愛は灰にして、もはや温もらず別荘が火事になったあの日、夫は初恋相手のトイプードルを助けるため、寝室のドアに鍵をかけた。
ドア越しに、私は大きくなったお腹を押さえながら、開けてほしいと必死に頼んだ。煙が喉を刺し、息が詰まりそうだ。
けれど岩崎隼人(いわさき はやと)は、ドアの向こうで冷たく笑った。
「杏子の犬だって命なんだ。君は丈夫なんだから、煙を少し吸ったくらいじゃ死なないだろ。
子どもを利用して気を引こうなんて、卑怯な真似はやめろ!」
彼は犬を抱えたまま背を向け、しかも濡れたタオルで、犬の鼻まで丁寧に覆いながら去っていった。
結婚して三年。私はずっと隼人に本当のことを隠してきた。自分は葬儀関係の仕事をしていて、実家は貧乏だと嘘をついていた。
――怖がらせたくなかったから。
父は名の知れた火葬職人。母は死刑囚の遺体に化粧を施す仕事をしている。
兄はさらにひどくて、趣味は人骨集めだ。
裏も表も顔が利く一族だ。
炎がスカートの裾に喰らいつくその瞬間、私は家族にボイスメッセージを送った。
「お父さん。隼人に本当の『生き地獄』を味わわせたい」
送信完了。その時点で、隼人とその初恋相手の行き着く先は、すでに決まっていた。火葬場の灰よりも、もっと細かく砕け散る運命だ。