よく見るのは、意地悪な人物がただの悪役で終わらず、読者の好奇心と快感を同時に刺激する描き方だ。私はそういう人物を魅力的にするためにまず“動機の曖昧さ”を重視する。単純な邪悪さではなく、そこに微かな合理性や誇り、あるいは苦い過去をちらつかせると、人は憎しみと同時に理解の片鱗を感じる。例えば一言で冷たく突き放す台詞の裏に、かつて守れなかった誰かへの罪悪感がある——そう示されるだけで人物の厚みが増す。
次に会話の使い方を工夫する。機知に富んだ皮肉、言葉遊び、時折垣間見える優しさが混ざると、
イケズなキャラクターは単なる暴君ではなく“面白い相手”になる。私は時々、そういう人物に読み手を翻弄させる役割を与える。台詞で相手の弱点を突き、行動で自分の掟を守る姿を見せることで、読者は嫌悪と敬意を同時に抱くようになる。ここで重要なのは一貫性だ。理不尽に振る舞わせ続けるとただの嫌われ者になるが、自分なりのルールがあると魅力が生まれる。
視点や語り手の選び方も強力な道具だ。私は時に被害者や第三者の視点でイケズな人物を描き、別の章でその人物自身の内面に短く触れることでコントラストを作る。『ジョジョの奇妙な冒険』のようにカリスマ性と極端な行動が同居するキャラクターを読むと、視点の揺らぎがどれほど強い感情を誘発するかがよくわかる。また、残酷さを描く際には結果と代償を明確にする。読者がその人物の行動に驚嘆したり恐れたりするには、行為が物語の世界に実際の影響を与えていることが必要だ。
最後に、ユーモアと小さな慈悲の挿入は忘れない。冷酷な一面を持ちながら、動物を助けるとか子供にだけは優しいといった“弱い光”を見せると、人は完全な敵対者ではないと感じる。私はこうしてイケズな人物を配置すると、物語全体の緊張感が上がり、読後にも人物像が長く残るようになると確信している。