古代ギリシャのソクラテスが言ったとされる「自分が無知であることを知っている(I know that I know nothing)」という考え方は、西洋哲学で有名ですが、東洋にも似た発想はたくさんあります。たとえば『論語』には「知之為知之、不知為不知」(知っていることは知っていると言い、知らないことは知らないと言う、これが知である)という一節があり、これは正直に自分の知識の限界を認めることを重んじる教えです。道家や荘子の懐疑的・相対的な世界観、また禅の「初心」や「不立文字」の精神も、固定された知識に執着しない姿勢としてこの考え方に近い響きを持ちます。