恩返しという名の裏切り娘・水瀬月乃(みなせ つきの)の病院の診断書を受け取った時、私・水瀬美鈴(みなせ みすず)は夫・水瀬修(みなせ おさむ)の袖を掴んだ。
「急性リンパ性白血病……私たちの娘はどうすれば……」
「怖がるな、俺がいる」彼は言った。
だが彼が応えたのは私ではなく、電話の向こうの別の女の声だった。
私がまだ悲しみに沈んでいる時、受話器から頼り無さげな泣き声が聞こえてきた。
「修さん、車が郊外の道で故障しちゃって、携帯の充電もなくなりそうで……」
修が慌てて立ち上がり、椅子が地面と擦れて耳障りな音を立てた。
「車の中で動くな、ドアをロックしろ、すぐに行く!」
「修!娘が白血病と診断されたばかりなのに、どこに行くの!?」
私は涙ぐんだ目で、彼の前に立ちはだかった。
何年間も林さくら(はやし さくら)は、暗い・電気が壊れた・怖い、これらの数々の言い訳を、何百回も繰り返し使ってきた。
だが修は一度も躊躇したことがない。
「月乃には医者も看護師もいる。問題は起きないはずだ。
それに……さくらが来てくれないと、月乃は救えないんだ」