翻訳って単語の置き換えじゃなくて、作品の空気感まで伝える作業だと思う。『風の谷のナウシカ』の英語字幕で「詮無き争い」が"futile conflict"ってなってた時は、戦争の虚しさがストンと腑に落ちた。文学作品だと"vanity"(虚栄)を使う場合もあって、『マクベス』の"Life's but a walking shadow"(人生は歩く影に過ぎぬ)の訳し方に通じるものがある。
Aiden
2026-03-27 22:57:28
ゲーム『NieR:Automata』の英語版で「詮無き戦い」が"meaningless battle"と訳されてたのを思い出した。この表現、戦闘シーンの虚無感をうまく伝えてる。一方で『ブレードランナー』の"All those moments will be lost in time"という台詞は、日本語字幕で「やがて忘れ去られる」となってたけど、まさに「詮無きこと」の時間的側面を表してる。
「Futility」という単語が『タイタニック』の沈没シーンで使われてたのを観た時、まさに「詮無きこと」の悲哀を感じた。『ハムレット』の"To be, or not to be"も、究極的には「詮無き問い」だよね。最近読んだ『The Book of Disquiet』の日本語訳では「空しい」と訳されてた箇所が、原書では"futile"と"vain"を使い分けてて興味深かった。翻訳って、言葉の迷路を歩くような作業だ。