレーのカーディガン。名札には『家庭裁判所調査官 佐藤美和』と書かれていた。「水原紗奈さんですか」「はい」「10時から始めます。いくつかご案内しますね」調査官は紗奈の向かいに座った。「面接時間は1時間です。先に水原さんに入っていただき、そのあと悠真くんが入室します。お子さんが不安になった場合は、いったん中断することもできます」「はい」「会話を無理に促さず、お子さんの反応に合わせてください。お子さんから触れてこない限り、身体的な接触は控えてください」「分かりました」「おやつは持ってきましたか」「はい」「お子さんが落ち着いているようなら、出していただいて構いません」調査官は立ち上がり、うなずいた。「では、中へどうぞ」紗奈は立ち上がってバッグを持った。調査官について廊下を歩いた。3番相談室の前で、調査官が足を止めた。「悠真くんは反対側の入口から入ります。付き添いは幼稚園の担任の先生です」直哉ではなかった。芹奈でもなかった。調査官が扉を開けた。小さな部屋だった。子ども用のテーブルと椅子が2脚、大人用の椅子が1脚。テーブルの上には絵本が数冊とブロックが置かれていた。壁には動物のシールが貼ってあった。紗奈は大人用の椅子に座った。バッグからおやつの袋を取り出し、膝の上に置いた。調査官は部屋の隅にある机に座り、書類を広げた。10時ちょうど。向かい側の扉が開いた。小さなスニーカーの足音が先に聞こえた。悠真が入ってきた。青い幼稚園バッグを背負っていた。半ズボンにボーダー柄のTシャツ。前髪が額にかかっていた。5歳の悠真は、相談
last updateÚltima actualización : 2026-11-04
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34話. 指紋

面接を終えて家に帰った。紗奈は玄関のドアを閉め、靴を脱いだ。スニーカーを靴箱にしまおうとして、手を止めた。朝、きれいに拭いて履いていったスニーカーだった。この靴で面会交流センターの3階まで歩き、悠真と同じ部屋で1時間を過ごした。靴底に汚れ一つなかった。靴箱にしまった。ポケットから青い色鉛筆を取り出した。机の上に置いて椅子に座った。蛍光灯の下で、色鉛筆の青がくっきりと見えた。中央あたりに子どもの指紋が残っていた。小さな指の跡。紗奈はその場所に指先で触れてみた。わずかに滑らかな表面に残る、子どもの手の脂。拭けば消えてしまう跡だった。紗奈は拭かなかった。『おばちゃん、これ』悠真が色鉛筆を差し出したときの声が、耳に残っていた。おばちゃん。お母さんではなかった。紗奈を呼ぶ言葉は、おばちゃんだった。それをおかしいとは思わなかった。5年間会っていない人を、お母さんと呼ぶ子どもはいない。紗奈はそれを分かっていたし、妹にも話していた。『呼ばないよ。私のことを知らないんだから』その言葉が現実になっただけだった。それでも、子どもは色鉛筆を手渡してくれた。子どもの手から、紗奈の手へ。12色の中から子どもが選んだのは青だった。悠真の幼稚園バッグも青い。青が好きなのか、たまたまなのかは分からなかった。スマホが鳴った。妹からだった。「どうだった?」「会えたよ」「本当? どうだった? 泣いた?」「泣かなかった。お菓子を食べて、ブロックを積んだよ」「1時間ずっと?」「うん。調査官が終わりだと言うまで」「子どもから話しかけてきた?」「キリンって何か聞かれた。ブロックをここに置いてって指示もされたよ」「指示されたの? あの子に?」「うん。『これ、ここ』って」電話の向こうで、妹が息を吸い込む音がした。「うまくいったんだよ、お姉ちゃん」「それから、色鉛筆をくれた」「え?」「青い色鉛筆。ケースから一本抜いて、私に差し出したの。『おばちゃん、これ』って」「おばちゃんって呼んだの?」「うん」「……平気?」「平気だよ。当然だよ。私のことを知らないんだから」「でも」「それでも、色鉛筆はくれた」妹はしばらく何も言わなかった。「よかった。本当によかった」「泣いてる?」「泣いてない」「嘘」紗奈は答えなかっ
last updateÚltima actualización : 2026-11-04
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35話. 靴ひも

月曜日。出勤前に、篠宮からメッセージが届いた。『調査官の報告書が提出されました。閲覧を申請します』『内容はよかったのでしょうか』『報告書を確認する必要があります。ただ、面接が中断せずに行われたこと自体は、前向きな要素です』紗奈はメッセージを読み、スマホをしまった。通勤途中の地下鉄の中だった。週末の間、面接の場面を何十回も思い返した。悠真の声、ブロックを積む手、青い色鉛筆。思い出すたびに細部が少しずつ曖昧になっていくのが怖かった。だからスマホのメモ帳に、覚えていることをすべて書き留めておいた。子どもが口にした言葉、触れたもの、視線を向けた方向まで。退勤後、紗奈は悠真の幼稚園の近くへ向かった。面接のあとでは初めてだった。ケヤキが見える場所に立った。ちょうど降園の時間だった。幼稚園の門が開き、子どもたちが一人、また一人と出てきた。保護者が子どもを連れて帰っていく。悠真はまだ出てこなかった。5分ほどして、悠真が出てきた。青いバッグを背負っていた。面接のときと同じバッグだった。悠真の隣には女がいた。相沢芹奈だった。芹奈は悠真の手を握っていた。紗奈が芹奈と間近で向き合ったのは、5年前の裁判所が最後だった。芹奈の髪は長くなっていた。結ばれていない髪が、背中の真ん中あたりまで垂れていた。芹奈は悠真に何かを渡した。口が動いているのは見えたが、声は聞こえなかった。悠真はうなずきながら歩いた。芹奈は歩調を合わせてついていった。幼稚園の前のベンチで、芹奈が立ち止まった。悠真がベンチに座った。芹奈は悠真の前にしゃがみ込んだ。悠真のスニーカーのひもがほどけていた。芹奈はひもをつかんで結び始めた。まず左から。ひもを交差させ、輪を作り、引っ張った。右側も同じように。芹奈の手は慣れた動きだった。毎日していることだと、指先の動きから伝わってきた。悠真が芹奈の髪をつかんで引っ張った。芹奈が顔を上げた。悠真が何かをしゃべっていた。芹奈が笑った。小さな笑い声だった。悠真も笑った。紗奈の足は止まったままだった。ケヤキの陰に立ち、その光景を見ていた。芹奈が悠真の靴ひもを結んでいる。子どもが芹奈の髪を引っ張っている。二人が一緒に笑っている。芹奈は、法的には悠真の保護者ではなかった。監護者でもなく、親権もな
last updateÚltima actualización : 2026-11-04
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36話. あのとき

篠宮の事務所。紗奈が相談室に入ると、篠宮は書類を広げていた。テーブルの上には、書類が3つの束に分けて置かれていた。「調査官の報告書の閲覧結果をお伝えします」紗奈は向かいに座った。篠宮が最初の書類を差し出した。「面接報告書です。調査官の所見が記載されています」紗奈は書類を受け取り、目を通した。『児童は申立人に対して拒否反応を示さなかった。菓子の提供を自然に受け入れ、ブロック遊びでは申立人に指示するなど、相互のやり取りが観察された』紗奈の目は、その一文の上で止まった。悠真がブロックを置くよう指示したことが、報告書に記されていた。『これ、ここ』子どもの短い言葉が、裁判所の言葉では『相互のやり取りが観察された』になっていた。「前向きな内容ですか」「はい。子どもが泣いたり、避けたりしなかったことが記録されたのは重要です。次の面接につなげる根拠になります」篠宮は2つ目の書類を取り出した。「次は診療記録の照会結果です」紗奈は書類を受け取った。診療記録の写しだった。紗奈の入院期間中の記録のうち、担当医とは異なる署名があるページに蛍光ペンで印がつけられていた。「病院側から医師の名簿が提供されました。この署名と一致する院内の医師はいませんでした」「院内の医師ではないということですね」「そうです。外部から来た医師が記録を残したものと思われます」篠宮は万年筆を置き、書類を一枚めくった。「医師番号を照会した結果、この番号は別の病院に所属する精神科専門医に割り当てられたものだと確認できました」「どこの病院ですか」「港区にある個人クリニックです。ただ、身元を確定するには、もう少し手続きが必要です。病院側に、診療した医師との照合を依頼しています」紗奈はうなずいた。篠宮は書類を整理し、3つ目の束を取り出した。監護者変更審判の準備資料だった。紗奈の収入証明、住環境に関する資料、育児支援確認書の写し。「監護者変更の審判申立書の草案を作成し始めます。申立ての趣旨と理由を整理するにあたって、水原さんに確認していただきたい点があります」「どのような点ですか」「養育環境に関する資料です。現在の住居、収入、育児の支援体制を最新のものに更新する必要があります」「給与明細は今月分を持ってきます。賃貸借契約書も更新済みです」「いいですね。育児を支え
last updateÚltima actualización : 2026-11-04
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37話. 内容証明

水曜日の午前。紗奈が席で仕事をしていると、総務課長が近づいてきた。 「水原さん、郵便物が届いています。書留です」 総務課長が黄色い封筒を差し出した。紗奈の名前の横に、会社の住所が書かれていた。差出人は〇〇法律事務所。書留郵便、内容証明と記されていた。 紗奈は封筒を受け取り、机の上に置いた。同僚が横目で封筒を見た。紗奈は書類の下に封筒をしまった。 「ありがとうございます」 総務課長が戻っていった。紗奈は昼休みになるまで封筒を開けなかった。 昼休みになると、会議室が空いていることを確かめて中に入り、ドアを閉めた。封筒を開けた。A4用紙が2枚。内容証明郵便だった。 『受取人:水原紗奈 様差出人:〇〇法律事務所(高宮直哉代理人)件名:接近行為に関する警告および中止要請』 紗奈は最初の段落を読んだ。 『貴殿は未成年の子である高宮悠真に対する保護命令(接近禁止)の対象となった経歴があり、現在、当該保護命令は終了しておりますが、子どもの生活圏への接近は、安定した養育環境を損なうおそれがあります』 紗奈は2つ目の段落を読んだ。 『貴殿が子どもの通う幼稚園付近に繰り返し現れた事実が確認されており、これは事実上の監視行為に該当する可能性があります。よって、直ちに中止するよう求めます』 3つ目の段落。 『上記の行為が継続する場合、法的措置を検討することを通知します』 紗奈は書類を置いた。指先で書類の端
last updateÚltima actualización : 2026-11-05
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38話. 絵本

金曜日の退勤後。紗奈は家の近くにある古書店に入った。小さな店だった。1階には小説やエッセイ、2階には児童書と絵本が並んでいた。紗奈は2階へ上がった。 悠真に渡す絵本を探しに来たのだった。次の監督面接は2週間後に決まった。今度はおやつのほかに、絵本も持っていきたかった。5歳の子が喜びそうな絵本を選ぶ自信はなかった。紗奈が知っている悠真の好みは、青を選んだということだけだった。 2階は狭かった。木の棚が3つ、壁に沿って並び、中央には低いテーブルがあった。テーブルの上には、おすすめの本が積まれていた。紗奈は絵本の棚の前に立ち、タイトルを読み始めた。動物の話、季節の話、家族の話。家族の話の前で手が止まった。タイトルだけでは内容が分からず、一冊取り出して開いてみた。父親と息子が山へ行く話だった。紗奈は本を棚に戻した。 別の本を手に取った。海に住む魚が友達を探す話だった。柔らかな絵だった。青い背景の中を、小さな魚が泳いでいた。値札には300円と書かれていた。 「その本、いいですよ」 背後から声がした。紗奈は振り返った。篠宮が立っていた。いつものシャツ姿ではなかった。ジャケットにジーンズ、キャンバススニーカー。紗奈が初めて見る服装だった。 「篠宮先生?」 「こんにちは」 篠宮は手に持っていた本を掲げて見せた。エッセイ集だった。 「ここにはよく来るんですか」 
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39話. 人

一週間後の金曜日の夕方。紗奈は再び古書店を訪れた。悠真に渡す絵本をもう一冊買おうと思ったのだ。2階の児童書コーナーへ上がった。 篠宮がいた。前と同じ場所、同じ棚の前。今度は黒いニットにコットンパンツ姿だった。手に一冊の本を持ち、読んでいた。 紗奈は階段の上で足を止めた。篠宮が顔を上げた。 「また来ましたね」 「また来ました」 篠宮は読んでいた本を棚に戻した。紗奈は絵本の棚へ向かった。前回買った木の話の隣に、新しい本が並んでいた。雲の上を歩く猫の話だった。 「表紙がいいですね。猫ですか」 「はい。雲の上を歩く猫の話です」 「お子さんが猫を好きなら、よさそうですね」 「悠真が何を好きなのか、まだよく分からなくて。青を選んだことくらいしか」 「面接のときに聞いてみたらどうですか。好きな動物は何かって」 「そうしようと思っています。聞きたいことをリストにしておこうかと」 紗奈は猫の絵本を取り出して開いた。水彩画のような絵だった。雲の上に座った猫が、下を見下ろしていた。その下には小さな家々が描かれていた。 篠宮は棚の反対側で、エッセイのコーナーを見ていた。紗奈は絵本のページをめくりながら、篠宮を見た。書類を前にしたときの緊張感がなかった。肩の力が抜けていた。 紗奈は絵本を持って篠宮のほうへ歩いていった。 
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