4 回答
三島由紀夫の『金閣寺』には、主人公を精神的に追い詰めるデマゴーグ的な存在として鶴川が登場する。直接的な権力者ではないが、彼の言葉が青年の心に与える影響は計り知れない。
美に対する歪んだ理想を植え付けていく過程は、個人レベルでの洗脳プロセスとして読める。この作品が示唆的なのは、デマゴーグが必ずしも大衆に向かうとは限らず、一個人の内面を蝕む場合もあるという点だ。
ウォルター・ミラーの『ライボウィッツ讃歌』では、核戦争後の世界で知識を独占する修道会が一種のデマゴーグとして機能する。聖職者たちが古代の技術文献を「聖遺物」として扱い、民衆を支配する構図が興味深い。
中世的な宗教支配と現代的な情報操作が見事に融合したこの物語は、歴史が繰り返すパターンを痛感させる。特に最後の展開は、デマゴーグの危険性を考える上で強烈な余韻を残す。
ジョージ・オーウェルの『1984』は、デマゴーグの典型としてビッグ・ブラザーを描いた傑作だ。全体主義社会で情報操作がどのように市民を洗脳するのか、そのメカニズムが生々しく表現されている。
特にプロパガンダの手法が現代のSNS社会にも通じるところがあり、読むたびに新たな発見がある。登場人物のオブライエンが二重思考を説くシーンは、言葉の力を逆用したデマゴーグの本質を突いている。この作品を読むと、権力者がいかに言葉を武器にするかが手に取るようにわかる。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の背景世界では、メディアが流す戦争プロパガンダが人々の価値観を歪めていく。デカードが遭遇する各種の広告やニュースは、フィリップ・K・ディックらしい社会批判が込められている。
擬似宗教団体のメルセデス・バントリーも、カリスマ性で信者を操るデマゴーグ的要素が強い。この作品が面白いのは、誰が本当の人間かという問いとともに、情報操作を受けた側もまた「人間らしさ」を失っていく過程を描いている点だ。