LOGIN結婚式の前夜。 婚約者の周防彰(すおう あきら)は、私たちが一緒に爪に火を灯すようにして貯金し、ようやく購入したマイホームを、彼の幼馴染への誕生日プレゼントとして贈ってしまった。 「女の子は自分だけの城を持ってこそ、心に余裕が生まれるものだ」と。 幼馴染の古川佳奈(ふるかわ かな)は感動し、彼の頬にキスをした。 私は背を向け、その場を後にした。 マイホームがなくなった以上、結婚式を挙げる意味もない。
View Moreかつては眼中にすらなかった相手だ。今となっては、さらにどうでもいい存在だ。私は彼女を無視して通り過ぎようとした。佳奈は背後から悔し紛れに叫んだ。「言っとくけどね!私、彰さんの子供を妊娠してるの!だから彼はもう、私のものなんだからね!」私は思わず吹き出し、皮肉交じりの祝福が口をついて出た。「あらそう。親子三人、仲良くお幸せにね」今回の帰省は、実に波乱含みだった。彰との件が片付いたと思ったら、今度は両親が会社に怒鳴り込んできたのだ。兄が投資した五百万円がすべて紙切れになり、あろうことか兄自身が詐欺グループに騙されて海外へ拉致され、身代金として一千万円を要求されているという。両親は全財産をはたき、あの古い団地まで売って七百万円を工面したが、残りの三百万円を私に無心しに来たのだ。私は即座に警察を呼び、二人を連行してもらった。彼らはその後、ネット上で同情を買おうと画策し、「親不孝な娘」だと私をネットで晒し者にしようとした。私はあの時の絶縁状をネットに晒し、息子ばかりを盲目的に慈しむ両親から受けた仕打ちや、これまでの理不尽極まりない日々のすべてを綴った告発文を公開した。それは瞬く間に拡散され、多くの女性たちの共感を呼んだ。世の中には私と同じ境遇の女性が、こんなにもたくさんいるのだと知った。私たちはネット上で励まし合い、互いに勇気づけ合った。彼女たちは私を希望の光だと言ってくれた。生まれや親は選べない。けれど、自分の手と不屈の意志さえあれば、未来は切り拓けるのだと。両親は親孝行という呪縛で私を思い通りに操り、金を毟り取ろうとしたが、結局は自分たちが激しい炎上に晒され、二度とネット上で顔出しできないほどに追い詰められた。風の噂では、彼らは方々から借金をしてなんとか一千万円を集めたものの、結局兄は戻ってこなかったらしい。老いて子を失った絶望に耐えきれず、夫婦で自ら命を絶ったという。その知らせを聞いた時、私は一日だけ休暇を取り、彼らの遺骨を引き取って埋葬した。それから五年。私は副社長に昇進し、本社勤務となっていた。会社が主催する、心臓病の子供たちを支援するチャリティーイベントに、私は代表として出席した。まさかそこで、彰と再会するとは思わなかった。彼は痩せ細った男の子を抱き、支
「悪いけど、あなたに付き合って無駄にする暇はないわ」そう言って背を向けると、彰は私の手首を掴み、強引に車の後部座席に押し込み、すぐにロックをかけた。通報しようとスマホを取り出すと、彰が懇願するように言った。「澪、頼む。そこに行くだけでいいんだ。行っても許してもらえなかったら、もう二度とお前の前には現れないと約束する」私は何かに引かれるように、通報をやめた。彼がそこまで自信満々に言う場所がどこなのか、少し興味が湧いたのも事実だ。車窓を流れる景色は、次第に見覚えのあるものへと変わっていった。そして車は、かつて私たちが住むはずだったマンションの前で止まった。なんとなく、予感はしていた。彰に促され、かつての新居の前に立つ。彼が鍵を取り出し、ドアを開けた。部屋の中は、私が当初コーディネートした通りの状態に戻っていた。布製のソファ、テーブルの上のチューリップ、佳奈たちが割った置物まで、全く同じものが元の場所に置かれている。彰は権利証を取り出し、これ見よがしに開いて見せた。そこには私と彼の名前が並んでおり、名義変更の日付は三ヶ月前になっていた。彼は権利書を私の手に握らせ、真剣な眼差しで言った。「澪、俺が悪かった。佳奈とは幼馴染だし、あいつは親もいない。周りからもずっといじめるな、守ってやれと言われて育ってきたんだ。いつしか、あいつを守ることが俺の中で絶対的な使命だと思い込んでいたんだ。でも、お前がいなくなって初めて気づいたんだ。俺にとって一番大切なのはお前だと。俺が愛しているのは、澪、お前だけだ」「マンションは取り戻した。このマンションが原因でこじれた俺たちの関係も、これで、もう一度やり直させてくれ」彼の言葉は美しく、心を打つものだったかもしれない。だがそれは、かつての私になら通用した言葉だ。今の私には、もう響かない。私はバッグから自分の家の鍵を取り出し、彼の目の前で揺らしてみせた。「今の私に、他人の施しなんて必要ないわ。欲しいものは全部、自分の力で手に入れたの」見知らぬ土地での新規開拓は過酷だったが、その分、見返りも大きい。給料は以前の三倍に跳ね上がった。半年間で稼いだ給料と、あの時取り返した100万円を頭金にして、私は自分用に1LDKのマンション
その時すでに、彰は来ないだろうと薄々勘付いてはいた。それでも私は意地になって山頂で待ち続けた。彼が私を思い出してくれるかどうか、どうしても確かめたかったのだ。彼はやっと私を思い出し、電話を掛けた。だが、電話に出るなり、私を怒鳴りつけたのだ。「お前バカか?俺が来ないなら帰れよ!いつまで突っ立ってんだ?当てつけのつもりかよ!」その時のことを思い出したのだろう。彰の声がしおらしくなった。「ごめん、澪。次は絶対にお前を置いていかないって約束する」「今さらの謝罪なんて、なんの価値もないわ」それからの数日間、彰は毎日のように電話をかけてきたり、会社の前で待ち伏せたりした。だが、私を捕まえても二言三言かわしただけで、すぐに佳奈からの電話で呼び戻されてしまうのが常だった。そしてまた電話で謝ってくる。そんな茶番が、結婚式の前日まで続いた。彰は真剣な眼差しで私を見つめる。「澪、今日佳奈が退院するんだ。あいつには身寄りがいないから、退院手続きができるのは俺だけなんだよ。でも約束する、これが最後だ。明日、俺たちが結婚したら、あいつとは距離を置くよ」どこからその自信が湧いてくるのだろう。彼は頑なにそう信じていた。ここ数日の私の冷淡な態度も、別れ話も、結婚式のキャンセルも、すべて一時的な腹いせだと。私が明日、時間通りに式場に現れると疑いもしないのだ。もう何も説明する気にはなれなかった。適当にあしらって彼を追い返すと、私はすぐに荷造りを始めた。奇しくも、転勤先の地方へ発つフライトは、明日の早朝だった。その時になれば、彰も思い知るだろう。私が冗談を言っていたのではないと。翌朝、私はスーツケースを引き、空港で同僚たちと合流した。搭乗直前、彰からのメッセージを見た。【澪、どこでメイクしてるんだ?式場の担当者が来てないって言ってるぞ】【澪、ホテルをチェックアウトしたってどういうことだ?】【澪、今日は俺たちの結婚式だぞ。一体どこにいるんだ?】私は空港の位置情報を送信し、機内に乗り込むとすぐに電源を切った。彰が今頃パニックになり、頭を抱えている姿を想像すると、胸のすく思いだった。窓の外に広がる青空と白い雲を見つめながら、私は新しい生活への期待に胸を膨らませた。再びこの地を踏
彰が痛ましげな顔でティッシュを差し出してくる。そこで初めて、自分が泣いていることに気づいた。どうりで、頬が冷たいわけだ。「実家に行くといつも落ち込むくせに、なんで行くんだよ」私は涙を拭き、呼吸を整えて言った。「結婚をやめるって、伝えに行ったの」彰の表情が強張る。「澪、家ならまた買うって言っただろ。なんでそんなにこだわるんだ?」私は無表情のまま歩き出した。「もう愛してないからよ。理由はそれで十分でしょ?」「嘘だ。あんなに俺のこと好きだったくせに。急に愛してないなんて、そんなことあるわけないだろ!」「信じないなら勝手にして」その時、彰のスマホが鳴った。画面には「佳奈」の二文字がはっきりと表示されている。「佳奈、用がないならかけてくるなと言っただろ」電話の向こうから、佳奈の泣き声が聞こえた。「彰さん、階段から落ちて足を挫いちゃったの。痛いよぉ……」彰の声には、明らかな焦りの色が混じっていた。「佳奈!どこだ?すぐ行く!」佳奈が場所を告げた。彰は電話を切ると車に乗り込もうとし、そこでようやく私の存在を思い出したようだった。窓を開け、申し訳なさそうに私を見た。「澪、佳奈が怪我したんだ。病院に送ったらすぐ戻ってくるから」私は薄く笑って頷いた。「行ってあげなさいよ。捻挫なんて、さぞ痛いでしょうから」私が頷くのを見てほっとしたのか、彰は「すぐ戻るから、待っててくれ」と言い残し、車を急発進させた。こんな光景、もう何度目だろう。いつだって、どこにいたって、佳奈からの電話一本で彼は飛んでいく。そして二度と戻ってはこない。彰は間違っている。愛は、突然消えたわけじゃない。彼への愛は、繰り返される待ちぼうけと、そのたびに積み重なる失望の中で、ついには枯れ果ててしまったのだ。予想通り、すぐに佳奈のSNSが更新された。【幼馴染の彼は私のヒーロー。ピンチの時は必ず駆けつけてくれるの】添付された写真は、彰の胸に寄りかかる佳奈の自撮り。さらに昨日の投稿。【女の子は自分だけの城を持ってこそ、心に余裕が生まれるんだって。そう言って、彼がマンションをプレゼントしてくれたの】【念願のディズニー!幸せ!】以前の私なら、これを見て怒り狂って彼を問い詰めていただろう