方言一語を標準語へ置き換える作業は、意味の層を丁寧に見ていく必要がある。僕はいつもまず『
イケズ』がその場でどんな役割を果たしているかを確認する――軽いからかいなのか、深い意地悪なのか、それとも冷たい無関心を表しているのか。話者の関係性や前後の発話、声のトーン(書き言葉なら文脈)を手がかりにして、最も近い標準語の語を選ぶようにしている。
具体的にはいくつかの分類が使いやすい。遊び半分の言葉なら『からかう』『冗談で意地悪を言う』が適当だし、悪意が強い場合は『意地悪をする』『陰湿に嫌がらせをする』が近い表現になる。また、行動よりも態度を指すときは『つれない』『冷たい態度をとる』『
無愛想だ』と訳すと自然だ。たとえば関西弁で「ほんまイケズやなぁ」は、文脈次第で『本当に意地悪だよね』にも『本当にからかうのが好きだよね』にもなる。軽い場合は『からかっている』とするのが場面に合わせやすい。
翻訳の実務的なポイントも挙げておく。まず原文の強さ(どれくらい傷つけるか)を測ること。次に文法的な役割を確認する――形容詞的に使われているのか、動詞化しているのかで選ぶ語が変わるからだ。さらに敬語や礼儀の度合いに応じて『意地悪だ』を『冷たい』や『つれない』に和らげたり、逆に『陰湿だ』『性格がきつい』のように強めたりする。具体例を一つ:方言の「お前、イケズやな」はカジュアルに訳すと『君って意地悪だね』、よりフォーマルに書くなら『あなたは冷たいところがありますね』といった具合だ。僕はいつも、読者や聞き手がどう受け取るかを想像して、微妙なニュアンスを標準語の語彙で再現する努力をしている。