貴方は海で笑う夜、私は愛を葬った夏目澪(なつめ みお)は流産した。
彼女は篠原洵(しのはら まこと)を十年も愛し、大学二年で中退して結婚した。結婚生活三年間、文句も言わずに尽くしてきた。
あの秘密のファイルを見つけるまでは。
自分が、洵と彼の「忘れられない初恋の人」との身勝手なゲームの一部に過ぎなかったことを、彼女は知ってしまう。
病室で、洵がその初恋の相手と海釣りをしていると知り、澪は離婚を切り出した。
かつて誰にも見下されていた専業主婦は見事に変貌を遂げた。
高級ジュエリーブランドのマスターデザイナーに。世界的なピアニストが唯一の師匠に。サーキットの女神に。
外務省トップ高官の令嬢に。そして、資産数兆を誇る上場企業のトップに……
澪の周りに求婚者が増えていくのを目にして、洵は執拗に彼女に付きまとい始めた。
澪はその煩わしさに耐えかね、自らの死を偽装して姿を消した。
空の墓の前で、洵は夜ごと膝がすり切れるほどに跪き、許しを請い続けた。
ついにある日、彼は「死から蘇った」元妻と偶然に再会し、目尻が熱くなった。
「澪、一緒に家に帰ってくれないか?」
澪は微笑んだ。
「篠原さん、変な呼び方はやめてよ。私たちはもう離婚した。今の私は、独身なのよ」