嵐の後でも、愛を信じる病院で、江戸桐乃(えど きりの)は検査結果の用紙をぼんやりと見つめている――彼女は妊娠した。
「昨晩、俺が力入れすぎちゃったかな?」
聞き慣れた声が待合室の奥から聞こえてきて、桐乃は茫然とそちらを見上げた。陸川舟一(りくがわ しゅういち)だった。
一瞬で血の気が引き、全身の血液が凍りつくような感覚が走った。
白くて冷たい蛍光灯の光の中で、舟一は背筋を伸ばして立ち、腕には見知らぬ女性を抱えていた。
「ううん、舟一のせいじゃないよ」女性の声はこの上ない甘くて柔らかく、頬はほんのり赤らんで、目尻の泣きぼくろが妖しくて印象的だった。
「でも次は優しくしてね、痛かったんだから」
桐乃は息を深く吸い込んだ。昨夜、舟一は仕事が忙しく、法律事務所で徹夜だと伝えてきたのに。
指先に力がこもる――ガサッ。
検査結果の用紙が、彼女の手の中でくしゃくしゃに丸められた。
彼女は振り向き、足を進めて婦人科の受付カウンターへと向かった。
「人工妊娠中絶手術の予約で、よろしいですね?」医師の声は事務的で、淡々としている。
「……はい」桐乃の声はかすれていたが、そこに迷いは一片もなかった。